第9話 それぞれの思惑

「……お待たせ致しました。

 合格者の皆様、面接の準備が整いましたので別室へご移動ねがいます」



 10分後、メルウの案内の下、5人はとある部屋の扉の前まで移動する。


 その扉は、それまで見てきたどんなものよりも豪奢ごうしゃだった。


 そして何より―-その奥からひしひしと伝わってくる『迫力』から、部屋の中に『誰』がひかえているのかは、もはや語るまでもなく全員が理解していた。



「これから、お一人ずつこの部屋に入られ、面接を受けていただきます。

 全員の面接が終了しましたら、合否をお伝えに参りますので、指示された別室にてお待ち下さい。

 なお、面接の順番は席番号せきばんごうの若い順からとさせていただきます」



 メルウの説明を受け、5人は神妙しんみょう面持おももちで椅子に座って待機する。


 なお、シュレムだけはキョロキョロと視線を動かし続けていたが、他の4人の表情をみ取って、声をかけるような真似はしなかった。



 ――そして、一人目の面接が始まる。



「では、これから面接を始めさせて頂きます。

 初めに、シュレム=マクスヴァーナ様。お部屋にお入りください」


「はーい。じゃあね皆、いってきまーす!」



 彼女の呼びかけに、イルザとナナシアは手を振って応対し、レドガンドは軽くうなずく。


 マイラは反応を返さなかったが、彼女を「気に入らない」という目つきでにらんでいた。


 ――ギィィ、と扉が閉まる。


 シュレムが入室してから1分。


 部屋の中では既に面接が始まっているのだろうが、しかし完璧な防音により、廊下の彼らには衣擦きぬずれ程度の音一つも聞こえてこない。




「……おい、貴様ら。貴様らは何故この試験を受けた?」



 唐突に、マイラが口を開いた。



「……何? 面接前にアタシ達の情報を聞き出して、何かするつもり?」



 質問に対し、イルザがいぶかしげに質問を返す。



「ハッ、何もせずとも勝てる相手に、何故小細工を仕掛ける必要がある。

 故にこれはただの余興だ。

 貴様らも、相手の腹の内を覗き見る愉悦ゆえつに覚えはあるだろう?」



 底意地そこいじの悪いマイラの言い分に、ナナシアが声を上げて抗議した。



「何それ……性格悪くないですか? 

 あの、皆さん! 別に喋りたくないことを喋る必要は――」



 しかし、残る2人の視線は、どちらかというとナナシアの言葉を拒絶していた。



「……ごめんね、ナナシアちゃん。

 コイツの口車に乗るのは悔しいけれど、あたしはちょっと気になるかなぁ」


「俺も同感だ。俺たち商人にとって『情報』は何よりの宝だ」


「クハハハハ! 成る程、やはり農民は農民、住む世界が根本から違ったようだな」



 3人中3人からそう言われ、ナナシアとしてはもう取り付くしまもない状況であった。



「……わかりましたよ! でも、ここは平等に全員に発言してもらいますからね!」



 彼女はふてくされながらも、彼らの話に乗ることにしたのであった。



 ***



「まずは貴様からだ、キリント商会の。ディーゼル商会のでもいいぞ?」



 開幕直後から、いきなり場を仕切りだすマイラ。


 尊大そんだいな彼の言動に、イルザが待ったをかける。



「はぁ? なんであんたに決められなくちゃいけないのよ。

 言い出しっぺなんだから、どっちかっていうとあんたから始めるべきでしょう?」


「フン、理由は簡単だ。

『貴様ら』の目的があまりにも分かりやすく、からだ。

 だったら、唯一ゆいいつ面白みがありそうなその農民女を最後に回したほうが、俺の娯楽ごらくとしては有意義だろう?」


「……ハ、随分な言い草ね。

 どれだけ自分のご慧眼けいがんに自信があるのか知らないけれど、万が一外したら大恥おおはじかくことに――」


「フン、無駄な挑発ちょうはつで白けさせるな。

 どうせ『』が目的であろうに」


「…………っ」



 マイラの一言で、イルザは口をつぐまざるを得なかった。



「貴様もであろう? ディーゼル商会の」


「……そうだ」



 レドガンドは、マイラの指摘にみつくことなく肯定した。



「……『賢者の遺産』?」


「何も知らぬ馬鹿は黙っていろ。『農民』である貴様には関係ない話だ」


「はぁ⁉」



 悪口を言われ、ぷんすか怒るナナシア。


 が、そんな彼女を尻目に3人は話を続ける。



を欲しがる者は確かに多い。

 だが、一度を世に放てば後々困るのは貴様らであろう? 

 そこまで考えて今回の事にのぞんだのであろうな」



 挑戦的ちょうせんてきなマイラの問いに、イルザは少し余裕のある笑みをたたえて答えた。



「……私の口からは何も答えないわ。

 ただ、私達はあなたが思ったより『』を見ている――商人ならではのね。

 それだけ言っておくわ」



 そんなイルザの返答に、マイラは満足げに笑みを浮かべた。



「フン、焦らしおってからに。だが成る程、『広い世界』ときたか……

『領主』の息子である俺に対してその言い草、少しばかり貴様の魂胆こんたんが見えた気がするぞ。断言はできんがな。

 ……いいぞ、余興としては十分だ。先程の言葉は撤回してやろう」


「……どうも」


「え? え?」



 またしても何もわからなかったナナシア。


 だが、場の流れは彼女を無視して進んでいく。



「次は貴様だ、ディーゼルの。

 貴様はについてどう考えている?

 ……よもや、『商売敵』と同じ答えを持っているのではあるまいな?」


「……ああ、俺らは俺らなりの考えを持って事態にあたっている。

 だから……『道』を見ている、と言っておこう」



 その返答に、またも目を輝かせるマイラ。



「ほう? それは興味深い。

 それと、どうやら貴様らはお互いの主義主張しゅぎしゅちょうを知った仲というわけらしいな。

 フン、この国でも有数ゆうすうの大商会の跡取あととり同士が『賢者の遺産』を巡って対立するか……これは今後の情勢が見ものになるな? クハハハ」


「……ええ、そうかもね」


「……そうだな」



 そう言って、マイラは『商人』2人を、2人はお互いを睨みながら、それぞれ口端に笑みを浮かべた。



「……むー」



 そしてただ一人、仲間はずれにされたナナシアは頬を膨らませていた。

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