第3話 『三英雄』とひとまずの指針

「はぁ……これからどうしよう……」



 持ち込みの拒否というまさかまさかの事態に、ナナシアは全くもって活路を見いだせずにいた。


 


 たった1つの夢が遠のいた今、彼女の足取りはすっかり重たくなっていた。



「うう……『論文』の審査が通ったら『賞金』が出るって話だったから、生活費も3日分しか貰ってきてないのに……。

 このままだと、本当に農家じっかに帰らなくちゃいけなくなる……」



 幼いころから祖父の本を読みあさり、『学問』に興味を持った――いや、『学問』にしか興味を持たずに育ってきた彼女にとって、生家せいかの『農家』として一生を過ごすことは、もはやどんな拷問よりも辛いことであった。


 だが現状、彼女は帰宅コースに片足を突っ込んでいる状況だ。


 このままではもう二度とチャンスは訪れない、なんとかしなければ……という危機感は、彼女の心をじわじわと蝕んでいた。



「はぁ……。ん? もしかしてあれは……」



 そんなこんなで俯いたまま歩き続けていると、ナナシアはいつの間にか自分が『広場』に着いていることに気がついた。


『広場』には、立ったまま談笑だんしょうする婦人たち、追いかけっこなどをして遊ぶ子供たち、楽器を演奏する者など、実に様々な人々が集まっている。


 そして、そんな彼らを見守るようにそびえ立つ、1つの『像』。


 顔を上げたナナシアの視線は、すぐそれに釘付けになった。



「わぁ……すっごい! これって、あの『三英雄さんえいゆう』様の⁉」



 その中心にそびえ立つ立派な彫像。

 その壮大さと緻密ちみつさに、ナナシアは思わず感嘆かんたんの声を上げた。


 エスクード領民……いや、ラグズ王国民なら誰もが知る、『三英雄』の像。


 神から人間に与えられた『三大能力さんだいのうりょく』――『武技ぶぎ』『魔術まじゅつ』『精霊術せいれいじゅつ』を極めし彼らの英雄譚は、300年経った今も絵本や童話、絵画などになって、民衆の間で盛んに語り継がれている。


 広場の彫像も、その1つに違いなかった。



(『挿絵』でなら本で見たことあったけど……やっぱり立体で見ると迫力が違うなぁ。

剣士けんし』様は剣を構える迫力が違うし、『魔道士まどうし』様の魔術も、絵や文字で書いてあったよりももっとかっこよく見える。

精霊術師せいれいじゅつし』様に関しては、なんかもう、神秘的な雰囲気が満ち溢れているっていうか……)



 ちなみに、ナナシアもご多分に漏れず『三英雄』の大ファンである。


 その理由は、彼女が『文字』を習って初めて自分で読破どくはした本が、子供向けの『三英雄』の本であったことの影響が大きい。


 彼女にとって『三英雄』とは、歴史的・国民的な偉人というだけではなく、自分に本の楽しさ、ひいては文字の楽しさを教えてくれたきっかけとして、特別な意味を持っているのであった。



(……うん。『三英雄』様たちだって、辛いこともあったけど、諦めなかったから英雄になったんだよね。

 そうだよ、私だってまだ『夢』が潰えた訳じゃないんだもん)



 幼い頃から、辛いことがある度に読み返してきた『三英雄』の物語。


 彼らの『物語』を思い出し、ナナシアは今一度、心の中にやる気の火をともした。



「私も『三英雄』様を見習って、夢のために頑張るぞーっ!」



 おーっ、と唱えながらガッツポーズ。


 空元気ではあるが、一歩を踏み出す勇気を貰い、ナナシアは顔を上げて歩き出した。



 ***



「そうだなぁ……とりあえず今一番マズイのは、『田舎に帰ること』。

 帰ったら問答無用でお父さんに農家にされるし、二度と『都市』には行かせてもらえないかもしれない……」



 彼女の脳裏にちらつくのは、クワを両手に持って2つの畝を一気に作る、筋骨隆々な父の影。


 ナナシアが『学問大好き!』なのと同じくらい『農業大好き!』な父親は、どうしても娘にも農業をやって欲しいらしく、子供の頃から執拗しつように「野菜はいいぞぉ、農家はいいぞぉ」と暑苦しくすすめてくるのだった。


 彼女の『農業嫌い』は、これがひとつの原因だったりする。



「うう、私は農業より勉強してたいのに。

 肉体労働は嫌だ、肉体労働は嫌だ……」



 ということで、今後の方向性が一つ決まった。


『とにかく中央に居続けること』。


 となると、次に考えなくてはならないのが……やはり、『生活費』についてである。


 

「問題は、生活費をどう稼ぐかだけど……お仕事、かぁ」



 ラグズ王国には、大きく分けて3つの身分が存在する。



 1つ目は、ナナシアたちが属する『農民』。


 2つ目は、都市で工業・商業などを営む人々を指す『市民』。


 そして3つ目は、都市および領地全体を管理する『首長・領主』である。



 この3つの身分は基本的に生まれによって決まり、『社会の中の役割を担う人口を固定すること』を大義名分に、人生の中で変動することはまずない。


 したがって、各々の身分に生まれた人物は、その身分を超えた職業に就くことができないのである。



「まずは、私にもできるお仕事を探さなくちゃ。

 確か、前にお父さんと来たときは……」



 ……だが、ということで、無論いくつかのはある。


 ナナシアはいくつかの店の看板をチラチラと見て歩いた後、意を決したように頷いた。



「……うん。まず、あそこの『集い場ギャザリング』に行って見ようかな」

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