第10話 世間知らずの農民少女
「……むー」
「おい、何をふくれておる農民女。次は貴様の番だ。その安っぽい
「や……安っぽくないから! 私だって、私なりに人生かけてこの場にいるんだから!」
ナナシアはマイラに対し、ぷんぷんと頬を
「ほう? 成る程、ではゴマ粒ほどだけ期待してやろう。
それと貴様、いつから俺が対等な口を聞くことを許した。これ以上の無礼は処罰に値するぞ」
「あっそ! でも私が『家庭教師』に選ばれたら、あんただって手出しできないでしょ?」
「……そこまで
マイラが威圧を込めてにらみつけるも、ナナシアはそれをあっかんべーで返す。
そんな
「ま……まあまあまあ! ねぇナナシアちゃん、別に彼の言うことを肯定するわけじゃないけどさ、私もあなたのことを知りたいんだ。
私達も『動機』を明かしたことだし、次はナナシアちゃんの番なんじゃないかな? ね?」
「……私、イルザさんたちが何言ってるのか、まったく分からなかったんですけど」
「あ、あははは」
ナナシアのツッコミを、イルザは微笑んでごまかした。
「ま、まぁ、時がきたらいずれ説明するわよ。それよりほら、私、ナナシアちゃんのお話聞きたいなーって」
「……まぁ、いいですけど」
ナナシアは膨れながらも、ひとまず納得して話すことにした。
「私の動機は、『学者』になることです。
そのために『論文』を書いて田舎から中央にやってきたんですけど……持ち込みをしようと思ったら、断られちゃって。
だから、このお仕事をやりながら機会を待って、どうにかしてこの『論文』を発表する道を探そうと思ってます」
「……」
「……」
「……」
「……え? あれ、どうしたんですか?」
ナナシアの発言後、場は異様な
「いや……『論文』って、もう書いちゃったの?」
「え? 何かダメでしたか?」
「……阿呆過ぎて言葉も出んぞ。『大学』に通っていない貴様の書いた素人文章など、一体どこの誰が『論文』として認めると思うか」
「い……イヤイヤ! そこはちゃんと読めばわかるから! 大丈夫だから!」
「……そういう問題では無いんだ、ナナシア。『論文』というのは『指導教員』の下で企画を通して初めて執筆に取り掛かれるもので、誰でも好き勝手書いていいものでは――」
「わ……わかってますよ! だから私、しっかりと本を読んで勉強して……」
「「「……はぁ」」」
3人揃って、ため息をつく。
「な、ななな何ですか皆して! べ、別にいいじゃないですか何だって!」
「よくないからため息が出るのよ……」
「……貴様は…………ダメだ、もう言葉が出ん。帰れ」
「……ナナシア。その素晴らしい知能を、存分に活かせる日が来るといいな」
「~~~っ! 何よもうッ! 喋った私が馬鹿だった!
ばーかばーか、みんなバーカ!」
ナナシアはくるりと3人に背を向け、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
だが、その背に語りかける者は誰もいない。
そうして全員が口をつぐんだ中、面接室の扉がギギィ、と開いた。
「ふぅ~! つっかれた~っ!」
面接を終えたシュレムが、ぐぐぐと伸びをしながら部屋から出てきた。
「あ! みんなおっ待たせ~っ。
どうどう? トイレは済ませた? 発声の練習は? 領主様の前で精一杯のプレゼンをする準備はOK?
……ま、思った以上に疲れるから、みんなも頑張ってね~っ!」
それだけ言って、彼女は足早に立ち去ろうとする。
が、その背中をマイラが呼び止めた。
「おい、貴様。その態度は余裕の現れか? それとも、既に自分に可能性がないと悟ってのことか?」
「うーん、こういうのはあんまり言わないほうがいいのかも知れないけど……ま、いいか。
答えは後者。多分私が選ばれることはないだろうね~」
「……その要因は?」
「ちょ、ちょっとアンタ! 下手なこと聞いて私達までペナルティ食らったりしたらどうすんのよ! とばっちり食らうじゃない!」
慌てて止めに入るイルザだったが、しかしマイラはお構いなしといった風に続ける。
「で、どうなんだ」
「私がダメっぽい理由はねぇ、私の『要求』が『
「……『要求』が?」
マイラは、訝しげに呟いた。
「今回の『公募』において、エスクード
……貴様の『要求』はそれを超えるだと?」
「……うーん、そんな大したことじゃないんだけどなぁ。
ただ、私を『一族』に戻してほしいってだけで」
「……『一族』?」
マイラの顔に、疑念の色が浮かぶ。
それを見たシュレムは、「あ、いっけない!」と口に手を当ててつぐむような所作を見せた。
「え~と、まぁ、とにかく私が選ばれることはないだろうから、皆は安心して面接に挑んでね!
それじゃあ、今後会うことがあるかわからないけど、まったね~!」
そう言って、シュレムは待合室に入ることなく、そのまま場を後にした。
マイラも今度は彼女を呼び止めることはせず、代わりに
「な……何だったんですかね……」
「さぁ……」
「……」
ナナシアは、イルザ、レドガンドの2人に意見を求める。
だが、突然の事態に2人も答えを見いだせなかったようで、3人はただ顔を見合わせただけであった。
「……フン、何を戸惑っておる貴様ら。貴様らにその必要はあるまい」
「……は?」
「貴様らは元より選ばれる可能性のない
「…………は~~~~~~~っ‼」
涼しい顔でそう言ってのける彼に、ナナシアは何度めかの怒りをたぎらせた。
「いーえ全然理解できませんね! だって別に合格を決めるのはアンタじゃないし、私達が合格する可能性だって十分に――」
「いや、合格は俺だな。貴様らの『動機』を聞いて確信した。
貴様は論外として、『商人』共についても、『賢者の遺産』が狙いである以上合格はあり得まいからな」
「……へぇ、なんでそう言えるのかしら? 自分だって何か『目的』があってこの公募に臨んだクセに」
マイラの言葉に、イルザがキツい口調で食って掛かる。
しかし、マイラは変わらず涼し気な表情で答えるのだった。
「理由は簡単だ。俺が単純にエスクード家の家庭教師になるために来たからだ」
「…………」
その言葉に、イルザは何も言い返すことができなかった。
だが、ナナシアは。
「え? それは私も同じですけれど」
「だから貴様は……ああ、もういい! 俺と貴様とでは――」
「……ご
次の面接を始めたいと思いますので、マイラ=ロードヴェル様、ご準備をお願い致します」
にらみ合う2人の間に、メルウが割って入る。
彼に
「――では、これからマイラ=ロードヴェル様の面接を始めさせて頂きます。どうぞお部屋にお入りください」
メルウに
そして入室の瞬間、ナナシアの方をキッと睨み、
「……見ていろ。合格するのは俺だ」
そう言い残して、部屋に入っていった。
その背中を見送りながら、ナナシアは不満げに呟く。
「……見ていろって、扉越しに見えるわけがないじゃないですか。べーだ」
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