暴走した贈り物


 大きなトランクを運びながら、私はこの魔法魔術学校を飛びだそうとしていた。

 この敷地は外部から侵入できないようになっていると入学当初に説明を受けていたが、逆は多分大丈夫だ。もしかしたら結界を張っている術者にばれるかもしれないが、魔法が使えない私が出たところで何の問題にもなるまい。


 この学校は魔力持ちの子どもたちが魔術師になるために学ぶ学校なのだから。


 真っ暗い夜道を歩いていると、どこからか複数の視線を感じた。

 敷地内に植えられた草木が怪しく揺れた気がしてそちらに視線を向けたけど、誰もいない。

 もしかして仲良くしてた鳥たちかなと思ったが、そうじゃなかった。不気味に茂るそこを注視しても彼らの姿らしきものはない。……多分彼らはもう休んでいるだろうし、私はもう彼らの声が聞こえないから、何かを言われても答えてあげられない。


 後ろ髪を引かれる思いで視線を外した私は真っ直ぐ外に向かって歩いた。

 もう少し。もう少しでこの学校から出られる。


 しばらく歩き進むと、学校を守るかのように立ちはだかる大きな門扉が見えた。小走りでそこへ近づくと、門扉を押したり引いたりしてみた。

 ──びくともしない。

 もしかしてこれも魔法がないと開閉できない的な仕組みだったりするのだろうか。


 私は門扉の鉄格子に手をかけて顔をにゅっと埋めた。向こう側を見ようと目を眇めるとその先は真っ暗で……この学校にある土地は途中で崖となっており、その先への道は大きな橋と繋がっているように見えた。

 侵入者防止のために場所は秘密とされる魔法魔術学校。人のいない秘境にあるのだろうとは思っていたけど、自分が考える以上に僻地に位置するみたいである。

 耳を澄ませると何となく水が流れる音が聞こえるが、潮の匂いはしないので、ここは森林近くの川か湖か水辺の近くに……


「……!」


 後ろで空気が震えた。

 至近距離で魔法が発動した気配を感じとった私は後ろを振り返る。


「ブルームさん!」


 目の前の空間が大きく歪んだかと思えばそこにいないはずの人物が出現したので、私は驚いて大きく飛びのく。

 それが逃げようしているように見えたのか、相手から左手首をがしっと捕まれてしまった。


「トリシャが教えてくれた。君が自主退学をしようと女子寮を飛び出したと」


 彼の眷属がどこかで私の行動を目撃していて、それを主人へ報告したのだという。

 突然出現したクライネルト君に図星を突かれ、かっとなった私は彼の手を振り払った。


「だからなんなのよ! あなたには関係ないわ!」

「魔力のある人間が学ぶことは義務だ。退学は学校側が下すことで、学生側が勝手に決めることではない」


 優等生らしくそれらしいことを言われた。

 義務なのは知っている。だけど退学くらい自由に決めさせてほしい。

 基礎魔法を使えない上に、得意なはずの治癒魔法と通心術すら使えなくなった私に何の価値があると言うのか……!


「クラスの男子がまたちょっかいをかけてきたのだろう。あぁいうのは相手にしたり気にしたりすると余計に悪化するから……」

「偉そうに言わないでよ!」


 こんな時でも私にご高説を垂れるのか。私はもう魔法に関わりたくないんだ。もうたくさんなんだ。

 友達でもなんでもない、ただのクラスメイトの優等生。なんでもできるクライネルト君のお説教なんか聞きたくなかった。


「あなたにはわからないわ! 貴族でもおかしくない旧家育ちのお坊ちゃんは昔から周りに魔法が側にあったのだもの。うそつきって仲間外れはされないし、家族に制御方法を教わって来たんでしょ!」


 自分の中に押さえ込んでいた鬱憤をぶちまけるように私は怒鳴った。それにはさすがのクライネルト君も驚いたようで目を丸くして固まっている。

 しかし一度吐き出した不満は止まらない。私はずっと押さえ込んで我慢してきた。悔しくて泣きたくて、孤独な気持ちをずっと抱えてきたんだ。


「魔法の勉強だってそうよ。あなた、先取りして学んで来たんでしょ。私は入学してから一生懸命にやってきた、なのにうまく行かない、みんなにバカにされるの! みんな言ってるわ、私は劣等生だってね! 私は落ちこぼれだって!」


 自分で認めていることだ。私がいると授業が遅れる。周りにも迷惑がかかる。

 いくら頑張っても無駄だった。その結果私は魔法が使えなくなってしまったのだ。


 なにが天賦の才能だ。その才能のせいで私は苦しめられている。魔法は私を窮地に追いやるだけの存在だった。

 いっそ、最初から魔法が使えなければよかったんだ。


「こんな思いするくらいなら魔力になんか目覚めなければよかった!」


 ──ビュォオオッ……

 風のない穏やかな夜だったはずなのに、どこからかつむじ風が発生し、私の髪を巻き上げる。クライネルト君は目に土埃が入ったのか、痛そうに目をギュッと閉じていた。


「しまっ…! ブルームさん、抑えて!」

「イルゼにも失望されたのよ! はじめて出来た人間の友達にも、がっかりさせてしまった! こんなことなら私なんかいないほうがマシじゃないの!」


 抑えて抑えてがんじがらめにしていた感情を爆発させた私は、ここぞとばかりに吐き出した。

 私が言っているのは妬みだ。八つ当たりだ。そんなの最初からわかっている。

 だけど、抑えられない。

 ──体の奥底から湧き出してくるこの力は、私の怒りだろうか。固く閉ざされていた蓋が開けられてどんどん溢れていく。


 つむじ風がちょっとした竜巻を起こした。植えられた植物が風にあおられて大きく揺れる。みしみしバキバキと音を立てて、木から葉っぱが取れ、小枝が折れる。風の勢いが増して、徐々に竜巻の規模が大きくなって行った。


「ブルームさん…イテッ」


 クライネルト君の悲鳴に私がビクッと肩を揺らすと、クライネルト君は頭を抑えていた。

 私を中心として発生した竜巻は私を守るように、そして私に近づこうとするクライネルト君に向けて攻撃をしかけていた。風に巻き込まれた石つぶてや折れた木の枝、砂に葉っぱがビシビシと丸腰の彼にぶつかっている。


 私はそこでやっと気づいた。自分が今、魔力暴走を起こしているのだと。


 そうこうしている間に目の前にいるクライネルト君は新たな傷をこさえていく。早くこれを止めなくてはと思うけど、基礎魔法も使えない私に魔力暴走を抑制する方法なんかわからない。ただただ混乱するだけだ。

 私に近づけば怪我をするとわかっているくせにクライネルト君は近づこうとする。

 傷つく彼を前にして、私は恐ろしくなって首を横に振った。


「来ないで……」


 やめて、私は人を傷つけたいわけじゃない。

 それなのにクライネルト君は構わず前に進み、竜巻の中心にいる私の手を両手で掴んだ。今度は簡単に解けないようにしっかり力を込めて。


「君が動物達に治癒魔法をかけている姿を何度も見た! 通心術を使わずに動物達と話す姿も」


 叱り飛ばされるんじゃと身構えた私だったが、クライネルト君の口から飛び出してきた言葉に一瞬呆けてしまった。

 クライネルト君は綺麗な顔にたくさんの切り傷をつけていたが、痛がる様子はなくその目は真剣そのもの。私の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「誰に学ぶことなく、君は自然と身につけた。それは紛れもなく才能だ。皆は努力しないと得られない能力なのに、君はさも当たり前のように手に入れた。それが物凄いことなのだと理解しているか?」

「そ、そんなこと」


 そんなこと言われても、私は基礎魔法も使えない落ちこぼれで、魔力暴走起こすくらい安定しない技量だから胸を張れるものじゃない……

 しかしクライネルト君は私の異論を許さず、更に言葉を続けた。


「世の中には魔力が欲しくても手に入らない人間がいる」


 彼の言葉に私は変な顔をしてしまった。

 それがなんだと。そんなの当たり前じゃないかと返してやろうかと思ったけど、次に言われた事で反論する気は失せてしまった。


「貴族出身の魔なしの人たちへの扱いを……君も噂で聞いたことがあるだろう。そんな人の前で同じことが言えるか?」


 ──この国では貴族にとって魔法は絶対の存在だ。

 魔なしは貴族に非ず。といった貴族の格言があるくらい、魔力は重要視されている。いくら爵位の高い家に生まれても魔なしというだけで排除される。それだけ貴族位に生まれた魔なしへの差別は激しい。

 そのことを一般庶民達も知っている。ただ、私たちにそれを発言する権利など与えてもらえるわけでなく、今もその差別は貴族社会で蔓延っているのだ。

 

 私は、そうした魔なしの人たちに喧嘩を売るような発言をしてると言うのか?

 いつのまにか冷静さを取り戻した私の魔力暴走は落ち着きを取り戻していた。


「君には才能がある」


 ギュッと握られた手を見下ろした。クライネルト君の真っ白な手は温かかった。

 変なの。私よりも背が低いのに、手が私よりも大きいや。


「うまくいかないのは、個人差があるから仕方がない。ここで周りの声や自分の心に負けちゃダメだ。辛いときは僕がいくらでも弱音を聞いてあげるから、逃げるな」


 また、お説教。

 私は反発してやりたい気分になったけど、クライネルト君の負った傷を見てしまうとぶわっと涙が溢れ出してしまって、文句が言えなくなった。

 私は人に危害を加えてしまった。神からの贈り物で、害意のない人を傷つけてしまった。


「大丈夫、君ならできる」


 握られた手に更に力を込められた。

 私のせいでいっぱい怪我をしたのに、なんでそんなことが言えるの。私はひどいことばかり言ってきたのにどうしてそんな風に応援できるの。

 私はボロボロこぼれる涙をそのままにクライネルト君の瞳を見つめた。



「こらー! そこで何してる!」


 私の魔力暴走が結界に引っ掛かって脱走を察知されたのか、先生達が文字通り飛んできた。

 私とクライネルト君の惨状と、隅に追いやられた私のトランクを見て何となく状況を把握したらしい先生はその場で詳しく話を聞くわけでもなく、私たちをそれぞれの寮に送った。

 とにかく休め、話は明日以降に聞くからと言って。


 女子寮前では、魔法の伝達方法で連絡を受けたらしい女子寮の寮母さんが待ち構えており、寮を抜け出したことを怒られると身を縮めたが、寮母さんはなにも言わずに私を寮母室に備え付いている個室の浴室へ押し込んだ。

 お風呂上がりには温かいココアをいれてくれ、添い寝までしてくれた。寮母さんのその優しさがお母さんを思い出させて、ますますお母さんに会いたくなったけど、今は会えない。


 私は魔術師になると言って故郷を離れたのだから。

 たとえ心折れても、折れたそれを補強して、耐えて行かなきゃ。一人前になるまでここで学んで行かなきゃいけないんだ。

 私の中の魔力は消えてなかった。私は自分の魔力の恐ろしさを知ってしまった。苦手でも制御方法を覚えなくては。

 でないとクライネルト君を傷つけてしまったように、大切な人たちを傷つけてしまう。


 ジンと鼻が痺れて涙が止まらない。泣いて泣いて、私はいつの間にか夢の世界へと旅立っていた。

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