第8話 5人の合格者

「……はいはい、そーですか」



 悪態あくたいをつかれ、ナナシアはマイラの後ろ姿にあっかんべー、と舌を出す。

 すると、



「ねぇねぇ、ナナシアちゃん……だっけ。あなた『農民』って本当? なんで家庭教師に応募したの?」



 ふと、金髪の女性がナナシアに声をかけてきた。


 どこかで見覚えが……とナナシアが記憶を探ると、先程『合格者』として呼ばれた一人である。



「あ、はい、『農民』です。

 ナナテコ村から来て……街でお仕事を探してたんですけど、時期が悪くて、どこも見つからなくて」


「……それでこの試験を受けて、そんでもって一次試験突破? 

 ひぇー、世の中には恐ろしい才能もあるモノね。

 この試験、噂じゃ官僚登用試験かんりょうとうようしけん以上に難しいなんて言われてたのに」


「え……え? そ、そうなんですか?」



 ナナシアが聞き返すと、彼女は大口を開いて笑い出す。



「あはは! ホントになんにも知らないんだ!

 ねぇねぇ、あなた普段からどんな勉強してるの? 

 というか今までなんで勉強してたの?」


「あ、その、そうですね……」



 グイグイくる彼女の『押し』に、ナナシアはしどろもどろになる。


 彼女がすっかり困っていると、彼女をかばうようにのそりと大男が現れた。



「……前のめりすぎだ、イルザ。彼女も引いてしまっているだろう」


「えー? なーにレドガンド。

 私はせっかく面白い子見つけたから、仲良くなろうとしてただけなのに。

 言っとくけど、私が先につばつけたんだからね?」


「そんなことはどうでもいい。いきなり押しかけられた彼女の気持ちを考えろ」



 そう言うと、大男は彼女の背中を押し、席に戻るようにうながす。



 彼女はそれに渋々従って、ナナシアに「また後でね!」と手を振り、席に戻っていった。



「……すまないな。あいつは昔からあの調子なんだが、悪気はないはずだ」


「い、いえ! かえってお気遣いありがとうございます」



 大男が頭を下げるのを見て、ナナシアは慌てて頭を下げ返す。


 すると男はほんのわずかに笑みを浮かべ、自己紹介を始めた。



「俺の名前はレドガンド=ディーゼル。

 名前の通り、ディーゼル商会の長男だ。

 だが、とは違い、君とは対等でありたいと思っている。

 気兼ねなく話しかけてくれて構わない」



 ぶっきらぼうな口調だが、しかし内容はとても丁寧ていねいかつ親切。

 それに加えて、最後に付け足した一言で、ナナシアはこの男を『良い人』判定した。



「……ちなみに、彼女はイルザ=キリント。

 キリント商会の一人娘……俺の幼なじみ兼、商売敵しょうばいがたきだ」



 レドガンドの紹介に合わせて、離れた席からイルザが「ハーイ♡」と手を振った。


 ナナシアは、彼女に向かってもお辞儀じぎを返す。



「ディーゼル商会に、キリント商会……

 ……あはは、そんなビッグネームが出てくるなんて、ほんとに自分がここにいることが信じられなくなっちゃいます」


「そうか? あの試験を突破するほどであれば、もう少し自分の実力を把握しているものだと思ったが」


「え、えっと……」


「いや、責めているわけではない。とにかく、よろしく頼む」



 そう言って、レドガンドは手を差し伸べる。



「こちらこそ、よろしくお願いします」



 ナナシアも彼の手を取り、2人は固い握手を交わした。



 ***



 こうして、ナナシアは(形はどうであれ)合格者のうち3人と挨拶あいさつを交わし終えた。


 そして、最後に残るは……



「あ……えっと……」


「…………」



 シュレム=マクスヴァーナ。


 銀色の長い髪を後ろに流した、男性にも劣らない高身長の女性。


 彼女は最前列にて今もじっと席から動かず、ただひたすらに前を向いていた。



「……」



 まるで人形のように背筋を伸ばしたままピクリとも動かない彼女は、その後姿だけでどこか近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。


 そのためか、ナナシアにはあれほどフレンドリーに絡んできたイルザでさえ、彼女には近寄らない。



「……えっと」



 しかし、ナナシアはどうしても気になって、彼女にも声をかけてみることにした。



「……あの、シュレムさん、ですよね? 私、ナナシアと申しま――」



 と、ナナシアは彼女の前に回り込み、そして驚きのあまり目を見開いた。



「…………(スピー)」


「……ね、寝てる⁉」


「「「ええっ⁉」」」



 残りの三人も、思わず声をそろえて驚きを見せる。



「……ん、ふが」



 と、その三重さんじゅうに重なった叫び声で、ようやく彼女は目を覚ました。



「あ、あの、シュレム……さん?」


「……うーん、ううう~~っ! 

 ……って、アレ? な、なんでこんなに人居ないの? ま、まさか試験ってもう終わっちゃった感じ⁉ あたしってば不合格⁉ 

 あーもうちくしょう、また寝過ごしたーッ‼」



「「「「…………」」」」




 ミステリアスな雰囲気から一転、結構騒がしい彼女の本性に、誰もが言葉を失っていた。



「あ、あの……」


「え⁉ ……ああはい、あなたも受験者の人? もしかして一緒に寝過ごした? 

 ……いや、それはないかぁ。こんな凡ミスする人なんて、あたしもあたし以外に見たこと無いし……。

 ってことは、ん? あなたって何者? なんで皆まだ残ってるの?」


「……ウチらはみんな合格者。アンタもその一人よ」



 彼女の疑問に答えたのはイルザだった。


 それを聞いたシュレムは、ほっとしたような笑みを浮かべる。



「あ、そうなの⁉ ああ、よかった……。

 コレで寝過ごしたせいで不合格とか言われたら、私、ショックで寝込んでたかも。

 ええと、それじゃあということで……

 みんなーっ! 晴れて合格、おっめでと~う!」



「「「「…………」」」」



「……あれ? みんなどうしたの? 嬉しくないの?」



 あまりにもフリーダムな彼女の言動に、4人はまた言葉を失った。


 しかし、渦中かちゅうの彼女は、どうやら自分が原因であるとは気づいていないようである。



「……うるさいぞ貴様。それに、まだ合格者が確定した訳ではない。

 筆記ひっきを終え、これからの面接試験を経て、候補者こうほしゃから一人が合格者――『家庭教師』に選ばれるのだ。

 ……まぁ、試験後に熟睡じゅくすいするくらいに消耗しょうもうした、余裕のない貴様が合格する可能性はゼロだと思うがな。クハハハハ!」



 と、またも高らかに笑うマイラ。


 彼の態度に辟易へきえきとしたナナシアがおもんばかるようにシュレムを見ると、しかし彼女はきょとんとした表情を浮かべているのだった。



「……ん? 試験後に熟睡って?」


「は……? どうもなにも、貴様の可能性の無さを説明してやったのだ。

 試験で消耗しょうもうしきった貴様は、現に先程まで眠っていただろうが。

 だから貴様はその程度の能力だと――」



 そこまで聞いて、シュレムは納得したように手を叩く。



「あー、そういうことね。でも、あたしそんな真面目じゃないからさぁ。

 


「「「「……は?」」」」



 彼女の言葉に、一同は激しく耳を疑った。



「あの量を……冗談じょうだんでしょ?」 

 引き笑いを浮かべるイルザ。



「それは、本当なのか……?」 

 戦々恐々せんせんきょうきょう、表情に恐怖の色がじるレドガンド。



「い、いくらなんでも、それは……」

 驚きのあまり、口に手を当てるナナシア。



「……ッ、貴様も俺をおちょくるか……ッ!」

 怒りをにじませるマイラ。



「ん?」



 彼らの視線の先で、シュレムはなおもきょとんと真顔のままであった。

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