曽祖父とひ孫


「祖父がフェリクスに会いたがっているんです。お願いします。リナリアさんとフェリクスを我が家に招く許可をいただけませんか?」


 うちに訪れたルーカスからのお願いをお父さんは最初断ろうとしていたが、そのお祖父さんがあまり先が長くないことを話すと、渋い顔をしていた。


 奥さんを亡くしてすっかり元気をなくしていたクライネルト家のお祖父さんだったが、今回のフェリクスの誕生をとても喜んでくれているらしい。

 生気が蘇ったみたいに活き活きして、会える日を今か今かと待ちわびて、いつ家に来るのかと毎日のように尋ねてくるそうだ。

 その為、一度でいいからお祖父さんに会わせてあげてほしいとお願いされたのだ。


 そう言われたらお父さんも断固拒否はできなかったらしい。


「リナリアとフェリクスに何かあればたたじゃ置かない。いいか、必ず家まで無事に帰すことを約束しろ」

「はい、必ず」


 お父さんから射殺す目で睨まれながら念押しされたルーカスはしっかりと頷いた。


 このことは2人の間で勝手に決められたことで、私は了承も何もしていない。…とはいえ、この子の血縁者でもある人が会いたがっているという理由なら仕方ない。これがフェリクスを寄越せって話になったら話は別だけども。

 最初はクライネルト家から迎えの馬車を出すと言われたが、それはお父さんがきっぱり断った。ブルーム家の馬車に乗ってクライネルト家の前に到着すると、結界に阻まれたのでその近辺で馬車と護衛の人には待っていてもらうことにしてその先は私とフェリクスだけで進んだ。


 外から見たら少し裕福そうな一般庶民のお家に見えるけど、結界の外から幻影術を掛けられているからそう見えるだけ。

 私たちの入場は許可されているようで何にも阻まれる事なく、久々にクライネルト家のお庭にお邪魔した。屋敷の周りに掛けられた目くらましの術が解けて立派なお屋敷に変わる。


「リナリア、フェリクス!」


 私達が結界内に入ってきたのがわかったのか、転送術で外まで飛んできたルーカスにお出迎えされた。彼は嬉しそうに私達を迎えると、家の中に入るように促してきた。

 私は未だに彼と会うと複雑な気持ちになるため、どういう反応をすればいいのかわからずにいた。


 今では私とルーカスの間には大きなすれ違いがあったことはわかっている。

 だけど1年以上の決して短くはない期間の間離れていたのだ。もう昔のように戻れる気がしなかった。



「いらっしゃい、道中何もなかったかい?」

「今か今かと待ち構えていたのよ」

「…こんにちは、お邪魔します」


 お屋敷ではルーカスの両親と使用人の方々にあたたかく出迎えられた。

 だけど私はそれに身構えた。これはフェリクスを歓迎しているだけ。私は歓迎されていないから誤解するなと自分に言い聞かせた。

 もう傷つきたくなかったのだ。


「疲れたでしょう、お茶を出させるわ」

「いえ、お構いなく。あまり長居はいたしませんので」


 本日の用事を済ませようと、お茶を用意するよという夫妻のお誘いを断って、離れにいるというお祖父さんのもとへ案内してもらった。

 屋敷の本館とは分離した作りのそこには色とりどりの花が庭を覆い尽くしていた。おそらく寝たきりのお祖父さんが退屈しないようにとの心遣いなのだろう。よく見たら薬草のようなものも生えている。

 建物自体、外から見ると古そうだったけど、中は改装されて綺麗だった。壁には一面、歴代のご先祖様の家族集合絵が飾られており、玄関ホールでは見たことのない顔が並んでいた。それだけ歴史のある家なのだと思い知らされた。


 先導していたクラウスさんは立ち止まると、ある一室の扉を叩いた。


「父さん? リナリアさんとフェリクスが会いに来てくれたよ。開けてもいいかい?」


 中からすぐに応答があり、中で控えていた使用人さんが代わりに扉を開けてくれた。

 太陽の光が程よく差し込む部屋の中には大きな寝台があり、大きなクッションに背中を預けた身体の小さなお祖父さんがいた。白髪の多い髪は元々黒だったのだろうか。寝間着をまとった身体は風が吹けば倒れてしまいそうなほど細い。

 噂通り、身体の弱い人なんだなと感じた。


「こんな格好で悪いね。はじめまして私はアンゼルム・クライネルトだ」

「こちらこそはじめましてリナリア・ブルームです。この子はフェリクスといいます」


 挨拶されたので、私も挨拶を返す。

 後ろからルーカスに背中を押されたので、お部屋の中にお邪魔する。ルーカスのお祖父さん、アンゼルムさんは私に抱っこされたフェリクスを見ると目を細めていた。


「これは話以上の健康体だな」


 細い腕を伸ばしてフェリクスを求める仕草を取っていたので、私はそっとフェリクスを彼に預けた。

 だけどアンゼルムさんの腕にはフェリクスが重くて支えるのが難しいようだった。…そこまで身体が衰弱しているのかと私は密かに衝撃を受けた。


 それに気づいたルーカスがアンゼルムさんの身体に負担が来ないように支えてあげている。アンゼルムさんはそれに目を細め、静かに腕の中にいるフェリクスを見下ろしていた。

 フェリクスはというと、初めて会った曽祖父の顔をじぃっと見上げていた。私譲りの碧色の瞳には何が映っているのだろうか。


 アンゼルムさんはフェリクスに会えて嬉しそうだった。

 彼の茶色の瞳には涙がかすかに滲んでいる。


「うちは古くから魔力を持つ子供を排出してきた。魔力の強さを望み、貴い血を受け継ごうと旧家出身や貴族の魔力持ちの相手と婚姻を重ねすぎて虚弱な子供ばかり生まれてきた」


 その説明はルーカスやクライネルト夫妻に以前されたことがある。

 アンゼルムさんは近親婚による弊害を多く受けた当事者なのだろう。

 元を辿れば同じ血を持つ者同士。いくら魔力持ちでも血が濃すぎると駄目になるのだと知って、私の代から市井からの血を受け入れるようになったんだ、とアンゼルムさんは一旦言葉を切っていた。


「あなたが生んでくれた子はとても健康そうだ。……私にはわかる。フェリクスはとても強い魔力を抱えている。もしかしたら先祖にまさる魔術師になるかも…」


 そうなの?

 私はわからないけど…確かにぐずるたびに魔力暴走起こすから、弱いわけじゃないとは思うけど。

 人によっては赤ちゃんの頃から無意識に魔力制御できている人もいるそうだけど、フェリクスはその限りじゃない。制御が苦手なのは私似だったらどうしようと今から不安である。


「リナリアさん、いつでもフェリクスと一緒に移ってこられるように準備は整えてある」

「…えっ?」


 アンゼルムさんから言われた言葉に私は戸惑った。

 彼は腕に抱えていたフェリクスをルーカスに抱きかかえるよう促すと、ふらふらと立ち上がった。その際周りが「動かないほうがいい」と止めたが、アンゼルムさんは自力で立ち上がってみせると、ゆっくり杖をついて歩き始めた。

 私はルーカスの腕からフェリクスを受け取ると、アンゼルムさんのあとを追った。


 彼が向かったのは離れの一室だ。

 今は一旦仮置き場にしているという一室には、新品の家具がずらりと並んでいた。子どもや女性用のそれらがたくさん……なんだろうこれ、と私が考えていると、アンゼルムさんは微笑んでいた。


「この屋敷の中で気に入った部屋をあなたとフェリクスのお部屋になさい。私はいつでも歓迎している」


 これらは私とフェリクスのために新たに用意したものだという。

 お祖父さん自ら、病弱な身体を起こして買いに求めたものだと言われてますます困惑する。


「あの」

「お礼には及ばない。老い先短いじじいに生きる楽しみを生み出してくれたあなたには感謝しかないのだ。このくらい安いものだよ」


 アンゼルムさんはなにか誤解している。その誤解を解こうと思って口を開いたけど、彼はやっぱり誤解したままだった。


「そうじゃなくて、私達は」

「リナリア、その話は後で」


 だけどそれを言うのをルーカスに遮られてしまった。

 なぜ止めるのか。誤解させたままだと、後で問題が起きてしまうじゃないかと思って視線で訴えたけど、ルーカスは首を横に振るだけだった。


「大旦那様、お体に障りますから、ベッドにお戻りください」

「せっかちな奴め。大丈夫だ、今日は調子がいいんだ」

「そんなこと言って、買い物したときの疲れがまだ残っているでしょう」


 お世話役の使用人さんに戻るように促されたアンゼルムさんは渋々と言った形で部屋に戻っていった。

 残された私は困惑したまま、そこに突っ立っていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る