第5話 お仕事、探してます②

「あ、~。

 ええっと、お客様にお仕事を斡旋あっせんしようとしたんですけど、なぜか水晶から『該当がいとうナシ』って表示が出てしまいまして~」


「ふうん? それはなんとも……いくらなんでも、これまでに『該当ナシ』なんて結果は出たことないんだけれどねぇ。

 あ、アタシはここの店長のテラ=ママーレア。愛称は『ママ』。宜しくね」


「よ、よろしくお願いします」



 ナナシアに笑顔を向けながら、ママーレアはカンナの隣に座り、じっと水晶を見つめる。


 それから、「ふむふむ……」とその中に浮かぶ文字列を読んでから、彼女は顔を上げてナナシアに告げた。



「ああ……ナナシアさんは『農民』なんだね。

 多分『出稼ぎゲスト』のことを聞いてウチに来てくれたんだろうけど、あれって募集できるが決まってるんだよ。

『該当ナシ』ってのは、そもそも今の時期に募集してるところがないからだね」


「……え⁉」



 初耳の情報に、ナナシアは驚きの声を上げる。



「ほら、農民に際限さいげんなく都市に来られたら、身分制度の意味がないだろう? 

 だから『期限』の他に農閑期のうかんきの間だけっていう『期間』が定められてるんだ。

 ……悪かったね。確認しなかった私の責任だ」


「い、いえ、ママさんは何も悪くないですよ。

 ……そっかあ、そうなのかぁ」



 ナナシアは、意気消沈いきしょうちんしてやるせなく肩を落とした。


 そんな彼女を見て、同じく表情をくもらせるママーレアだったが、ふと思いついたように水晶玉を持つカンナに尋ねた。



「そうだ。カンナ、『三大能力』の方はどうだい? 

 その素質があるっていうなら、話は全然違ってくるんだけど……」


「残念ですけど、それはないみたいです~」



 そう言って、カンナは水晶をママーレアに見せた。

 揺蕩たゆたう文字の中、彼女が視線で【三大能力】のらんを探すと……



【三大能力】

『武技』:――

『魔術』:――

『精霊術』:――



「……まぁ、そう上手くは行かないか」



 確かに『空欄』だった『三大能力』の欄を見て、ママーレアはため息をついた。



「はぁ……これからどうしよう……」


「なんだい、もしかして、何か故郷こきょうに帰れない訳でも?」


「そういう訳ではないんですけど……その、私、この街で『夢』を叶えたくて」



 ナナシアは『論文』の入ったリュックを強く抱きしめながら、震えた声で語る。



「子供の頃からの『夢』なんです。それを、どうしても叶えたくて……

 ……今回が最後のチャンスなんです。私の一生を賭けた、最後の機会なんです……」



 そう呟く彼女の姿を見て、ママーレアは眉をひそめ、不憫ふびんそうに腕を組んだ。



「……そうかい。アタシとしてはできれば応援してやりたいとこなんだが、いかんせん『法律』だからねぇ……。

 申し訳ないけど、直接どうこうはしてやれないんだ」


「はい、わかっています。

 下調べが足りなかった、私の責任ですから……」


「…………」



 悔しそうに自分のズボンを握りしめるナナシア。


 ママーレアは、そんな彼女の背中をゆっくりと撫でながら、忠告を口にした。



「……追い詰めるようで悪いけれど、だからって自分を安売りしちゃいけないよ。

 アタシが言うのも何だけれど、世の中『甘い話』なんて存在しないんだ。

 『得る』ことばかりに目が言って、自分が『失ったもの』に気が付かないなんてことは、絶対にしてはいけないよ」


「……はい」



 それは、彼女が故郷こきょうを出る際に母親とした『約束』でもあった。


 ――もしものときには、きちんと『諦める』勇気を持つこと。


 皆が『彼女のため』を思って口にするその言葉は、彼女の心を強く締め付けた。



「…………」


「……ねぇママ、私、この子の力になってあげたい……」



 口を閉ざしてうつむくナナシアを見て、カンナは泣きそうな声でそう嘆願たんがんする。


 だが、ママーレアは首を横に振り、神妙な面持ちを崩さなかった。



「気持ちはわかるけれど、今この子を阻んでいるのは『法律』で、『決まり』で、世の中を形作る『流れ』なんだ。

 誰も悪くないし、何もおかしくない。

 同情するのは勝手だけれど、『流れ』に逆らおうとしているのはこの子の方。

 そこを勘違いしてはいけないよ」


「うう……」



 そう言われ、カンナは反論できずに黙り込む。


 誰もが口を閉ざした瞬間、ドアの向こうから陽気な男性の声が聞こえてきた。



「おーい、ママー! 予約の団体さんがお越しだよー!」


「……おっといけない、そろそろ戻らなくちゃ」



 ママーレアはハッとした表情を浮かべて、慌てて席を立つ。



「というわけで、申し訳ないけれどアタシはここで席を外させてもらうよ。

 今回は時期が悪かったけれど、もし可能なのであれば、来年の農閑期のうかんきにまたおいで。

 そしたら、今度こそナナシアさんの要望に合った仕事を探してやるからさ」



 ママーレアは、ナナシアにそう告げて部屋を後にした。



「…………」

「…………」



 部屋には、向かい合ったまま共に無言の少女が2人。


 カンナはチラチラと視線だけでナナシアの方を見るが、彼女は相変わらず顔を伏せたままである。


 そんな状況で、どうしていいかわからず動けないでいると――



「――うん、決めた!」


「わああっ⁉」



 突然、打って変わって元気に声を張り上げるナナシアに、彼女は驚いて転びそうになった。



「あ、ごめんなさいカンナさん! 驚かせちゃいましたね」


「ほ、ホントですよぅ~。い、いったい何が決まったんですか~?」



 ほっと胸をなでおろしながらカンナが尋ねると、ナナシアは淡く笑って答える。



「私、お金がなくて、今日を含めてあと3日しかこの街にいられないんです。

 でも、考え方を変えれば3ってことで。

 だからこうしてウジウジしているんじゃなくて、できる限りのことをやって、悔いなく帰ろう! ……って思ったんです」


「ナナシアさん……」


「か、帰らなくていいのが理想ですけどね⁉ もちろん‼」



 そう言って、ナナシアは「えへへ」と笑い、カンナの手を取った。



「一緒に悩んでくれてありがとうございました、カンナさん。

 短い間でしたけど、本当にお世話になりました!」



 ナナシアはカンナの手を両手で包み込むようにギュッと握る。


 そして感謝を伝えると、リュックサックを背負って立ち上がり、一礼して部屋を出た。



 ***



「……さーて、時間がないぞっ。頑張るかー!」



 あの後、ママーレアにも挨拶をして店を出たナナシアは、また当て所なく街の中を歩いていた。


 次の目的は、3日以内になんとかして『大学教授』を見つけること。


 若い衛兵の話によると、彼らへの接触にはという話だったが――



「うーん、直接『大学教授』を見つけるんじゃなくて、その周囲から何とか人脈を作れないかな? 

 例えば、衛兵さんが話してた『事務』の人とか……

 ……あ! 『学生』さんと仲良くなれれば、手っ取り早くお近づきになれるかも?」



 我ながらナイスアイデア! とテンションを上げるナナシア。



 ということで、早速『学生』が居そうな場所を探すべく、キョロキョロと周囲を見渡す彼女だったが――



「……待ってください、ナナシアさん!」


「うぇ⁉」



 ナナシアは、自分の名を呼ぶ声にびっくりしながら振り返る。


 すると――そこには、先程別れたはずのカンナが息を切らして立っていた。



「か、カンナさん⁉ ど、どうしたんですか、そんな急いで……」


「こ……これ、これを渡し、たくて」



 差し出された手には、一枚の紙が握られていた。



「今日の昼、広場で『公募』があるんです。

 それは、領主様のご子息らのを探すっていうもので……

 倍率はとんでもなく高いって聞きましたけど、ナナシアさんなら、もしかして、って思って」


「そ、そうなんですか? 

 ……でも、それって『市民』のお仕事ですよね、どっちみち私は対象外なんじゃ……」


 ナナシアの言葉を聞いて、カンナはぶんぶんと首を横にふる。


「そうかもしれません。……でも、そうじゃないかもしれないんです。

 この紙……公募の『要綱ようこう』なんですけど、条件のどこにも『身分』についての言及がないんです。

 条件はたったひとつ、

 この紙が配られたのが『市民』だけだから、書く必要がない、ってことなのかも知れませんが……

 ……でも、チャレンジしてみる価値は、あると、思うんです。はぁ」



 そこまで一息で言い切ると、カンナは息を大きく吸って整えた。



「ナナシアさんは、私と同い年なのに夢のために一人で頑張って……とっても凄くて、だから私、応援したくって。

 私は、何もできないですけど……でも、夢だけは、諦めてほしくなくって」



 そう言って、カンナは『公募通知こうぼつうち』と書かれたその紙をナナシアに手渡した。


 くしゃくしゃになったそれを受け取ると、ナナシアはプルプルと体を震わせ……



「……カンナさんっ!」

「わぁ⁉」



 思わず、ナナシアはカンナに抱きついていた。


 急なボディタッチに驚きの声が上がるが、ナナシアは構わず抱きしめ続ける。



「ありがとう……ありがとう! 私、夢、諦めないから! 頑張ってくるから!」


「……うん。頑張ってくださいねぇ」



 そう言って、カンナもナナシアの腰に腕を回す。 

 

 2人は友情を確かめるように、道の真ん中でしばらく抱きしめあったのだった。

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