第7話 試験終了……。

「……そこまで! 皆様、回答の手をお止めください。

 今から回答を収集し、その後採点いたしますので、しばし同じ席でお待ちいただきますようお願い申し上げます」



 試験官の合図で、全員が一斉にペンを置いた。


 ……が、ナナシアが見渡す限り、その表情に余裕がある者は一人も居ない。


 皆、疲れ切ったり汗ばんだりして、試験会場は死屍累々といった感じであった。



「あ……あ……疲れた……」



 回答が回収される中、ナナシアもご多分に漏れず疲労のあまり机に突っ伏していた。


 その鼻頭には回答途中に跳ねたインクがつき、間抜けな見た目になってしまっている。



「うう……確かに簡単じゃなかった……。も、もう無理……」



 と、彼女がつかの間の休息を取ろうとしていると、どこからかざわざわと声が聞こえてくる。


 その先では、先程の嫌味貴族いやみきぞくが右腕を高らかに上げて宣言していたのだった。




「ぶは……ははは……や、やった……解ききってやったぞッ!」




 その宣言に、場は「おおっ」と一気に盛り上がった。



「すげぇ、あの人あの量を全部解ききったんだってよ!」


「嘘だろ⁉ あの量とあの難易度だぞ、皆解ききれないと思って安心してたのに……」


「ま……まぁ、答えがあっているかどうかという問題もあるが、しかしまず、アレを解き切れる時点で頭ひとつ飛びぬかれたな……」



 周囲の人間も、口々に彼をたたえ始める。


 そんな彼を、ナナシアはバレないように目線だけで見ていたつもりだったが……



「ん? ……クハハ、おい農民女。

 どうだ? 俺はこの問題を見事全問解き切ってやったぞ」


「……うわ」



 しかし男は目ざとくナナシアの視線に気づき、わざわざ彼女の元へとやってくるのだった。



「フン、どうだ。これで俺と貴様とでは『格』が違うことが理解できたか? 

 先程の無礼を働いた不敬ふけい、今ここで伏してびるならば許してやらんことも……ないぞ?」



 もはや誇らしいまでのドヤ顔に、ナナシアにもいよいよ我慢の限界が訪れた。


 普段ならもうちょっと我慢できたかもしれなかったが、試験の疲労が彼女のリミッターを狂わせていた。



「……はぁ? 何そのカッコつけ。

 確かに一周回って違うかもね、私とあなたの『格』ってヤツ」


「……どういう意味だ貴様。この俺を馬鹿にしおって……

 無礼も程々にしておけよ愚民めが!」



 彼は激昂げきこうして、ナナシアの机をダン! と強く叩く。


 その衝撃で机上の羽ペンがコロコロと転がり、彼の革靴に黒いシミを作った。


 それを見た貴族は「チッ」と舌打ちし、その怒りをナナシアに転嫁てんかするようにぶつけた。



「フン。地位に加えて実力も敵わないと悟り、負け惜しみに俺のことを侮辱ぶじょくしたのであろうが……見苦しいぞ女。

 今一度自らの身の程を知り、その上で俺にびろ。

 それすらできないと言うのならば、今度は本気で貴様のことをつぶすぞ」


「はいはい、どーぞご勝手に! 

 ……けれど、あなたは一つ勘違いをしてる。

 自分に酔いしれて周りが見えていないのか知らないけれど、よ」


「……何っ?」



 ナナシアの一言で、会場中のほとんどの受験者が一斉に辺りを見渡した。


 が、その中でも微動だにしなかった受験者が3人。


 必然的に、皆の視線は彼らに集められた。



「……何、だと……⁉」


「ほらね。

 まだ合否もわからないのに、あんまりカッコつけ過ぎると後で恥ずかしいかもよ?」


「……貴様……!」



 ナナシアにそう言われ、貴族は怒りにこぶしを震わせながら、しかし黙って元の席に戻った。


 そんなこんなで騒動そうどうは収まり、他の受験者も大人しく席に着く。


 そうして会場の雰囲気が落ち着いた頃、部屋の扉がギィィと開いた。



「……採点が終了いたしました。これより合格者を発表いたします」



 一枚の紙を手に入ってきたメルウは、開口一番にそう告げた。


 続く彼の言葉を聞き逃しまいと、会場の空気が一気に張り詰める。




 そして――




「試験の結果、合格者は5名!


 15番、マイラ=ロードヴェル様!

 9番、シュレム=マクスヴァーナ様!

 26番、イルザ=キリント様!

 22番、レドガント=ディーゼル様!

 38番、ナナシア=キャリィ様!   


 ……以上でございます。今名前を呼ばれた方々は、係の案内の下で別室にご移動願います。

 それ以外の方々は、道中お気をつけてお帰りください」



 合格者の名前が出揃うと、会場はまた一気に騒がしくなった。



「うわぁ、やっぱり『解き終わった組』が合格だ!」


「彼ら、やっぱり速度だけじゃなくて、回答も合ってたんだ! 一体何したらあんなにできるようになるんだよ……」


「……ってことは、もしかしてあの農民の子も解き終わってたのか?」



 群衆が騒ぎ立てる中、貴族の視線はただナナシアのみに向けられていた。



「……貴様、実力を隠して、いい気になったつもりか」


「いえ、単純に聞かれなかっただけですけど。

 ……ええと、そういえばお互い名前を知りませんでしたね。

 私はナナシア=キャリィです」


「……チッ」



 ナナシアが自己紹介をうながすと、金髪の彼はイヤイヤながらに名乗った。


「……フン、俺の名はマイラだ。マイラ=ロードヴェル。

 貴族家の長男、貴様とは生まれ持った物が違う。

 ――次の試験で、その違いを見せつけてくれる」



 そう言って、彼はフイとナナシアから視線をそらした。

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