【200PV/day感謝!】世間知らずの農民少女、侯爵家のクセ強5姉弟の家庭教師になる ~普通に教えたつもりですが、傑物たちが育ってしまったようです~

吉崎素人

第1章 農民少女、家庭教師になる。

第1話 いざ、『中央』へ

 さんさんと、の光が降り注ぐ春先のこと。


 大して舗装ほそうもされていない一本道を、行商人があやつる一台の荷馬車が走っていた。



「ふんふ~ん、ふんふふ~ん♪」



 木箱とともにその上に乗る唯一の乗客――明るい茶色の短髪少女は、荷馬車の振動に合わせて体を揺らしながら楽しそうに鼻歌を歌っていた。


 彼女の名はナナシア=キャリィ。

 頭に巻いたバンダナがチャームポイントの、19歳の少女である。


「ははは。どうしたお嬢ちゃん、『中央』に行くのがそんなに楽しみかい?」



 あまりにも彼女が浮かれている様子なので、行商人のおじさんが振り返ってそうたずねた。


『中央』とはここ『エスクード領』の第一都市『ココベル』のことで、領主の住む城がある城下町であり、都市の中でも最も栄えている場所である。


 街には古今東西の食べ物、衣服、道具などが集まり、領民りょうみんであれば一度は訪れてみたい魅力あふれる場所だ。



「はい! ずっと行きたかったんですが、お父さんがどうしても許してくれなくて……」


「そうかそうか。ま、このご時世に娘一人を旅させるってのは、そりゃ心配するだろうよ。

 ……そう考えると、今回はよくお許しが出たな?」


「はい。出発する前に、お父さんと『約束』をしてきたんです。

 中央に行くのを許す代わりに、私の『夢』が叶わなかったから、今度こそ田舎で農業をやるって」


「うん? 何だ、遊びに行くわけじゃないのか。

 ちなみにだが、その『夢』ってのは一体何なんだい?」


「それはですね……」



 ナナシアは、背負っていたリュックサックを体の前に降ろし、その中から何かを取り出して見せようとする。


 しかし――彼女がその金具を開けようとした瞬間、突然荷馬車が急停止した。



「おっと!」

「きゃっ!」



 揺れた拍子に、リュックサックが大きく跳ねた。


 ナナシアはそれを危うく落としてしまいそうになるが、慌てて抱きしめるようにそれを抑え込んだことで、何とかその事態はまぬがれた。



「おっと、すまないお嬢ちゃん。

 ったく、何だ? こんなとこに立て札なんて……」



 行商人のおじさんは、ぶつくさ文句を言いながら荷馬車を降りると、腕組みしながらその立て札を眺め始める。


 ……が、その表情は次第に苛立いらだちから困惑に変わり、最後には不満げに口をへの字にして荷馬車の上に戻ってくるのであった。



「どうかしたんですか?」


「うん? ああ、あの立て札、どうやら『領主様』からのお触れらしいが、どうにもな。

 俺は文字を読むのがあんまり得意じゃないが、まぁ多分誰かのイタズラだろうよ」



 おじさんはくちびるを尖らせながら、立て札の方を指さす。


 ナナシアも荷馬車から降りて見てみると、その立て札はボロボロの質の悪い木材で作られており、確かにその見た目は『領主』が立てるようなものとは思えない代物だった。


 だがしかし――ナナシアは、看板の下部に書かれた『紋章』を見つけると、おじさんに問いかけた。



「でも……あの家紋は領主様……『エスクード家』のものですよ?」


「それはそうだが、家紋なんて誰でも真似できるし、近頃は何でもねぇデタラメを書いてイタズラをするようなやからも多いと聞く。

 そもそも、領主様からの正式なお触れだったら、こんなきったねぇ板には書かねぇだろう?」



 おじさんはそう言って、さっさと荷馬車を進めようと手綱たづなを握る。



「うーん……普通なら、確かにそうなんですけど」



 だが、ナナシアはなおも立て札から目を離さず、その内容をじっくりと読み込んでいた。


 中々荷馬車に戻らない彼女に、おじさんは不満げに口を開く。



「なぁお嬢ちゃん、悪いが俺はさっさと出発したいんだ。

 こっちにも荷物の納期のうきってものがあってな、あんまりお遊びに付き合っている暇は--」


「――いえ。やっぱりこれ、本物の『お触れ』ですよ」


「……何?」



 ナナシアの返答に、おじさんは驚いたように片眉を上げた。



「嬢ちゃん、どうしてそんなことがわかる? 

 ……もしかして、字が読めるのか?」


「はい。内容は『この先魔物まもの出没報告あり、迂回うかいせよ』。

 ――もし本当に魔物が出現したのであれば、事態は急をようします。

板がどんなにボロボロでも、使わざるを得なかった可能性は考えられる。


 それにこの文字、一見読みづらいですが、これは『筆記体ひっきたい』といって身分の高い人がよくたしなむ筆記法なんです。

 文法も間違いは見当たらないし、イタズラでこれを書くことができるとは思えません」



「……ううん」



 ナナシアの推測を聞いて、おじさんはうなりながら腕を組む。そして、



「……よし、わかった。だが、俺としてはあまり迂回したくはない。

 ひとまずここら一帯を警戒けいかいしてみるが、なんともなかったらこのまま先に進むぜ?」


「わかりました。お願いします」



 ナナシアがそう返事すると、おじさんはうなずいて荷物の中から遠眼鏡とおめがねを取り出し、荷物の上に乗って周囲を見渡し始めた。


 そして、事態の真相がわかったのは数秒後のことだった。



「……おいおいマジか、この先に『黒狼こくろう』の群れがいやがる……!」



黒狼こくろう』とは、選り好んで人間を襲う『魔物』の一種。


 大まかな見た目は普通の狼と変わりないが、その特徴は『漆黒の毛並み』と『血走った眼』。

 群れに出くわしたが最後、護衛を連れていた隊商たいしょうですら全滅させられることもあるくらいに危険な生物なのである。



「いやぁー、本当だ。

 こりゃ嬢ちゃんがいなけりゃヤバかったかもしれん。ありがとな」

「いえ!」



 頭を下げるおじさんに、ナナシアは明るい笑みを返した。



「……しかし、失礼だが嬢ちゃん、メメテコ村の出身だろ? あんな田舎でよく文字なんて学べたな」


「生きている間はおじいちゃんが教えてくれたのと、あとは行商人の方が来るたびにちょっとずつ教えて貰いました。

 おじいちゃんはたくさん本を残してくれたんですが、それを何とかして読みたくて……だから、頑張って覚えました!」


「はあー、すっげぇなあ。大人でも覚えるのに苦労するってのに、大したもんだ」



 おじさんは、ウンウンと感心のうなずきを繰り返す。



「ということは、嬢ちゃんが『中央』に行くってのも、もしかして勉強しに行くのかい?

 平民ならともかく、『農民』が学校に入るのは難しいと聞くが……」


「いえ、違います! うちにはそんなお金はありませんので……『中央』には、お仕事を探しにいくんです」


「はぁ、それもまた難しそうな話に聞こえるな……何かアテはあるのか?」



 おじさんが尋ねると、ナナシアは自信たっぷりに答えた。



「私――コレを発表して、『』になるんです!」



 ナナシアは待ってましたとばかりに、リュックサックから何かを引っ張り出す。

 それは――ひとつひとつが分厚い、三つの『紙束』だった。



「コレは……なんだコレ?」


「私が執筆しっぴつした『論文』です! 村のみんなにも協力してもらって、完成までに4年もかけた自信作なんです!」


「ほ、ほう……『論文』ねぇ。いやぁ、俺にはよくわからん世界だが、まぁ嬢ちゃんのことだ。きっとすげぇモンに違いないんだろうな」


「そうなんです!」



 おじさんに褒められて、ナナシアは今日一番の笑顔を見せた。



「コレは私の中でも――いえ、きっと、この国にとっても『大発見』だと思うんです! ああ、早く発表して、『中央』でもっとたくさん研究したい……」


「おう、そうか。まぁ嬢ちゃんが楽しそうで何よりだな。頑張れよ!」

「はい!」



 おじさんの激励げきれいに、ナナシアは元気よく返事を返す。



「じゃ、『魔物』のせいで少し遠回りをしなくちゃならんし……ちっと飛ばすぜ!」

「はい!」



 おじさんは手綱を引き、たくみに馬を操って進路を変更する。


 少し揺れの増した荷馬車の上、ナナシアは合わせて左右に揺れながら、これから待っているであろう『新しい生活』に思いを馳せるのであった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(作者からのメッセージ)

 初投稿です! 至らないところもありますが、長い目で見守ってくださるとありがたいです。

 ブックマーク、いいね等、頂けたら嬉しいです!

 感想やご指摘もお待ちしています!


(追記)4/8、文体を整えるため若干手直し致しました。

 内容に変化はないので、気にせずお楽しみください!

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