第15話 合否のゆくえ。 その裏


「……待たせて悪かったね、君たち」



 ジョエルは扉を押し開け、ひかえ室に入るとともに彼らに声をかけた。


 それを受け、彼の視線の先の3人――テーブルに身体を預けながら椅子に座っていたマイラ、イルザ、レドガンドの3人は一斉いっせいに席を立ち、右手を胸に当てながら深々とお辞儀じぎをした。


 ラグズ王国の、目上に対する正式な一礼である。



「早速だが、つい先程合格者が決まった。それを報告しようと思ってね」


「そういうことでしたら、あの農民――ナナシア=キャリィが見当たりませんが」



 マイラが尋ねると、ジョエルは笑いながら答える。



「……ああ、彼女は今あの子達と親睦しんぼくを深めている最中さ。

 本当はここに連れてくるつもりだったんだが、彼らがどうしてもというのでね」


「……つまりは、それが答えですか」


「その通りだ」



 それを聞いて、イルザとレドガンドもハッとした表情を浮かべた。



「家庭教師選考試験……最終合格者は、ナナシア=キャリィに決まった」



 ジョエルの宣言に、彼らはそろって表情を険しくした。


 加えて、マイラはその表情に怒りを、イルザは思案しあんの様子を、レドガンドはナナシアに対する敬意けいいをそれぞれ含ませていた。



「……不躾ぶしつけですが、その決定の理由をお聞かせ願えないでしょうか。

 正直に申しますと、私はその結果に対して納得ができておりませんので」



 真っ先に口を開いたのは、マイラであった。



「ああ、君がそう思うのも無理はないだろう。

 安心してくれ、もちろん今からちゃんと説明させてもらうつもりだ」



 そう言うと、ジョエルは彼らに並ぶ形で空いている席に座る。


 それを見届けたのち、3人も彼に続いて椅子に腰掛けた。



「まず、君たちにはタネ明かしをしなければならない。


 先程の二次試験……面接試験だが、あれの面接官は、実は僕ではない。

 暗幕で仕切られていた部屋の奥にいた、僕の子供たちだったんだ」



 ジョエルのその告白を聞いて、しかし驚く者はいなかった。



「……ええ、そういうことではないかと思っていました」


「私も……というか、それが一番手っ取り早いですしね」


「……同じです」



「はは……流石だな」



 ジョエルは軽い笑みをたたえながらそう漏らす。



「まぁそんな訳で、試験の結果は100%彼らの意思で決めてもらったんだ。その中で最も評価が高かったのが彼女ナナシアだった、って訳さ。

 ……ええと、他に何か聞きたいことはあるかい?」



 ジョエルが3人に視線を投げかけると、イルザが挙手をして話し始める。



「では、失礼ながらおたずねいたします。


 二次試験の結果についてですが、ご子息らによる評価は、あらかじめジョエル様が何かしらの基準を作られてのものだったのでしょうか?

 それとも、すべてご子息らにまかせられていたのでしょうか?」



「そうだね。答えは後者、僕は事前に彼らには何も入れ知恵などしていないよ。


 ……というのも、彼らはそれぞれがとても強い個性を持っているから、それを相手にする『家庭教師』を画一的かくいつてきな基準で測っても仕方ないと考えたんだ」



 ジョエルの返答に、今度はマイラが質問を投げかける。



「……では、侯爵は今回の面接試験について、私どもの合否を分けたのは何だとお考えでしょうか」


「うーん、そうだなぁ。まぁ、言ってしまえば彼らなりの直感やフィーリング――言うなれば『好感度』かな。


 ナナシア君は、ほら、あんな感じだろう? だから子供ウケが良かったんだよきっと」



「……それについて、侯爵様は納得されているのですか? 

 それだけの理由で、あの『農民』がご子息らの『家庭教師』など……」



マイラは苦言をていするが、ジョエルは笑って聞き流した。



「うん。というか、僕はそれこそが大事だとすら思っている。

 なぜなら、彼らは優秀かもしれないが、

 まだ幼い子供を勉強机に向かわせるには、効率こうりつ正論せいろんではなく、この人からなら教わりたいという『好感度アメ』が必要だ。


 ……エルドやジークみたいな子ばかりだったら、また違うかもしれないよ? 

 でもほら、ウチにはリンダとかカミナとかが居るから……」



 それを聞いて、マイラは「ああ」と諦めた表情を浮かべた。


 そんな彼の様子を見て、ジョエルは申し訳無さそうな笑みを浮かべる。



「ハハハ。ああ失礼、確かに君からすれば、今回の面接は分の悪い戦いだっただろうね」


「まったくです」



 と、楽しげに談笑する2人。


 その横で、イルザとレドガンドは難しげな表情を浮かべていた。



「……では今回の面接において、私共わたしどもの望んだ『褒賞』に関しては一切評価に関わっていないという認識でよろしいでしょうか」



 レドガンドが、抑揚のない声でそうたずねた。


 彼の質問を受けたジョエルは、思い出したかのように目を見開く。



「そうか。君たちにとっては、それが何よりも気になることだったね。


 ……結論から言うと、おそらくその通りだ。

『褒賞』のくだりについては、確かに彼らにも聞こえてはいただろうが……まぁ、大方何を言っているかはわからなかっただろう。

 特に君たちからの話――『賢者の遺産』については、まだ彼らには話していないからね」


「……そうでしたか」



 レドガンドは、ほっとしつつも少し残念そうな、複雑な表情を浮かべた。


 それに続けて、今度はイルザが口を開く。



「……では、私達の望む『褒賞』について、ジョエル様ご自身はどうお思いになられたのでしょうか」



 彼女の詰め寄るような質問に、ジョエルは少し難しい顔をしながら答える。



「……ううん、そうだね。君たちの『提案』は、中々に面白いものだったよ。

 なんというか、各々しっかりと自分の『ビジョン』を持っていて、その点については興味深かった。


 ただ、『事業計画』として見たときには、まだまだあらが目立ちすぎているというのが現状かな」



 それを聞いて、イルザとレドガンドはばつの悪そうな表情を浮かべる。


 彼らが何も言えないでいると、ふとジョエルが笑みを漏らした。



「……ふふ。『夢』といえば、ナナシア君の『論文』も夢にあふれた傑作けっさくだったな。

 あ、そうだ、君たちはあの『論文』を読んだかい?」



 三人は、揃って首を横に振って否定した。



「そうか。いやぁ、あの発想力には驚かされたよ。

 もちろん、あれが『論文』かと言われると首を縦には振れないけれど……


 ……でもなんか、『共感』できるし、『応援』したくなるんだよね、あの仮説。

 特に子供を持つ身からすると、余計にさ」



「「「…………?」」」



 ニッコニコの笑顔でそう話すジョエルの様子を見て、3人は頭の上に大きな疑問符を浮かべた。



「ま、次に会う機会があったら読ませてもらうといいだろう。

 その時はあんまり頭を固くしないで、柔軟にね」



 言い終えると、ジョエルはよいしょ、と椅子から立ち上がった。



「……とまぁ、こんな感じでいいかな?

 僕はそろそろ次の仕事に移らなきゃいけないから、ここで失礼するよ。


 君たちも忙しいところをわざわざ出向いてもらって、本当にありがとう」



 ジョエルはそう言うと3人に向かって頭を下げる。


 それを受けて、彼らも慌てて礼を返すのであった。



「じゃ、気をつけて帰ってね。君たちとはまた会う機会も多いだろうから、そのときにはまたよろしく頼むよ」



 そう言って退出しようとするジョエルに、マイラが最後に口を開いた。



「……侯爵。最後に一つお尋ねしたいことがございます」


「……うん?」



 それはこれ以上なく鋭く、簡潔かんけつに、そして威力いりょくを持ってジョエルに向けられる。










「……シュレム=マクスヴァーナとは、









「…………」



 その矛先ほこさきを向けられたジョエルは、余裕のない沈黙ちんもくを強いられたようだった。


 数秒、場の空気が固まる。


 そして、静寂せいじゃくの末に返ってきた答えは、




「………………さぁね」




 それまでの彼とは打って変わった、冷たく突き放すような一言だった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(作者からのコメント)


 今回でついに『第一章』完結となります!


 ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!



『第二章』は、ついにナナシアの『家庭教師』としての生活が始まります。


 引き続き、お楽しみいただけると幸いです。


(気に入っていただけましたら、レビュー、フォローなど応援宜しくお願い致します!!!)

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