第6話 一次試験はお城の中で

「ええと、公募公募、公募はどこで……あっ!」



 ナナシアは、カンナに教わった通りに広場へと走る。


 すると、その中心には即席そくせきの壇と人だかりができており、壇上の男性がしきりに叫んで注目を集めていた。



「聞け! 聞けぇ! 今から領主様より下された、『公募』への立候補を募る!」



 男は領主の家紋かもんが入った鎧を身に着け、手には高級そうな真っ白い紙が握られていた。


 彼は、領主の言葉を民衆みんしゅうに伝える『公示人こうじにん』である。



「なんだなんだ?」


「公募だってよ。また公共事業こうきょうじぎょうでもやるのか?」


「さあな。まぁでも、前回の水路の整備は良かったよなぁ」


「ああ。ウチは洗濯物が多いから本当に助かったよ。今度は何をしてくれるんだろうな?」



「す、すいません、通してください! すみません!」



 口々に推測を口にする市民たちの間をかいくぐり、ナナシアは最前列に向かう。

 彼女がぷはぁ、と顔を出したタイミングで、ちょうど読み上げが始まった。



「ココベルの民よ、聞け! これはエスクード領主、ジョエル=シド=エスクード伯爵様からのお言葉である!」



 公示人が威勢いせいのよい声でそう告げると、ギギィ、と彼の後ろに大きな看板が掲げられた。



「今回の公募は、領主のご子息ご令嬢の『家庭教師』の募集である!

 今回の公募にあたっては、広く門戸もんこを開くために条件が緩和された! 

 皆、奮って立候補せよ!」



(家庭教師、カンナさんが言ってた通りだ……!)


 彼女が教えてくれた情報は、まぎれもなく本物であった。


 ナナシアは心の中で彼女の顔を思い浮かべながら、「ありがとう、ありがとう……!」と何度も呟く。


 そして、ここまで来たら、ナナシアがやることは一つ。



「誰か、立候補するものはいないか! 立候補する者は、挙手してその意を―-」


「……はいっ!」



 群衆ぐんしゅうの中から上がった一つの手に、周囲から「おおっ」とどよめきが起こった。


 すかさず、壇上の兵士がナナシアに声をかける。



「ようし! その者、よく手を上げた! 名を名乗れ!」


「な……ナナシア=キャリィです!」


「ナナシアか! よし分かった! 貴様は一足先に試験会場に行っていろ! 

 おい誰か、彼女を案内せい!」


「はっ!」



 彼がそう命じると、若い兵士が一人ナナシアの元へとやってきた。



「こっちだ、ついてこい」

「は、はい!」



 ナナシアは、彼に連れられるまま広場から移動する。


 その後ろでは、壇上の男がナナシアを例に取り、「他に志願者はおらぬか!」と大声で民衆をあおり続けていた。



 ***



「ここが試験会場だ」


「こ、こここ、ここって……」



 ナナシアが連れてこられたのは、エスクード領の中で最も豪華ごうかで、最も荘厳そうごんな場所。



 すなわち、領主エスクード侯爵の居城きょじょう、『ヘルラント城』であった。



「ここ、ここここんなところに、わわ、私が入ってもいいなんて……」


「おい、立ち入りが許可されて居るのは俺が案内する場所だけだ。

 それ以外は不法侵入として即刻そっこく処罰の対象になるからな」


「……は、はいっ! 気をつけますっ!」



 忠告を受けて、今一度兵士の後ろにぴったりとついて歩くナナシア。


 その距離があまりにも近すぎるので、くっつかれた兵士はとても邪魔そうである。

 


 そのまま歩くこと数分。


 それまでノンストップで先導してきた兵士が、とある部屋の前で立ち止まった。



「この部屋が会場だ。中に入って、この札の番号と同じ席に座れ。

 ……席を間違えたら、その時点で『教養』不足として不合格だから注意しろ」


「は、はいっ!」



 忠告ちゅうこくとともに一枚の札を受け取りながら、ナナシアはそろーりと高級そうな扉を開ける。


 中は普通の部屋を三倍に広げたような広さになっていて、そこにはいくつもの長机ながづくえと椅子が用意されていた。



「うわぁ……」



 見たことのないほどの贅沢な間取りに、ナナシアは思わず感嘆かんたんの声を漏らす。


 すると、3列目にいた金髪の男が、そんな彼女を見て失笑をこぼした。



「クハハ。……おいおい、何だこの田舎臭いガキは? 

 もしやこんなのが『試験』を受けるわけではないだろうな?」


「はい⁉」



 ナナシアは、反射的に彼をにらみつける。


 すると、その男はナナシアのその態度が気に食わなかったらしく、「ああ?」と逆に睨み返してきた。



「何ですかあなた。いきなり悪口なんて、失礼じゃないですか?」


「フン、失礼だと? 

 貴族たる俺が下郎げろうの貴様に話しかけることのどこに礼儀がいる。

 むしろその身分でよく口答えする気になったな。後でたっぷり罰を下してやる」


「き……貴族? なんで貴族がここに……」


「それはこちらのセリフだと言っているだろう。

 なぜ領主殿のご子息ご息女の家庭教師を選ぶ場に、貴様のような平民がいる。

 身分違いもはなはだしい」


「へ、平民じゃありません! 私は農民です!」


「余計悪いではないか! 貴様、考えて物を喋れ!」



 と、2人が喧嘩腰になっていると、周囲からクスクスと笑う声が聞こえてきた。


 笑われていることに気がついて、貴族の青年は顔を赤らめる。



「……フン、まあいい。

 ろくに教育も受けていない平民以下の貴様ごときに、この試験が突破できるはずがないのだからな! 

 クハハハハハハ!」



 そう高笑いを決め込むと、彼は自席につく。


 すると、それとほぼ同時に、数人のメイドとともに長髭ながひげの老人が部屋に入ってきた。



「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。

 私、今回の試験官を努めます、執事長しつじちょうのメルウと申します。

 よろしくお願いいたします」



 彼のうやうやしい一礼に、ナナシアを含めた数人が座りながら頭を下げる。



「さて……続いて、試験の説明に入らせて頂きます。

 これから皆様に受けていただくのは、一次試験として『筆記試験』、そして二次試験としての『面接試験』の2つです。

 『筆記試験』は『教養きょうよう』から3科目……『文芸』『算術』『歴史』の分野から作成されており、問題数はそれぞれ12問ずつ、試験時間は1時間となります。

 筆記用具につきましては、事前に申請しんせいされた方はそれをお使いください。また、本日ご持参じさんで無い方は、机の上に用意しましたものをお使いください」


「机の上の……これかな? わぁ、すっごい……」



 ナナシアは自分の机の上に置かれた羽ペンを見て、つい感嘆の声を上げる。


 それ自体は一般的な羽ペンであったのだが、村では植物のくきを使った安物で勉強していた彼女にとっては高級品に思えたのであった。



「クハハ、庶民しょみんが羽ペン程度で驚いておるわ」



 そんな彼女の様子を目ざとく捕らえ、先程の貴族が嘲笑ちょうしょうしてくる。


 ナナシアがキッと睨み返すと、試験官がゴホン、と咳払いをした。



「試験に関しての説明は以上となりますが、他に何かございましたら何なりとお申し付けください。

 また、不正に関しましては、様々な手段で監視させていただいておりますので、くれぐれも間違いを起こさぬよう、よろしくお願いいたします。

 ……それでは、只今より、問題と解答用紙をお配りいたします」



 そう言って試験官が合図をすると、彼の後ろに控えていたメイドたちが問題を配る。


 ――すると、先に問題が配られた前列の方から、なにやらざわめきが聞こえてきた。



「おいおい、これは……」


「本気かこれ……こんなの聞いてないぞ」



「フン。何を騒いでおるのだ愚民ぐみんどもが。エスクード家の家庭教師になるのだぞ? 生半可な気持ちで合格をいただけるわけが――ってうおおおお⁉」



 先程ナナシアを小馬鹿にした貴族でさえ、驚きの声を隠せない様子。


 そして、ついにナナシアの元にも問題が届いた。



「失礼いたします」


「は、はい……って、何、この『厚さ』……」



 彼女の目の前に、と紙束が置かれた。


 その枚数は推し量れるものではなかったが、高さにして2~3センチメートル弱。


 まるで辞書のようなその厚さに、ナナシアも驚きの声を上げざるを得なかった。



「……さて、全員に問題が行き渡ったようですな」



 会場が驚きの声で埋め尽くされたのもつかの間、間髪かんはつ入れずに試験官が口を開く。



「それでは只今より、試験を開始いたします。回答始め!」


「「「ひ、ひぃぃぃ~っ!」」」



 容赦ようしゃのないその合図で、受験者たちは戦々恐々せんせんきょうきょうと試験に取り掛かるのだった。

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