第12話 朗読試験と5人の面接官

「これは……『魔道士まどうしシド物語』?

 ろ、『朗読』って、コレでいいんですか? 私、もう少し難しい本でも読めますが……」



 予想外の事態におろおろとしながら、ナナシアはジョエルに訂正を促す。


 しかしジョエルは課題を撤回てっかいすることなく、おもむろに首を横に振った。



「いいや、これでいいんだ。むしろ

 ……準備が整ったら、始める合図をしてくれ」



 なおも動揺どうようを隠しきれないナナシアに対し、ジョエルの眼差しは揺るがない。


 そんな目で見られてはナナシアもこれ以上詮索せんさくする事もできず、口を閉ざして『朗読』の準備に入るのであった。



「…………」



『朗読』の準備として、ナナシアは手始めに絵本の内容をチェックすべく、ページをめくりながら絵と文章を黙読もくどくしていた。


『魔道士シド物語』は子供用の簡単な絵本なので、全部で30ページ程しかない。


 チェックにそれほど時間はかからず、彼女はすぐに目を通し終わると、ゆっくりパタンと本を閉じた。



(……うん、『シド物語』は何度も読み返した本だから、とりあえず朗読はできそう。

 でも相手が大人りょうしゅさまだからなぁ……よ、読み方の正解がわからない……)



 そんなことを考えながら、ナナシアは絵本越しにちらりとジョエルの顔を覗き見る。


 しかし、隠れ見たつもりの目線はバッチリ彼とぶつかってしまい、ナナシアはあわてて目線を絵本で隠して逃げた。



(……め、めっちゃ真剣な目で見てる……! 

 どど、どうしよう、ここは自信げに元気よく? 

 いや、『シド物語』は全体的にスローテンポだから、感情を込めて? 

 ……ダメだ、全然わかんない!)


「……さて、そろそろ準備できたかい?」


「ひ、あ、はい! 



 未だ答えが見つからずにいたナナシアだったが、ジョエルに急かされ、つい無意識にそんな返事をしてしまう。


 返事を返した直後、自分の過ちに気づいたナナシアの心中は大混乱の極みであった。



(……ああああ、何言ってんだ私っ! 全然何一つOKじゃないよ! 

 どうしよどうしよ、一体どうすれば……っ!)



 ナナシアは、もう少し準備の時間が貰えないかなーと希望の眼差しでジョエルの方をチラ見する。


 しかし、彼は背筋をしゃんと伸ばし、真剣な表情を浮かべ、すでに聞き入る体制に入ってしまっているのだった。



「それでは、始めて貰おうかな」


「あ……は……はい!」



 こうなってしまったら、もうほかに道はない。

 ナナシアは自分を奮い立たせるように大きく息を吸ってから、おもむろに口を開いた。



「……これから、『魔道士シド物語』の朗読を始めます!」



 ***



「――むかしむかし、ある村に、ひとりのしょうねんがすんでいました」


「…………」


「しょうねんは、なまえをシドといい、おかあさんとふたりでなかよくくらしていました」



 朗読が始まると、しかしナナシアはまるで先程の緊張がなかったように、スラスラと読み進めることができていた。


 彼女がそうできていた理由は、ひとえにこの本を『朗読し慣れていた』ためである。


 彼女の故郷――ナナテコ村ではまだ識字率しきじりつが低く、大人でも『本が読めない』人はたくさんいる。


 そんな中で本を読める彼女の存在は珍しく、そして彼女の読み上げる『本』――つまり『娯楽』はとても貴重だ。


 故に、彼女は村人にほぼ毎日『朗読』をせがまれていたのである。


 そして、その中でもやはり『三英雄』を題材にした物語は好まれ、特に文章だけでなく『絵』でも楽しめる絵本は人気が高かった。


 ――と、そんなこんなで年間100回以上の読み聞かせを続けるうち、彼女の朗読スキルは無意識のうちに磨かれていたのである。



 朗読が始まってから、数分後。



「――そうして、シドは村のひとたちといつまでもなかよくくらしましたとさ。おしまい」


「……うん、ありがとう。お疲れ様」



 ナナシアは無事に絵本を読み終わり、ジョエルからは惜しみない拍手が送られた。


 それを受け、ナナシアは安堵の気持ちからガックリと肩を落とす。


 その緊張と緩和かんわの落差は激しく、途端に彼女の呼吸は荒くなり、額には玉のような汗が浮かびあがっていた。



「……ふぅ~~、き、緊張したぁ~~」



 思わず、心の声を口に出してしまうナナシア。


 それを聞いたジョエルは、軽い笑みと共に彼女にねぎらいの言葉を投げかけた。



「いやぁ、私の感触としてはとても良かったと思うよ。お世辞とかではなく、本当に。

 ……これなら、も満足してくれたんじゃないかなぁ」


「……?」



 ジョエルの言葉にひっかかりを覚え、ナナシアは違和感を確かめるように繰り返す。


 すると、彼はわるびれる様子もなく頷き、にこやかに微笑んだ。



「……あ、あの、『彼ら』って、一体……」


「実は、この『面接試験』の面接官は僕だけじゃないんだ。

 ……と言うより、そもそもこの試験の合否は彼らに決めてもらう予定だったから、その意味では僕は面接官ですらないと言える。

 本当の面接官は、だよ」



 そう言って、ジョエルはふと視線を部屋の壁にかかった『暗幕』へと向けた。



「さて、出ておいで! 君たちの答えを聞かせておくれ!」



 ジョエルがそう号令を欠けると、途端に



「……ちょっと、早く出なさいよ!」


「うるせーな、姉ちゃんが開けるんじゃねーのかよ!」


「おい、どちらでもいいから早く出ろ」


「う、うん、待たせちゃ悪いよ……」


「……ふにゃー」



 ナナシアが驚天ぎょうてんの表情でそれを見つめていると、ややあって暗幕がシャッ! と開かれた。


 ……そこには。



「こ……こ……子供⁉ 5人⁉」


「そうさ。皆僕の可愛い子供たちだよ」



 一列に並び、じっとナナシアを見つめる5人の子供たち。


 座っているナナシアと同じくらいか小さい程度の背丈せたけの彼らは、初めて顔を合わせる彼女のことを、警戒するようにじっと見つめてくるのであった。

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