第19話 煤けた英雄

「せ、先輩……」



 突然彼らの存在を明かされたナナシアは、困惑の表情を隠せなかった。


 というのも、


(えっ……⁉ 

 と、とりあえず私より偉い人ってことでいいんだよね?)



 ナナシアが住んでいた村落は、良くも悪くも『共同体』。


 その中にはの年功序列さえ存在するものの、その間には『親子』や『兄弟』のような関係が先にあり、他人同士の『先輩後輩』といった人間関係の区分は存在しない。


 つまるところ、彼女は目の前にいる3人にどう接したらいいのかわからないのである。



(同じ『家庭教師』なんだから、フランクに接したほうがいいのかな……?

 い、いや、何かそれは絶対に違う気がする! 特にあの黒ずくめの人に対しては絶対に!)



 ナナシアは、黒マントの彼がそっぽを向いている隙にチラリと観察し、そう結論づける。


 そして分からないなら分からないなりにと、取りあえず今後のことをたずねてみることにした。



「せ、先輩ってことは、私はこの方たちと一緒に授業をすればいいんですか?」



 ナナシアは、戸惑った様子でジョエルにそう尋ねる。


 しかし彼が口を開くより前に、ナナシアの問いに黒マントの男が反応した。



「殺されたいのか?」


「ヒィィっ⁉」



 あまりに直球すぎる物言いに、ナナシアはビクリと全身を震わせる。


 そんな彼らのやり取りを見て、ジョエルは大きなため息をつきながら苦言をていした。



「……あのさぁ、もう少し優しく接してもいいんじゃないかな? リグルス。

 彼女はまだここに来て日も浅いし、何より僕らからすると娘でもおかしくない年齢の女の子なんだよ?」


「だからどうした? このくらいの年齢ならば、既に身の程をわきまえていて当然だろう。

 それが今の態度だ、何を言われても文句は言えまい」



 まるで聞き入れようとしない彼の態度に、ジョエルは諦めたようにもう一度ため息をつく。


 そして視線をナナシアに向け、先程の補足ほそくをするのであった。



「ええとね、ナナシア君。学問には『教養』と『専科せんか』があるんだけど、それは知ってるかな?」


「は、はい! 『教養』は文芸とか算術とかについてですけど、『専科』は『三大能力』に対する実技中心の分野……ですよね?」


「そう。『専科』の学問については、教える側も教えられる側にも『三大能力』の才能が必須となる。

 さらに言えば、『専科』を教えられるレベルの人材となると相当『能力』にひいでたものだけだ。

 つまり、彼の言いたいことは――」



 そうジョエルがまとめようとすると、リグルスが割って入る。



「肩書の文字面もじづらだけを見て、貴様のような『無能』が俺と並ぼうとするなどにも程があるということだ。

 わかったか、『農民』風情が」


「……っ」



 彼の物言いに一瞬ムッとするナナシアだったが、しかしその怒りよりも彼に対する恐怖のほうが勝り、黙り込んでしまう。


 そんな彼女に気遣きづかうような視線を向けながら、ジョエルがなかば強引に話題をすり替えた。



「まぁまぁ。じゃ、そろそろ自己紹介といこうか。

 まずは……どうだいリグルス、君からというのは」



 そう言いながら、ジョエルが黒ずくめの男に視線をやる。


 すると彼は、イラついた表情を浮かべながらもジョエルに言い返してみせた。



「それは俺へのあてつけか? ジョエル。……だが、お前のお陰で手間がはぶけた。

 俺の紹介は今ので十分だろう。そこの無能が聞き逃していなければな」



 それだけ言って、彼は明後日あさっての方向を向く。


 そんな彼に、ジョエルはため息をつきながら困ったような笑みを浮かべた。



「まぁそういうわけで、彼はリグルス=エクストレイル。

 本名はあまり知られていないかもしれないが……『ブルフェルトの炎魔えんま』と言えば、ナナシア君にも覚えがあるんじゃないかな?」


「ブルフェルト……って、もしかして8年前の『東征とうせい』の⁉」


「そうだよ」


「……フン」




『東征』とは、各国が共同して行う『魔物からの領地奪還』を目的とした征伐軍せいばつぐんのひとつ。


 おおよそ10年に一度行われるそれは、成功すれば莫大ばくだいな利益を得る一方、負ければ甚大じんだいな損失をこうむる、『人類の未来』をかけた大博打おおばくちである


 そんな中、8年前に行われた『東征』――『ブルフェルト地方包囲作戦』を人類の勝利に導いた、一人の『魔術師』がいた。


 単騎たんきで魔物の群れに相対しながら、その圧倒的な『炎魔術』をもって全ての敵を焼き尽くす――


 従軍先でその姿を見た兵士たちの噂から、彼は『ブルフェルトの炎魔』と呼ばれるようになった。




「行商人の方が言ってました。

 ……確か、1人で何千もの魔物を倒した、まさにのごとき働きだったって」


「……?」



 ナナシアがその言葉を口にした途端、リグルスが噛みつくように反応する。



「……おい貴様、二度とその言葉で俺を語るな。

 次に俺をそう評したら、その場で貴様の喉を焼く」


「……へ⁉」



 突然の脅迫に、ナナシアは驚きのあまり目を丸くして言葉を失う。


 眼力だけでも小動物を殺してしまいそうな視線が向けられる中、そんな2人の間に1人の男が割り込んだ。



「ちょっとちょっと! ここは穏便にいきましょうよ、リグルスの旦那!

 新入りちゃんも、旦那が嫌だっていうんだから、もうしないよな? な!」



 ソファから立ち上がった彼は、まるではがねのようにきたえられた肉体を2人の間に差し込みながら、仲裁ちゅうさいするように言葉を並べる。


 彼の呼びかけにナナシアがコクコクとうなずくと、リグルスも怒りをおさめて足を組み直すのだった。


 そんな2人の様子を見て、彼はウンウンと嬉しそうに頷く。



「よし、それじゃあ事態が一件落着したところで、次は俺が自己紹介させてもらうぞ!


 俺の名前はアルマ=ヴィルシング!

 一応現役の『S級ハンター』なんだけど、今は訳あってここで『武芸』の家庭教師をさせてもらってる身だ! よろしくな!」



 そう言って、アルマはナナシアに元気よく右手を差し出す。

 ナナシアは自らも右手を出してそれに答えながら、負けじと元気よく挨拶あいさつを返した。



「よろしくお願いします! アルマさん!」


「ようし、いい返事だ!」



 そう言うと、アルマはナナシアの右手をつかんだままブンブンと振る。


 パワフルな振り回しにナナシアは幾度か態勢を崩しそうになったが、何とか気合で踏ん張った。



「あ、あはは……。それで、えっと……」



 そして、最後に残るはあの独特な雰囲気をまとう少女(?)である。



「私は……ヒ=ナ。……よろしく、同胞」


「ひ、ヒナさん! よろしくお願いします!」


「違う。……私は、ヒ=ナ。名字の後に、半音開ける」


「そ、そうでしたか! ヒ、ナさん! ……これでどうでしょうか?」


「……まぁ、きゅうだいてん」



 そう言うと、彼女はやれやれといった風に腕組みをして見せた。



「ところで、ひ、ヒナさんは、おいくつなんですか?

 その……見たところ、あの子達とあまり歳が変わらないように見えますが」



 ナナシアは、自分の胸辺りまでの身長しかない彼女を見ながらそう尋ねる。


 しかし彼女から返ってきた答えは、ナナシアが全く予想もしていないものであった。



「……くわしくは、覚えてない。けど、だいたい100歳……くらい」


「……ひゃ、ひゃく⁉ い、いやぁ、面白い冗談ですね、アハハ……」


「冗談ではないよ。彼女は『霊谷れいこくたみ』と言ってね、出自しゅつじがちょっと特殊なんだ」



 ナナシアが笑って有耶無耶うやむやにしようとしていると、ジョエルからそう説明が入る。



「霊谷の民……そ、そうですか」



 初めて聞いた言葉を、ナナシアは無感情にただ反芻した。


 というのも、ナナシアは彼女に対してあったからなのだが……



「あの――」



 しかしそれを尋ねる前に、ジョエルが話を先に進めてしまった。



「うん。これで全員の顔合わせは済んだから……それじゃあ、いよいよ『仕事』の話に入ろう。

ここからは君にもしっかり同席してもらうよ、リグルス」


「……チッ」



 ジョエルがそう釘を刺すと、流石のリグルスも従わざるを得なかったようで、ふてぶてしい態度ながらもきちんと座り直して前を向く。


 そしてナナシアも着席したところで、ジョエルが早速口火くちびを切った。



「では――これから会議を始めよう」

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【200PV/day感謝!】世間知らずの農民少女、侯爵家のクセ強5姉弟の家庭教師になる ~普通に教えたつもりですが、傑物たちが育ってしまったようです~ 吉崎素人 @layman_2943

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