帰らない娘【三人称視点】


【リナリアが帰ってこない。行き先を知らないだろうか】


 そんな手紙がイルゼに届いたのは、魔法魔術学校を卒業して2週間ほど経過した後だった。

 

 リナリアの両親であるブルーム夫妻の元にはリナリアから手紙が届いた。文字はリナリアの書いたもので間違いなく、消印は王都にある郵便局だった。中には卒業式に授与された中級魔術師の証である黒曜石のペンダントが同封されていたらしい。


 手紙には、今まで育ててくれたお礼と、家には帰れないこと、それについての謝罪と、リナリアの友達である動物達のお世話をお願いしますとの言葉が連なっていた。

 事件に巻き込まれたわけじゃなく、自分の意志で失踪するので心配しないでくださいと最後に書かれていたが、心配するなという方が無理である。


 ブルーム夫妻は一人娘の身になにかがあったのだと確信した。

 すぐさま魔法魔術省や魔法庁にも問い合わせをして捜索願を出し、学校にも連絡した。私兵を雇って現在広範囲を捜索をさせているそうだ。

 手がかりは一つでも多い方がいい。そのためリナリアと親しかった友人達に手紙を出したのだそうだが、イルゼも新生活の準備で忙しくしており、実家に届いた手紙が転送されて新居へ届いたのが今になったようである。


 イルゼが最後にリナリアと別れたのは帰りの馬車だった。

 彼女はあの時、用があるからと言って降りていた。

 考えてみれば、様子がおかしかったかもしれないと思いはじめたら不安が抑え切れなくなり、彼女はすぐさま親友のニーナと、クラスメイトであり、リナリアと親しかったルーカスへ伝書鳩を飛ばした。



 いくつかやり取りをした後、彼らは一カ所に集まることにした。場所は孤児院を卒院したニーナが就職先近くに借りたアパートメント近くのカフェである。

 何の変哲もないカフェにはいろんな人が各々の時間を過ごしているが、そこに集まった3人は葬式に参列しているような雰囲気でどよんと沈み込んでいた。


「魔法庁に勤める叔父がリナリアの捜索に参加しているところだけど、まだなにも手がかりは見つかっていないって」

「そっか……」


 ルーカスからの報告に、イルゼはため息を吐き出した。隣の席でティーカップの中身を睨みつけていたニーナは「そういえば…」と声をもらした。


「リナリア……せっかくもらった内定断っちゃって、進路なにも決めてなかった。この後はどうするのか、家の手伝いでもするのかってって聞いたら返事を濁していた」


 ニーナの発言にイルゼはますます表情を曇らせた。


「なにも、話してくれなかったわよね。……なにか思い悩んでいるみたいだったから聞こうとしたけど、やんわり逃げられて」

「リナリアは私達を避けるようになってしまったから、なにか気に障るような悪いことしたのかって聞くけど、彼女は『そんなことない』って困った顔をするだけなの」


 いつになく元気がなく、調子の悪そうな友人が心配で声をかけたけども、相手からはやんわりとした拒絶が返ってきた。

 あまりしつこくすると気分を害すかも知れない。そう思ったら彼女たちもそれ以上強く聞けなかったのだという。それほど、リナリアの雰囲気は違っていたから。


「……そうだ、クライネルト君、あなたたちはどうしたの? 喧嘩したの?」


 ニーナの問い掛けにルーカスは渋い表情を浮かべた。


「そういえばそうね、あの貴族の人との婚約話で仲がこじれたの?」

「あれはドロテアが仕組んだ真っ赤な嘘だよ」


 その話にイルゼが乗ると、ルーカスは食い気味に否定した。


「では何故なの? 長期休暇前からずっとリナリアに避けられてたわよね。あの創立記念パーティの夜までは仲がよかったのに」


 ニーナの鋭い指摘にルーカスはぐむっと飲み込んだ。そして絞り出すような声で言う。


「……僕が彼女をひどく傷つけてしまったんだ」


 なにかあったかと言われればあった。

 しかし、この事を彼女のいない場所で公表するのはどうかと思った彼はその事を言えなかった。ここには居ない彼女の名誉を二重に傷つけてしまう恐れがあったから。


 ルーカスとリナリアの間に起こった出来事など知る由もない女子ふたりは、顔を見合わせると肩を竦めるだけだった。

 友人といえど、男女の痴情のもつれに口出しするのは憚れたのか、余計なことは言わないことにしたらしい。


「私ね、リナリアに一度、ちゃんとクライネルト君と話した方がいいよって言ったんだけど、怖い顔で拒絶されちゃって……怖くてもうなにも言えなかったのよね……」

「余程、あの子の不興を買ったのね、クライネルト君…」


 女の子達の容赦ない言葉にルーカスはぐさぐさと心臓に矢を射抜かれたような罪悪感に苛まれた。ぐうの音も出なかったのだ。



 情報共有のために集まったはいいが、有力なものはなにも得られなかった。引き続き捜索を続けて、なにかわかったら連絡を取り合おうと約束をすると3人はその場で別れた。


 ルーカスはカフェを離れると、歩いて移動していた。ニーナは引っ越してきたばかりでまだこの街についてよくわかっていないのだという。この辺にもしかしたらリナリアが失踪した手がかりがあるかもと一縷の望みをかけたのだ。


「我に従う眷属よ、我の声に応えよ」


 ルーカスが小さく呼びかけると、彼の目の前に白い毛並みの生き物が出現した。


「トリシャ、今日も頼むよ」

『全くもう、仕方ないわね』


 白猫の眷属に命じると、彼女にも捜索に参加してもらう。

 そしてルーカス本人も聞き込みをして回ろうと、近くのお店に立ち寄ろうとして……フッと目の前に出現した白猫にギョッとした。


『ルーカス! 大変よ! さっき会ってた女の子が変な奴に!』

「!」


 トリシャからもたらされた不穏な情報に素早く反応したルーカスは急いで歩いてきた道を引き返した。いざという時は頼りになる相棒トリシャの案内で駆けつけると、ぐったりしたニーナを抱えてどこかへと連れ去ろうとする不審者2名の姿がそこにあった。


「何をしている! 彼女から手を離せ!」


 場所はアパートメントが密集する路地で、日陰になっている場所だ。人が通っていなかったため、気絶しているニーナと不審者2名以外誰もいなかった。


「我に従う雷の元素達よ、不届きものに雷の鉄槌を!」


 ルーカスは素早く攻撃呪文を唱え、ニーナを連れ去ろうとする不審者へお見舞いした。雲ひとつのない晴天だった空に不自然な稲光が走ったかと思えば、綺麗に不審者の脳天にぶち当たった。

 しかし心配することはない。死なない程度の雷撃に調整しているため、ちょっと気絶するだけだ。


「ニーナ!」


 不審者から保護したニーナを抱き抱えていると、同じくトリシャにニーナの危機を知らされたイルゼが血相変えて飛んできた。

 そして彼女は気絶したニーナの額から流れる血を見て息をのむ。


「よくも……この、下衆がぁぁ!!」


 怒りの咆哮をあげたイルゼの拳が火を噴いた。

 既に雷の鉄槌を下されて地面に伸びている不審者達をグーでボカスカ殴りはじめたのだ。気絶している人間に更に追い打ちをかける。まさに情け容赦なしである。


「ちょっ、ヘルマンさん!」

「クライネルト君、止めないで!」

「捕縛術使ってるからもう痛め付けなくていいよ!」


 暴走するイルゼをようやくの思いで止めた後、ルーカスは叔父へ伝書鳩で通報した。

 すぐさま転送術で飛んできてくれたルーカスの叔父であるブレンは不審者たちの血だらけの顔を見て変な顔をしていたが、すぐにお仕事モードに切り替わって犯人に気付け呪文をかけた。

 それは尋問のためである。


「う、うぅ……」

「気づいたか。お前たちは何故、女の子を拉致しようとした」

「お、俺達は仕事のために」

「魔力を持った女を連れて来たら金が貰えるんだ」


 男たちの返答にブレンの眉間のシワがますます深くなる。そして彼は相手の了承を得る前に、いつも装着している眼鏡を外して相手の目を覗こうとして……ギクッとした顔をした。


「……叔父さん?」


 叔父の異変に気づいたルーカスが恐る恐る尋ねると、ブレンは微妙な顔をしていた。


「……こいつら、宣誓術をかけられている」

「それは……禁術じゃないか!」

「口止めの為だな。見た感じものすごく口が軽そうだから信用がなかったんだろう。下っ端も下っ端の切り捨て要因だろうな」


 ここで尋問にかけて知っていることすべてを吐かせてもいいが、そうすればこの不審者は宣誓を破ったことで呪われて死ぬ。

 宣誓術は名前の通り約束を固く結ぶための術だ。不平等な約束をするために使われることもあり禁術扱いになったのだが、影で使用する人間はいるのだ。

 今のように、後ろ暗い犯罪をするような人間等には。


「次から次に……リナリアさんもまだ見つかっていないし」


 ブレンの唸るような言葉にルーカスはぴくりと反応した。

 リナリアが行方不明になった際にブレンにひとつの可能性として言われたことがある。

 平民魔術師女性が行方不明になって数年後に見つかるという連続失踪事件はリナリアが行方不明になったことと関連性があるかもしれないということ。


 今まで行方不明になった女性達もなんの前触れもなく姿を消した。捜索願いを受けて、広範囲を捜し続けても見つからなかった。数年後に発見された時にはボロボロの姿で見つかるのが共通だった。


「綺麗な子だから目立つはずなのに、どこにも目撃情報がないんだ」


 リナリアは入学前から不審な男に目をつけられていたので、卒業したその時期を見て拉致した可能性がある。

 もちろん、その不審な男についてブレンも秘密裏に探っているけど、なにも出てこない。その貴族は慈善活動家で、国中の孤児院を訪れては多額の寄付をしているという。評判は決して悪くない。


 今まで表に出てくることはなかったのに父親と兄を一気に亡くして叙爵して露出するようになったという不審な点はあるものの、悪評は聞かない……


「……そういえば、ハイドフェルト子爵は……この国の魔法魔術学校に在席してなかったな。本人は知見を広めるために大陸外の魔法魔術学校に通っていたと言っていたが……調べた結果、彼は渡航履歴がなかった」

「それは……」

「今、世界の関連学校を調査してるが、回答を貰っていないからなんとも言えないな」


 ブレンの言葉に胸騒ぎがしたのは気のせいか、それとも。

 疑わしきは罰せず。まさに手も足も出ない。必死に捜しても彼女を見つける手がかりにはならず、まるで砂漠の中から砂金を探すような状態だった。


「……くそっ」


 ルーカスは己の拳をぎゅむっと握り締めると、彼らしくもなく悪態をついたのであった。

 

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