相反する姉妹


 私がイルゼに会いに行きたいと両親に言うと、ふたりとも賛成してくれた。イルゼのお祖父さん宛てに先触れのお手紙を出してお返事を頂いた後に、護衛付きの馬車で私は旅立った。


 正直地元には居づらかったのだ。

 大したことないことに治癒魔法を使わせようとする人たちはあの後も出現した。断ると責めるような目で見てくる彼らの態度に私は疲弊していたのだ。正当な報酬を払うのかと聞けば「金を取るのか」と守銭奴扱いされるし、いい加減げんなりしている。


 それに元同級生たちの目も痛い。おそらく注目されている私のことがおもしろくないんだと思う。

 ──私だって、おもしろくない。


 むっすりと外の風景を睨みつけながら馬車の旅を続けること半日程。古都の空気感がある街に到着したのは夕方前だった。

 その街で一番安全な宿を予約して、私は護衛さんに守られながら移動した。



 イルゼは現在お祖父さんの家に下宿している。彼女のお祖父さんは以前まで魔法魔術省で勤めていたそうだが、今は定年退職して隠居しているのだという。

 家族の中でただひとり、魔力に恵まれたイルゼの1番の理解者なんだと話してくれたことがある。基礎魔法や制御方法は幼い頃からお祖父さんに習って来たのだという。


 実家にいるときは不仲なお姉さんとの水面下の戦いに加えて近所の同級生との衝突してたそうだけど、お祖父さんの家に下宿するようになってからは平和に過ごせているらしい。

 ご両親はお祖父さんの迷惑になるから帰ってきなさいとイルゼに言ってるそうだけど、イルゼはとにかくお姉さんと仲がよろしくない。いがみ合うのも、精神が擦り減る。なのでなにかと煙に巻いて親の言葉を流しているそうだ。


 いつも私が元気づけてもらっている気がするくらいに、イルゼは前向きで明るい。弱音らしい弱音は……聞いたことあったかな。

 だけど、私は思うのだ。

 赤の他人に利用されて、悪意を向けられるだけでも気分良くないというのに、それが血を分けた姉妹だったらそれ以上に辛いのではないかと。



 イルゼのお祖父さんが住んでいるアパートメントは少し入り組んだ場所にあるようで、護衛さんが住所の載った紙を店を開いている人に見せて尋ねていた。この辺は一軒家より集合住宅が多い。人口密度が高そうだ。


「そこにいるのってもしかしてリナリア!?」


 元気なその声にビクッと肩を揺らすと、私が返事をする前に横からがばりと抱き着かれた。イルゼの熱い友情ハグである。彼女は腕に野菜や果物の入った紙袋を抱えていた。どうやらお使いに出ていたようだ。


「学校ぶりね! おじいちゃんの家へ案内するわ!」


 半月ぶりに再会したイルゼは変わらず元気そうだった。

 私はそれにホッとしながら、道を聞いていた護衛さんに声を掛けて移動を開始した。

 学校の外で出会う魔術師の大人は魔法省のキューネルさんくらいしか知り合いがいないので、少しドキドキする。イルゼのお祖父さんはどんな人だろう。イルゼのように正義感に熱い人だろうか。会えるのが楽しみだ。



◆◇◆



「──金はない。……働いて自分で稼ぎなさい」


 集合アパートの一階部分の玄関先で、老齢にさしかかる男性が頭が痛そうにしていた。ちなみに言われたのは私とイルゼに対してではない。

 先客に対するお言葉である。


「なんでよ、年金入ってるんでしょ? 魔法何たらってとこの年金は沢山入ってくるって聞いたことあるんだからね。たまには孫に分けてくれてもいいじゃないの」

「そりゃあ少なくない金額をずっと積み立ててきたからな。他でもなく自分の力で。それを受けとるのは当然の権利だ」


 お金の無心をしていたのは若い男女だった。

 孫、イルゼのお祖父さんの孫。それはつまり……


「とにかくお前にやる金はない」

「……イルゼの面倒は見てるのに、あたしにはなんにもしてくれないんだ?」

「イルゼの生活費諸々はお前たちの両親が送金してくれている。私が負担するものは高が知れている。それに、イルゼは遊ぶ金ほしさに無心して来ないからな。あの子は居候に甘んじず、率先して家事をしてくれる」


 紹介されずともわかった。この人がイルゼと不仲なお姉さん。

 ところで隣の男性は誰だろうか。


「ちょっとグロリア! はるばるカツアゲしにきたの!?」


 お姉さんの金の無心を目にしたイルゼが怒りの咆哮をあげた。

 それに反応した女性はげんなり顔で振り返って睨んできた。お姉さんらしき人の顔立ちはイルゼに似ているけど、雰囲気が異なる。

 彼女はイルゼの後ろに私と護衛の男性二人が立っているのに驚いたようで目を丸くしていた。


「また悪い男と付き合ってるんでしょう! お父さんたちが手紙で嘆いていたわ! そんな風に遊び回っていたら、誰にも嫁に貰ってもらえなくなるわよ!」

「よ、余計なお世話よ!」


 イルゼはキツイ言葉を吐き捨てていた。

 結婚適齢期であろうお姉さんには耳の痛い発言だろう。

 だけど未婚女性の貞淑を求められる風潮もあり、遊んでいる女性は結婚対象から外されやすい。

 世の中には結婚願望がなく、一生独身でいる女性もいるが、そういう人たちは揃って手に職を持っている。何もない場合は旦那さんに養ってもらうしかないのだ。結婚願望があるなら尚更、素行には注意した方がいいのだが……


「君、名前何て言うの? 美人だね」


 お姉さんと一緒にいた男はへらへら笑いながら私の髪の毛に触れようとしていた。


「触らないで、私の友達に手を出させないわ!」


 私よりも素早く反応して男の手をたたき落としたイルゼは目を三角に吊り上げていた。

 恋人のいる前で他の女の髪に触ろうとするとか……軽い男である。それによってお姉さんに睨まれたけど、私はなにもしていないし、悪くないと思う。


「なによ、仲間連れて来たって訳?」


 苦虫を噛み潰したような表情で低く唸るお姉さんはイルゼと私を忌ま忌ましそうに睨みつけていた。

 その表情に隠れた感情を私は以前にも見た気がする。


「どいつもこいつもイルゼイルゼって……! 訳のわからない力振り回す化け物のどこがいいのよ!」


 えっ、そんな事言っちゃうの。

 それを言ったらこの場にいるお祖父さんと私もそうなんだけど……


「あんたなんかいなければ、あたしがこんな嫌な思いをすることはなかったのに!」

「グロリアやめんか」


 口が過ぎているとお祖父さんが窘めるが、お姉さんの口は止まらない。


「階段から突き飛ばして落としても、翌朝には怪我が治っているし、廃屋に閉じ込めても、鍵を壊して出てくるし……あんたは昔から不気味な子だった。目の前から消えてほしいのにしぶとくて……」


 なんか過去の犯罪行為をぺらぺら話しはじめたぞ。

 えっ……お姉さん、妹に対してそんなひどいことしていたんだ……私がドン引いていると、斜め前にいるイルゼの肩が震えたように見えた。

 私がちらっと彼女の様子を伺うと、イルゼは手が真っ白になるくらい拳を握りしめていた。


 ──イルゼが学校で私のことを庇ってくれていたのは、自分がされて辛かったから、守ってくれようとしていたんだ。

 私はいつも彼女の優しさに甘えてばかりで、なにも返せずにいた。


 これ以上、イルゼを傷つけたくない。

 私はずんずんと前に足を踏み込むと、お姉さんとイルゼの間に割り込んでお姉さんに顔を近づけた。私の行動に驚いた彼女は口を半開きにさせたまま固まっている。


「あなたのしてることは、手に入らないおもちゃが欲しくて駄々を捏ねている子供と同じよ!」


 私には、お姉さんがイルゼの魔力を妬んでいるように聞こえる。特別な存在である妹を恐れているのかもしれない。

 姉妹だから仲良くしろとは言わない。私は一人っ子だからきょうだいがどんなものかわからないもの。偉そうなことはなにも言えない。

 だけどお姉さんが間違った行動を繰り返し、妹を傷つけているのは間違いない。姉妹だからってなにしてもいい訳じゃないんだ。

 それ以上の攻撃は私が許さない。


 親しくない町の人や幼馴染たちに心無いことを言われるのと、血がつながった家族から酷いことを言われるのは違う。

 イルゼは私以上に傷ついているはず。


「な、なによ……!?」


 私の勢いに圧されていたお姉さんは言葉を失った様子だった。


「ンナァァ……」

「グルルル……」

「な、何のつもりよ、動物なんかけしかけて!」


 いや、違う。

 私の怒りに共鳴した動物たちがいつのまにか周りを囲っていたから怯んだのだ。


「ウーワンワン!」

「ピーチチチ!!」

「フシャァァ!」

「きゃあ! やだ! スカート噛まないで、爪立てないで! ちょっとフン飛ばさないでよ!」


 動物たちに揉みくちゃにされたお姉さんはバタバタと慌ただしく去っていった。恋人らしき男もそれについていく。


 残された私たちは微妙な空気に包まれた。これでよかったのかはわからないけど、あれ以上お姉さんとイルゼを一緒にしていてもいい事はなかっただろうから、これでよかったと思い込む。

 イルゼのお祖父さんに持ってきたお土産を渡して、挨拶している間もイルゼは言葉少なめで元気がなく、明らかに落ち込んでいた。



 翌日には元通りのイルゼに戻った。

 街を案内してくれて、楽しい滞在になったけど、昨日の出来事は頭の隅にいつまでも残りつづけていた。

 今回の帰省では普段とは違うことを色々と考えさせられた気がする。


 魔力に恵まれた私達はそうでない人達にとって脅威の存在なのかもって。

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