第4話 お仕事、探してます①

 カランカラン――



 ナナシアが木製のドアをギィィ、と押し開けて入った場所は、『集い場ギャザリング』と呼ばれる飲食店であった。


 店内は広いホールのようになっており、その中に6人がけの大きめのテーブルが8つ。


 今は昼間ということもあって、そのうちの2つくらいしか埋まっていなかったが、夜になると仕事を終えた人々が集ってすぐに満席になる、まさに『集い場』なのである。


 だが、今回ナナシアがここにやってきたのは、空腹を満たすためではない。


 集い場のもう一つの役割――『仕事の斡旋あっせん』をしてもらうためである。



「やぁ、いらっしゃい。お食事ならお好きな席へどうぞ!」



 ナナシアが鳴らしたベルの音に、カウンターの奥でジョッキに酒を注ぐ、いかにも女将さんといった感じの女性が反応した。



「あ……すみません、私、『お仕事』を探しに来て」


「ああ、そっちのお客さんかい。ちょっと待ってね……

 おおい、カンナ! 皿の片付けは後にして、このお客さんの対応をお願い!」


「わかりました~」



 女将さんが店の奥に声をかけると、何とも柔らかい声で返事が帰ってきた。


 ナナシアがそのまましばし待っていると、やがて灰色の髪をした柔和にゅうわな笑みを浮かべた女性がやってきた。

 彼女はフリルのついたエプロンを揺らしながら、笑顔でナナシアに話しかける。



「こんにちは~。『お仕事斡旋』の御用のお客様ですね~。こちらへどうぞ~」

「あ、はい!」



 ナナシアは彼女に連れられ、テーブルや椅子を避けながら奥の扉の先へと進む。


 するとそこは、『酒場』の風体ふうていをなしていた先程のフロアとは打って変わって、まるで役所の受付のような清潔感せいけつかんのある空間であった。



「そのソファに座って、ちょっと待っててくださいね~。今、制服を変えて来ますから~」



 女性はそう言うと、扉を開けてもう一つの部屋の中へと消えていった。



(……『出稼ぎゲスト』には昔お父さんと一緒に来たことがあるくらいだけれど、こ、これでいいんだよね……? いや、良かったはず……)



出稼ぎゲスト』とは、都市へと仕事を求めてやってくるたちのこと。


 そして同時に、彼らを迎え入れ、期限付きで『平民』と同じ仕事に就くことを許可するのことである。


 この制度を使って農閑期のうかんきに都市部へ稼ぎに行く農民は多く、実際に、ナナシアも父親と一緒に何度か『出稼ぎ』に来たことがある。


 彼女はこの制度を使って、とりあえずの働き口を探そうと考えていた。


 ナナシアが少し待つと、エプロン姿から飾り気のない制服に変えてきた彼女が奥の部屋から出てきた。



「お待たせしました~。本日担当致します、カンナ=ルルアです。よろしくお願いいたします~」


「な、ナナシア=キャリィです! よろしくお願いします!」



 緩やかにお辞儀をする彼女に、ナナシアは慌てて立ち上がり、勢いよく頭を下げる。


 挨拶も済んだところで、二人がテーブルを挟んでソファに座ると、カンナは別室から持ってきた帳簿を開いてテーブルの上に広げた。



「え~っと、お名前……は伺ったので、ご出身と年齢を教えていただけますかぁ?」


「えっと、メメテコ村出身で、19歳です!」


「年齢はよし、出身地はメメテコ……ああ、東の山間部の村ですねぇ。

 あ、ということは『農民』さんでいらっしゃるのですか~?」


「は、はい」



 緊張ぎみなナナシアの返事に、カンナは笑顔で頷いた。



「ええと、今日はお一人ですかぁ? 過去に『出稼ぎ』のご経験はありますか?」


「はい、今日は一人で来てます。

 経験は……ないですけれど、地元では行商人の方との買付や仕入れの商談とか、そういったことの経験はあります」


「なるほど~。ちなみに、お仕事の期間はどのくらいをご所望ですかねぇ~?」


「期間……そうですね……で、できるだけ長く? ですかね……」


「できるだけ、ですかぁ~。職種は、どんなものがご希望ですかぁ~?」


「えっと……私、肉体労働は苦手で。

 その代わり、『教養』……計算とか読み書きはできるので、それを生かしたお仕事を希望します!」



 ナナシアがそう言うと、カンナはわずかに目を見開いた。



「ええ~、農民の方で、読み書き計算ができるなんて、珍しいですねぇ~。

 うんうん、それなら、良いお仕事が見つかると思いますよぉ~」



 カンナはパタンと帳簿を閉じると、先程持ってきていた道具の中から、台に載せられた『水晶』のようなものを取り出した。



「ではでは~、今からお仕事を探すために~、『鑑定』を受けていただきます~」


「『鑑定』……ですか?」



 聞き慣れない単語に、ナナシアは疑問符を浮かべる。



「はい~。まぁ、言ってみれば『能力検査』みたいなものです~。

 この水晶の中には、この帳簿の内容がすべて入っていて~、使用者の『素質』に合わせて、ぴったりなお仕事を選んでくれるっていう、便利なアイテムなんですよ~」



 そう言いながら、カンナは水晶に手をかざし、何かブツブツと唱え始めた。



「トールクリルク ラミルクラ ミイタケツミトゴ シオイシノ タナイシノタト ゴシオトゴシオ……」


「……今のは、なんと?」


「『水晶』の起動には、こうして呪文を唱えることが必要なんですよ~。驚かせちゃいましたかね~?」


「い、いえ」



 心配そうに尋ねるカンナに、ナナシアはブンブンと首を横に振った。



「なら良かったです~。……あ、ほら、水晶が光り始めましたよね~? 

 今のうちに、お手をかざしてみてください~」

「あ、はい!」



 言われるがままに、ナナシアは水晶に手をかざした。


 すると水晶玉がよりいっそう輝き出し、やがて光は少し眩しいくらいにまで強くなる。



「こ、これでいいんですか……?」


「はい~。このまま少しお待ちいただくと、結果が水晶の中に表示されるんです~」



 ナナシアが手をかざし続けていると、やがて水晶の光は最初と同じくらいにまで戻り、肉眼で直視できるくらいになった。


 それと同時に、その中には『文字』がゆらゆらと揺れているのが見えた。



「あ、本当だ!」


「じゃあ、結果を確認しますね~」



 カンナが水晶を持ち上げ、「ふむふむ」とその内容を読む。

 そして、結果は……



『該当ナシ』



「ええっと~、残念ですが、ちょっと見つからなかったみたいですねぇ~」


「ええ⁉」



 驚きの結果に、ナナシアはつい大声を出してしまう。



「そ、そんな⁉ 私、読み書き計算には自信あります! 難しい本だって読めます!」


「ええ、ナナシア様の『能力』については、水晶にもはっきり出ているんですけど~。

 うーん、あれ~、どうしてなんですかねぇ~?」



 ナナシアが焦って取り乱すのは最もだが、カンナの方も盛んに首をかしげて、何度も水晶の中にただよう文字を読み返していた。


 彼女らがアタフタしていると、不意にギギィ、と扉が開く。



「おや、どうしたんだい? 何かトラブルでもあったのかい」



 部屋に入ってきたのは、先程カウンターの奥にいた『女将さん』だった。

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