第14話 合否のゆくえ。 その2

「ちょっと待てぇぇぇぇ‼ 姉ちゃん、何勝手に言っちゃってんだよ!」



 すると、2人いる男の子のうち、大きい方が話に割り込んできた。



「なによエルド! 合格はもう決めてたじゃない! なんか文句ある⁉」


「じゃなくて、これから俺たちもしゃべる流れだったろ⁉ なんで勝手に宣言してんだよ!」



 金髪の中に青い前髪の混じった少年は、ノリと勢いで生きる姉に文句をぶつけた。


 彼の名前は、エルド=シド=エスクード。


 リンダより1つ下の12歳で、身長も彼女よりやや低め。


 しかし、まるで子供とは思えないほどにがっしりと筋肉が着いた身体からだ、そしてツンツンに立てたヘアセットは、リンダとはまた違った意味で平民離れした印象いんしょうを周囲に与えていた。



「うるさい‼ どうせ結果は同じなんだから、別に私が言ってもいいじゃない!」


「いーや、今のは文脈ぶんみゃくがおかしかった! 

 お前が年上に『お姉ちゃん』扱いされて、それが理由で合格宣言したみたいに思われるだろ!

 いや、お前の頭ん中は実際そうだったろ⁉」


「…………ち、違うわよ!」


「嘘だ! ああもう、また姉ちゃんのせいでめちゃくちゃじゃねーか!」



 そんな怒涛どとうの言い合いが繰り広げられる中、ナナシアがふと耳をかたむけると、その横では残りの3人も何やら言葉を交わしていた。



「……まったく、何故いつもこうなるのだ奴らは。おいジーク、お前行ってしずめてこい」


「えええ⁉ やだよ、何でいっつも僕なのさ! たまにはトキナ姉さんが行ってよ……」


「フン、私は見ての通りカミナの世話でいそがしいからな。手持ち無沙汰ぶさたなお前が行くのがすじだろう」


「だったら僕がカミナ姉さんの面倒見るからさぁ! イヤだよ僕!」


「……いや、それは無理だな。なぜなら私とカミナは一心同体、ゆえにこのような些事さじで離れることは許されないのだ……。

 ねーカミナ♡」


「……ふみゅう…………うるさいねむい…………」



「……………………⁉」



 もう、何が何だかわからない状況になっていた。


 先程まで荘厳そうごんさにあふれていた面接室が、一瞬にして託児所たくじしょさま変わり。


 ともすれば風邪を引いてしまいそうな場の温度差に、ナナシアは疲労もあいまってフラリとめまいを起こしてしまった。



「あう……」



 それを見たリンダが、エルドをキッと睨みつける。



「ほら、あんたが無駄にしゃしゃり出てきたせいでナナが困惑してるじゃない!」


「ナ……ナナってなんだよ⁉ 勝手に愛称あいしょうつけるんじゃねー! ペットか!」


「違うわよ! 別に愛称くらいイイでしょ、いも……家庭教師なんだから!

 それとも何、あんたナナを家庭教師だって認めないつもり? 合格を取り消すつもり⁉」


「い、いや、そんなつもりはねーけど……って、ああ、ナナシアさん⁉」



 エルドが叫ぶ先で、ナナシアはいろいろな理由で抜けがらみたいになっていた。



「ご、合格が取り消し……? 私の夢が終わり……? う、うふふ、うふふふふ……」


「あーっ! 合格合格! もちろん合格ですから! だからそう気を落とさないで! 大丈夫ですから!」


「ふん、だからあんたは口を出すべきじゃなかったのよ」


「姉ちゃんうっさい!」



「…………はは」



 子供たちの喧騒けんそうを見て、ジョエルはこの部屋をにしてよかったと、心底そう思うのだった。



 ***



「じゃ、じゃあ改めて……俺はエルドです。としは12さい

 で、コレがリンダ。俺の一個上の姉貴あねきです」


「コレって何よ!」



 雑に扱われたリンダは、即座そくざに彼に食ってかかる。


 が、彼はそれを完全に無視し、ナナシアに説明を続けるのだった。



「それで、この青くて小さいのがカミナとトキナ。こいつらは双子で、どっちも10歳。

 メガネかけてるほうがトキナです。伊達だてだけど」



 エルドがそう言うと、青髪の中に一箇所かしょ紫色の前髪が入った少女が、口をとがらせながら異議いぎを申し立てた。



「む、伊達ではないぞお兄ちゃん。これでも一応度が入っているのだ。

 フフ、とうとう私も視力が悪くなってきてな……これで私も一歩大人に近づいたって訳だ! わはははは!」


「……は? お前、それ本当か? 

 俺さ、本当に眼ェ悪くしたら怒るっつったよな?」


「えっ? や、あの」



 エルドがにらむと、トキナはギクリと顔をそらした。



「ホントに度、入れたのか?」


「……う、ウソです。見栄みえ張っただけです……」


「なら良かった! 父さんと母さんに貰った大事な眼なんだから、大切にしろよな!」


「……は、ひゃい……」



 兄に正論で詰められ、ウルリと涙目になるトキナ。



「……で、こっちのだらーっとしてるのがカミナ。

 コイツはいっつもこんな感じなので、まぁそういうもんなんだと思っててください」


「……むふー」



 エルドが指差す先で、トキナの髪と少し色違いの――前髪のワンポイントが桜色さくらいろをしている少女が、なんかよくわからない声で鳴いた。


 彼女は先程さきほどからずっとトキナの背中にもたれかかっており、地面に足がついていることをのぞけば実質じっしつおぶられているような態勢であった。



「よろ」


「……よろ?」


「あ、コイツなりに『よろしくお願いします』って言ってるんだと思います。

 カミナは基本的に口数――いや、文字数が少ないので」


「文字数が少ないなんてあるの⁉」



 ナナシアが驚きのあまりツッコむと、それに反応するようにカミナが視線を向けてきた。



「……ん」



 彼女はそれまでもたれかかっていたトキナの背中から離れ、まるでナマケモノが移動するかのようにのんび~りとナナシアの下へやってくる。


 そして、



「ぎゅ……わるくない」


「……え?」



 そう言って、今度はナナシアの膝の上に、彼女に抱きつきながら座るのであった。



「……かっわいい~~~~~~~~~~~~~~~~‼」



 直後、ナナシアの感情が爆発する。



「きゃ~~~~~~! この子、わぁ、とってもかわいい、可愛すぎる!

 ええ⁉ なんでこんなカワイイんですか⁉ 

 私、この子の家庭教師になりたいです!」


「はは、もちろん。あ、いや、俺らの家庭教師もお願いしたいんですけど。

 まぁ、というわけで最後に……あれ、聞いてますナナシアさん?」


「え⁉ あ、はい! 聞いてます!」



 と言いつつも、カミナを両手で抱きしめながらほっぺでずーっとスリスリしているナナシア。

 声をかけた自分の方を見ようともしない彼女を見て、ジョエルは呆れたようにため息をついた。



「……この人、トキナとおんなじタイプの人だ……」


「ん? 何か言いました?」


「い、いいえ。……それじゃあ最後に、コイツがウチの末っ子、ジークです」



 そう言って、エルドは最も背の小さい、亜麻色あまいろの髪をした少年の背中を押す。



「ジーク=シド=エスクードです。よ、よろしくお願いします」



 挨拶と共にキレイなお辞儀じぎをする彼は、小柄こがらで細身な体躯たいくがやや頼りなく見えるが、しかしとても真面目そうな少年だった。



「よろしくお願いします♪」



 だが、ナナシアが微笑むと、彼はサッとエルドの裏に隠れてしまった。



「……あれ?」


「ああ、ジークは少し人見知りですから。

 まぁ、すぐに慣れると思うので、あまり気にしないでください」



 そう言ってエルドはジークの頭をポンポンとなでると、改めてナナシアの方へと向き直った。



「……というわけで、以上が俺たち5人姉弟の自己紹介となります。

 これから、どうぞよろしくお願いします。ナナシアさん」


「はい! ……ということは、肝心かんじんの試験結果って……」


「あ! 色々ごたついていて、まだ言っていませんでしたっけ。

 ……父さん、僕たちは『家庭教師』をこの人に決めたいんだけど」



 エルドの視線の先で、ジョエルは深くうなずいた。



「……わかった。では、そうしよう。

 ナナシア=キャリィ。君を、エスクード家の家庭教師として任命にんめいする」


「……わ……!」



 それを聞いて、ナナシアは一瞬信じられない思いでふとつぶやく。


 しかし、あわてて(カミナを降ろして)直立し、改めてジョエルの目を見ながら、



「よ……よろしくお願いします!」



 深々と頭を下げ、力強くそう言った。



「うん」



 ナナシアはジョエルの返事を受け取ると、今度は5人に向かって頭を下げる。



「えっと、みなさんも、よろしくお願いします!」


「よろしくしてあげるわ!」

「よろしくお願いします」

「よろ」

「……お願いします」



「…………」



 ところが、姉弟きょうだいが上から順に挨拶を返す中、一人だけ無言をつらぬく人物がいた。


 トキナ=シド=エスクードである。



「……?」



 ナナシアが困惑の顔で彼女の表情をうかがい見ると、トキナはキッとナナシアをにらみつけ、



「……カミナの定位置は私の背中なんだからな! よろしく!」



 そう強く言い放って、カミナを背負って何処かへ行ってしまった。



「……どうやら、受け入れられたようだね」



 ぽかーんとしていたナナシアに、背後からジョエルが話しかける。



「そ、そうなんでしょうか……?」


「ああ。親である僕が言うのだから間違いない。君は彼らにとってきっといい家庭教師になる。

 ……ということで、私からもよろしくお願いするよ。頑張ってね、『褒賞』のためにも」


「はい!」



 ナナシアが元気に返事を返すと、ジョエルもニコニコと微笑んだ。





 こうして――『農民』ナナシア=キャリィは、エスクード家の家庭教師としてむかえ入れられたのであった。

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