第11話 ナナシアの面接

「――では、最後になりますが、ナナシア=キャリィ様、どうぞご入室ください」


「……はいっ!」



 その後、マイラに続きイルザ、レドガンドの面接も終わり、残るはナナシアのみ。


 先に終わったマイラが不在の中、ナナシアは2人に結果や感触を尋ねることはしなかったが、二人ともどこか浮かない顔をしていたのを見て、彼女も増して不安げな表情を浮かべているのだった。



「…………っ」



 ナナシアは、『扉』にかけた手が今までにないくらい重く感じ、ゴクリと唾を飲み込む。


 しかし、それでも今一度勇気を振りしぼって、ギギギ、と扉を押し開けた。



「失礼します!」



 ナナシアが、深々と頭を下げて挨拶をすると。



「やぁ、君がナナシア=キャリィか。長い間待たせて悪かったね」



 開口一番、ねぎらいの言葉をかけてくれたのは、彼女の真正面に鎮座ちんざする一人の男。


 してなお風格漂うその銀髪ぎんぱつの男は、まぎれもなくエスクード領の領主、『ジョエル=シド=エスクード』その人であった。



「い、いいいいえ! そんな全然、お構いなく!」


「ははは、そんな緊張しなくて大丈夫だよ。じゃ、そこに座って」



 ナナシアは、言われたままに彼の正面に置かれた椅子に座る。

 必然的に近くなる領主との距離に、ナナシアの緊張は限界に達しようとしていた。



「……では、面接を始めよう。まずは、自己紹介をしてくれるかな?」


「は、ははははい! ナナシア=キャリィ、19歳です! 

出身はナナテコ村で、両親は農業をやっています!」



 彼女の元気な返事に、ジョエルはにこやかな笑みを浮かべる。



「ほう。すると……君の身分は『農民』ということになるね。この公募のことはどこで知ったのかな?」


「え……えっと、今日はたまたま別の用事で中央へ来ていたのですが、その、『集い場ギャザリング』の方から教えて貰って。

 ……その、『農民』が応募しては、いけなかったでしょうか」



 ナナシアが恐る恐るたずねると、ジョエルは軽快けいかいに笑いながら首を横に降った。



「いやいや、確かに想定外ではあったけれど、別に構わないよ。

 僕はただ、子供たちの教育者として相応しい人物を探しているだけだからね」


「よ、よかったぁ~」



 それを聞いて、ナナシアはほっと胸をなでおろした。


 最大の懸念点けねんてんをひとまずクリアしたことで、彼女の肩から無駄な力が抜けていく。



「うん、緊張が解けたようでよかったよ。

 それで次の質問なんだけど、君は何のためにこの公募を受けてくれたのかな?」


「はい、私はこの街で働いて、お金を稼ぎたくて……」


「……? うん、それはそうなんだけど、君が望む『褒賞ほうしょう』について教えてほしいな」


「ほうしょう……? お給料じゃなくて、ですか……?」



 ナナシアが『なにもしりません』といった顔でそう返すと、ジョエルは少し困った顔で説明を始めた。



「今回の公募は、家庭教師に選ばれた上で『成果』を出してくれたら、僕の方から何らかの『褒賞』を出すことにしているんだ。

『褒賞』の内容はその人次第で、特に制限を設けるつもりもない。

 もちろん、他の4人は『それ』目当てで来ていたんだけど……

 ……君、もしかして知らなかった?」


「……はい、知りませんでした……」



 それを聞いて、ジョエルはあきれと安堵あんどが入り混じった複雑な表情を浮かべた。



「そ、そうか……。

 筆記試験の合格者に『農民』の子がいると聞いて、これは何を要求してくるのかなと身構えていたものだから、ちょっと驚いてしまったよ」


「あ、あはは……」


「ははははは」



 ナナシアは自分の無知を恥じながら、ジョエルは突飛な候補者がいたものだと、2人は合わせて笑い合う。



「……しかし、そうなると俄然がぜん興味が湧いてくるな。あの試験は、何の執念しゅうねんも持たずに勉強してきた程度で合格できるものではない。

 ……君は、一体何のためにそこまで『教養』を極めたのかな?」


「それは……私の夢が、『学者』になることだからです」

「ほう」



 ナナシアの返答に、ジョエルは興味を示すように目を見開く。



「『学者』……というのは、つまりは『大学教員』になりたいってことかな?」


「……ええと、『調査』ができるのであれば、なんでもいいんです。

 とにかく、私の『仮説』をなんとか証明して、それを世の中に発表したくて……」


「その『仮説』というのは?」


「ええと……もしかしたら、私が書いた『論文』を読んでいただくのが、一番分かりやすいかもしれません」


「『論文』? 君が書いたのがあるのかい?」


「はい!」



『論文』の話になり、ナナシアの顔が一瞬明るくなる。

 その変貌ぶりを見て、ジョエルは興味深そうに尋ねた。



「その『論文』……今ここで見せて貰っても?」


「はい! あの、控室ひかえしつに置いてきてしまったのですが、取ってきてもよろしいでしょうか」


「もちろん」



 ジョエルの了解を経て、ナナシアは一旦退室する。

 その少し後、彼女はリュックサックを持って戻ってきた。



「お、お待たせしました! ここ、これが私の書いた『論文』、です……」



 ナナシアはリュックサックから3つの紙束を取り出し、ジョエルに手渡す。


 それを受け取ったジョエルは、まるで査読さどくするかのように一枚一枚に丁寧に目を通していった。



「……うう」



 無論、そうして『論文』を読まれているナナシアの緊張具合は半端なものではない。


 彼女は、彼が次に口を開いたときにどんな言葉が出てくるのか、戦々恐々とした表情で見守っていた。



 ――そして、数分後。



「……うん、大体読み終わったかな。ありがとう、ナナシア君」


「は、はい!」



 ナナシアは、へっぴり腰になりながらジョエルから『論文』を受け取る。


 彼女は椅子に座り直すと、視線を膝上ひざうえの紙束の方へと落としながら、ジョエルの言葉の続きを待った。



「……『論文』についてだが」

「は、はいッ!」



 これまでの人生の中で一番の緊張と恐怖とで、ナナシアはギュッと目をつぶる。



「君の言っている『仮説』については、確かに興味をそそられた。

 それが既存のものとどう結びついているかの考察は、所々ところどころ理想が入り混じってはいるが、しかし立証できないとも言い切れないのがまた面白い。

 論理も整っているし、形にはなっているね」


「ほ、本当ですか……⁉」



 ぱあっと明るい笑顔を見せるナナシア。

 だが、続くジョエルの言葉は、厳しいものであった。



「……だからこそ、とても惜しい。ここに多少なりとも『実例』が――信憑性のあるデータが出揃えば、この論文は飛躍的に価値を増すだろう。

 そしてそれを成し遂げるには、最低でもココベリア大学――この国で三指に入るレベルの『権威けんい』、つまり『信頼』が必要だ」


「そ……そう、ですか」



 ナナシアはガックリと肩を落とし、うなだれる。

 ジョエルは、そんな彼女と『論文』とを交互に見比べていた。そして、



「君……大学に入る気はないのかい?」


「え?」


「君の言い方だと、何故か『大学』をすっ飛ばして『学者』になろうとしているように聞こえるが……大学に入りたくない理由でもあるのかい?」



 ジョエルの質問に、ナナシアは慌てて答える。



「い、いえ! 大学に入れるならば、それでも全く構いませんが……『農民』の私が、両親にそんなことをお願いできるはずもなくて。

 だから、お金をもらいながら研究ができる『学者』になれれば、お父さんたちに負担をかけずに、大好きな研究ができるかなって……」


「ふむ、やはり経済的な問題だったか……」



 ナナシアの答えを聞いて、ジョエルは悩ましげに呟いた。



「そろそろ我が領の大学にも奨学金制度が必要だと考えてはいたが……うん、その試金石しきんせきとしても丁度いい。

 どうだい? 君の家庭教師の褒賞として、『大学在学中の資金援助』というのは」


「だっ、大学に……大学に通わせてくださるんですかっ⁉」



 ナナシアは、叫ぶと同時に思わず立ち上がっていた。



「ああ。しかし、私ができるのはただの『資金援助』だ。

 前提として『入学試験』の合格、そして各年度の『進級』なんかにおいては、もちろん自力で突破してもらう必要があるが――」


「そ、それでも嬉しいです! ありがとうございます!」



 ナナシアは、よもや地面に額がつく勢いで頭を下げた。

 それを見たジョエルは、にこりと笑みを返す。



「うん。じゃあ、家庭教師の合格のあかつきには、君の大学生活の資金援助を約束しよう。

 ……ということで、面接試験の続きを受けてもらおうかな」


「そ、そうでした!」



 喜びもひとしお、まだ試験が終わっていないことを思い出し、ナナシアは急いで椅子に座り直した。


 彼女の準備が整ったのを見届けて、ジョエルは机の引き出しを開け、その中から何かを取り出した。



「それじゃあ――これから君には、この本を『朗読ろうどく』してもらう」


「『朗読』……ですか?」



 そう言ってナナシアに手渡されたのは、薄い一冊の『絵本』だった。

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