第13話 合否のゆくえ。 その1

「あの……えっと……」



 突然現れた5つの視線を一身いっしんに受け、ナナシアは先程とはまた違った緊張感におそわれていた。


威圧いあつ』ではなく、『警戒けいかい』。


 向けられる視線のベクトルが先程とは真逆になったのを感じ、ナナシアはハッとして、カチカチだった表情を意識的に和らげる。



「こ、こんにちは」



 ナナシアは、できる限りの人なつっこい笑顔を浮かべ、右手を振りながら挨拶した。


 メメテコ村の子供たちであれば、ここで「こんにちはー!」と元気な挨拶を返してくれるのだが。



「「「「「…………」」」」」



 しかし、反応はナシ。

 無言が心に痛いくらいに突き刺さり、ナナシアは思わず笑顔を引きつらせてしまう。



「ほら皆。お姉さんに挨拶は?」



 そんなおり、援護とばかりにジョエルからの催促さいそくが入った。


 それでもすんなりと挨拶はしてくれなかったが……しかしナナシアは、彼らがお互いに視線を合わせ始めていることに気がついた。



(ここでもうひと押しすれば、いける……!)



 彼女の経験則けいけんそくからすると、これは『挨拶をしていいものかどうか迷いがしょうじている』という変化の表れである。


 ナナシアは確信し、今一度子供たちに挨拶を投げかけた。



「こんにちは!」


「「「「「……こんにちは」」」」」



 すると今度は、尻すぼみのか細い声ではあったが、きちんと挨拶が返ってきた。


 そのことが嬉しくて、ナナシアは思わず笑みをこぼす。



「ほう、もうこの子たちとコミュニケーションを取れるのか。流石だねナナシア君」



 そんな彼女らの様子を見て、ジョエルはウンウンと嬉しそうにうなずいていた。



「えっと……彼女たちが領主様のお子様ってことは、この子達が『生徒』になるんですか?」


「そうだよ。合格者には、『教養』科目の家庭教師として5人についてもらう。

 そして……5人全員を『ココベリア大学附属ふぞく学校』に入学させること。

 これが『成果』だ」


「な、なるほど……」



褒賞ほうしょう』を得るための具体的な『成果』を聞いて、ナナシアはつい冷や汗を流していた。


 ココベリア大学附属学校とは、その名の通りココベリア大学への入学者を育てるための育成機関。


そうめいするだけあって、『国内最高峰』の一角であるココベリア大学の入学者はここの出身者が大半を占める。


 その名は領内りょうないだけでなく全国内にとどろく知名度で、そしてもちろんその分だけ合格難易度も高い。


 加えて、全国的に入試は『三大能力』だけでパスできる傾向が強い中、の意向で『教養科目』の試験も課せられることが特色である。



「にゅ、入学が『条件』ですか。

 あれ、でも確か『ココベリア大学』系列の学長って……」


「ああ、。もちろん、入学試験等も僕の目が通っている。

 ……だからこそ、この子たちの教育は外部の人に任せたくてね」


「そ、そうですか。厳しいですね……」


「それはそうだろう。立場ある者として、我が子だけを贔屓ひいきするわけにはいかないからね」


「…………」

「…………」



 その言葉に、ナナシアの視界のはしで子供たちの上2人が不機嫌そうな表情を浮かべた。


 2人はバレたことに気がつくと、それを隠すようにそっぽを向く。



「あはは……」

「ん? どうかしたかい?」

「い、いえ!」



 そんな微笑ほほえましげな光景にふと笑ってしまい、ナナシアは慌てて真顔をつくる。



「……ということで、そろそろ結果発表といこうか。

 さっきも言った通り、二次試験の面接官はこの子たち。君の合否は、この子たち自身の口から聞くとしよう」



 そう言って、ジョエルは一番背の高い女子に視線を向けた。



「リンダ、きみはどう思う?」

「……そうね」



 なやましげにつぶやく彼女は、『長女』――リンダ=シド=エスクード。


 バランスよく整ったスタイルに、しゃんと一本の柱が通ったような美しい立ち姿。


 鋭い目つきがやや怖い印象を与えるが、しかし一方でそれは彼女の魅力でもあろう。


 父親譲りの銀色の長髪に、一房ひとふさの赤い前髪がえる。


 成長途中の体躯たいくにはおさなさが残るが、しかし弱冠じゃっかん13歳ながら、その風格は既に『平民』との差を明らかにしていた。



「……あなた、としはいくつ?」


「え? あ、えっと、19歳です」


「……ふうん、結構年上なのね。でも――」



 するとリンダは、堂々と腕を組み、



「――!」


「……???」



 よくわからない彼女の言葉に、ナナシアの脳内が『?』で埋まった。



「…………」



 ほんとによくわからないので、助けを求めるようにジョエルの方を向くと、彼もやれやれと言った様子で頭を抱えていた。



「……彼女リンダは、なんというか……なんだ。

 だから……その……彼女と接するときは、で頼む」


「は……はぁ……」



 なんかもっとよくわからなくなったので、ナナシアはとりあえずの返事を返す。


 するとリンダが、はかるようにナナシアに話しかけてきた。



「……あなた、私たちの『家庭教師』になりたいんですって? 

 ま、まぁ今の読み聞かせは結構良かったけれど……でも、それだけじゃ納得できないわ! 

 だから、私がもう一度テストしてあげる!」


「テスト……ですか」



 彼女の宣言を聞いて、ゴクリと固唾かたずを飲み込むナナシア。


 ……その焦りは、先程までの試験のような緊張感からではない。


 それとは全く別質べっしつの――眼の前の出題者こども未成熟こどもゆえにといった、まるでびっくり箱を開ける前のような恐ろしさからであった。



「それじゃ、まず最初に――」

「よろしくお願いします、!」



 ……焦りのあまり、ナナシアはつい彼女の言葉に返事を被らせてしまう。


 直後に(やってしまった……!)と後悔するも、時すでに遅し。


 彼女は眼の前の少女を怒らせてはいないだろうかと、戦々恐々せんせんきょうきょうとリンダの方を見る。


 ――ところが。



「っふ、ふん……『お姉ちゃん』ね……ふふ、いい度胸してるじゃない。うふふふ……」

「…………?」



 途端とたん、彼女の様子がおかしくなった。


 顔をそらしているため、ナナシアからその表情をうかがい知ることはできないが……


 しかし何やら声は震え、表情もうつむいているようである。


 そしてそんな姿を見せられると、ナナシアの恐怖心は余計に増す一方だった。



(こ、ここここ、こうなったらもはや……土下座アレをやるしかない⁉)



 混乱したナナシアが、よもや13歳むっつしたに対して土下座の用意に入った瞬間……




「……合格よっ! あんた合格! 

 これからよろしくしてあげるわ! ふん!」




 突然、彼女の口から合格が言いわたされた。



「……え? なんで?」


「なんでもへったくれもないわ! 合格ったら合格よ! おめでと!」


「……???」



 自分の思惑おもわくとは正反対の結果に、驚きを隠せないナナシア。


 彼女は理由のわからない合格に混乱し、ただただ呆然としていた。



「……なんで…………?」



 ―-り返すが、彼女は合格が言い渡された理由について本当に気づいていない。

 しかし、



「えへへへ……お、……えへへへへへ……」




 ……彼女の目の前には、すっかり気を良くしてほおを緩ませ、ニヤニヤをおさえきれていないリンダがいるのであった。

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