第18話 『先輩教師』と『後輩教師』

「失礼致します。ナナシア様、お目覚めでいらっしゃいますでしょうか」



 午前8時。


 ナナシアが自室で机に向っていると、廊下からノックの音と共に女性の声が聞こえてきた。



「あ、はいっ!」



 ナナシアが慌てて返事をすると、今一度「失礼致します」と挨拶があってから、ゆっくりと扉が開かれる。


 部屋に入ってきたのは、いかにもなメイド服を着た従者じゅうしゃの女性だった。



「おはようございます。朝食の準備が整いましたので、食堂ダイニングまでご案内申し上げます」



「あ、ありがとうございます! 嬉しいなぁ、丁度お腹ペコペコで……」



 茶目ちゃめっ気たっぷりにお腹をさするナナシアに、メイドさんはニコリと微笑みを返す。



「そうでございましたか。……あら?」



 彼女は、ふと視線を机の上に積み上がる『紙束』へと向けた。



「それは……詮索せんさくするようで申し訳ございませんが、『家庭教師おしごと』の書類でしょうか?」



「まぁ……そうですね! 書類というか、授業に使う『教材』です。

 ジョエル様から頂いたものが半分と……あとは、教材の元となった本からいくつか作ってみました」



 ナナシアの返答に、メイドさんは感心したように頷いた。



「なるほど。ナナシア様はお仕事に大変ご熱心でございますね」


「いえいえ。ジョエル様からこんないい待遇たいぐうを頂いたんですから、私も全力で頑張るだけです!」


「うふふ。陰ながら応援しております」



 そう言った後、メイドさんは扉を開けてナナシアに移動をうながした。



「では、ご準備がよろしければご移動を。

 ご息女たちがナナシア様とのお食事を楽しみにお待ちですよ」


「あっ、そうなんですか⁉ 行きます行きます、急いで行きます!」



 ナナシアは慌てて立ち上がり、簡単に身支度を整える。


 そしてまだぴょこんと飛び出ているアホ毛を直しながら、ナナシアはメイドさんの後ろについて食堂へと向った。




 ***




「遅いわよ、ナナ!」


「す、すみませんっ!」



 到着早々リンダに怒られ、ナナシアは急いで食卓につく。


 そして先日のようにジョエルが食前の祈りを捧げると、食事が始まった。



「「「「「「「いただきます」」」」」」」



「……うーん、おいしい! 朝からこんなおいしいパンを食べられるなんて幸せ……」


「あ、ナナシアさん、このパンにはレッドベリーのジャムをかけて食べるともっと美味しいですよ。

 そのお手元にある小瓶こびんの中の、赤いやつです」



 エルドにそう助言され、ナナシアは彼が指差す小瓶を手に取った。



「これですか?」


「そうそう。酸味が少し強いですが、朝のいい目覚ましにもなりますし」


「そうなんですか! いただきます!」



 ナナシアは木のさじですくったジャムを、パンの上にひと乗せして……


 ぱくり。



「あま……すッぱ~~~~~っ⁉」


「「「「「あははははは!」」」」」



 口をキュウっとすぼめたナナシアの顔に、子供たちの中から爆笑が巻き起こった。



「ははは。まぁ、誰でも初めはそうなるからね……でも、慣れればきっと好きになるはずさ」



 そう言いながら、ジョエルも同じジャムをパンに塗って一口かじる。


 しかしそれが『慣れ』なのか、彼はナナシアのようなリアクションをとることなく平然とパンを口に運び続けるのだった。



「え、えええっ……?」



 ナナシアが見渡すと、子供たちも同じく『慣れ』ているようで、誰一人先程のナナシアのような不細工ぶさいくな顔になる者はいない。


 むしろ、その酸味の奥にある甘みを感じて、美味しそうな笑顔を浮かべているのであった。



「ううう……っ」



 それを見て、ナナシアはもう一度ジャムを自分のパンに乗せる。


 そして意を決したようにけわしい表情を浮かべながら、再チャレンジの一口。


 はむ、とパンを頬張ほおばる彼女の表情に、食堂内の全員の視線が集まる――



「……すッぱ~~~~~~っ⁉」


「「「「「「あはははははは!」」」」」」



 またも不細工な顔になってしまうナナシアに、ひときわ大きな笑いが巻き起こった。




 ***




「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」



「さてと……ナナシア君、ちょっといいかい?」


「はい、なんでしょうか?」



 朝食を食べ終わった直後、ナナシアはジョエルに呼び出される。



「うん。『家庭教師』の仕事の話なんだが……準備のほうはどうだい?」


「はい! 問題も参考書も目を通し終わりましたので、今日からバッチリ授業を始められますよ!」



 元気よく告げるナナシア。


 彼女の報告に、ジョエルは軽く頷いた。



「それはよかった。だが……その前にどうしても君に会いたいという人たちが居てね。

 まずは彼らに会ってもらえないだろうか」


「私に、ですか? え、ええ、大丈夫ですけど……」


「ありがとう。それじゃ今から『執務室』までついてきてくれ」


「はい……」



 ジョエルの後ろについてスタスタと廊下を歩きながら、ナナシアは頭をかしげていた。



(私に会いたい人……誰だろう? この街で私を知っている人なんて誰も……

 ……もしかして、カンナさんかママさんかな?

 そうだ、あの2人には早めに報告に行かなきゃ……)



 そんなことを考えていると、ナナシアは気づけば執務室に到着していた。


 例によって重厚な扉を、ジョエルが片手でギィィと開ける。

 すると、その先のソファに座っていたのは――



「お、来たか! 初めまして、君が噂の『新入りちゃん』だな!」


「……あなたが、新しい、われの、同胞……」


「…………」



 そこに居たのは、3人の見知らぬ男女。


 笑顔を浮かべる20代後半くらいの男性に、独特の雰囲気を放つ10代くらいの少女。


 そして、無言ながらも貫禄かんろくのある40代前後の男性。


 特に彼は、まるでジョエルと見紛みまごうような覇気を放っていた。



「……ようやく来たか、ジョエル。

 この俺を待たせるとは、成る程『領主』とはいい身分だな」


「ははは、ごめんごめん。 所帯しょたいが増えたものだから、朝食が賑やかになってね」



 黒いマントを身につける彼は、おくすることなく『領主ジョエル』を呼び捨てにしてみせる。


 それどころか嫌味すらぶつける彼を見て、ナナシアはぎょっとした表情を浮かべた。



「え、今この人、ジョエル様のこと呼び捨てに……」


「……だったら何だって言うんだ?」


「ひぃっ⁉」



 男はドスの聞いた低い声でナナシアを威圧いあつする。


 それにひるんだナナシアが悲鳴をあげると、かばうようにジョエルが彼女の前に立った。



「ははは、コイツとは昔からの腐れ縁でね。だから心配しなくてもいいんだよ。

 ……ま、とは言え人前ではそろそろ『領主』扱いしてくれてもいいんだけどね? 君も」


「黙れ『サラブレッド』。

 ……チッ、『使命』を捨ててくだらん『領主モノ』になりやがって」



 そう吐き捨てると、彼はドカリとソファに深くかけ直した。


 その様子にナナシアが未だ怯えていると、ジョエルがその背を優しく押しながら言う。



「ま、という訳で彼女がナナシア=キャリィだ。

 これから君たちの『後輩』になるから、よしなに頼むよ」


「……『後輩』?

 ど、どういうことですか、一体……」



 戦々恐々としたナナシアの問いに、ジョエルは笑顔で答える。



「うん。彼らはあの子達の『家庭教師』さ。つまり、君のってこと。

 これからはこの4人であの子達の『教育』をしてもらうことになるから、仲良くしてね?」


「え、ええええええええええっ⁉」



 ナナシアは目の前の3人を見て、驚きの声を上げる。



「うんうん!」


「……よろ」


「――チッ」



 そんな彼女に、3人はそれぞれの反応を返すのだった。

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