女避けという名の盾  


 パーティ当日、学校の授業が終わってからすぐ準備に取り掛かった。

 到底一人じゃ開始時間までに間に合わなかっただろうけど、そこは心強いお助け人たちが手伝ってくれたので、なんとか間に合いそうだ。

 化粧とヘアセットが完了し、用意された装飾品を一通りすべて身につけると仕上げに雫型のネックレスを首元に飾った。一見、色が合わなさそうに見える群青色の宝石ではあるが小さな宝石なので、浮くということもなかった。


 出張してきたクライネルト家のメイドさんたちにしっかり着付けられ、鏡に映り込む私は見違えるほど別人に見えた。本職の仕事はすごい。なんでこんなに変わるんだろう。


「リナリア様、そろそろお時間が」


 約束の時間に遅れてしまうとメイドさんの一人に促された私は小さな鞄を持って部屋を出た。気付けば女子寮内はしんとしており、他の人はみんなすでに会場に向かってしまった後みたいだ。

 今夜に関してはイルゼとニーナとは一緒に会場入りしない。彼が迎えに来てくれると言うからだ。


 ドレスの裾を踏まないようにして女子寮を出ると、門の外に正装した彼が立って待っていた。小走りで駆け寄りたいところだが、今日はちょっと無理そうだ。最悪ずっこけてドレスが台無しになってしまう。

 気持ち早歩きで彼の元に近づくと、ルーカスは私の全身をさっと視線で確認していた。


「リナリア、似合ってるよ。とても綺麗だ」


 挨拶がわりに掛けられた言葉に私の頬はカッと熱を持った。お化粧されていても赤く染まった頬はバレていそうである。

 そ、そんな、ルーカスだっていつも以上に素敵で、直視すると心臓が破裂してしまいそう。そんな甘い微笑みで見つめないでほしい。勘違いしてしまいそうになるじゃないの。


「あ、あなたも、ものすごく素敵。見違えちゃったわ」


 震えそうな声を抑えながらなんとか返した。するとルーカスは目を細めて微笑んだ。その笑い方が大人っぽく見えて私はドキッとした。

 普段から美麗な彼が本気で着飾ると劇物にもなる。会場で一番目立つのではないだろうか。たくさんの女性の視線を奪ってしまうんじゃないかと今から心配になってしまう。


「君にはこっちの方が似合うと思って、あっちの国の流行に詳しいデザイナーに作ってもらったんだ」


 ルーカスが選んだという明るいピンクのドレスはこの国の貴族の間で流行しているお尻側がふわっと膨らんだバッスルスタイルではない。お隣りのエスメラルダ王国で流行しているプリンセスラインだった。

 私に似合うものを、と選んでくれたのは嬉しいけど……


「いきなりでびっくりしたのよ、こういうことは先に言ってちょうだいよ」


 前触れ無しに手配されたあれこれには本当に驚いたんだ。少しくらい小言を言うのは許されてもいいはずだ。


「言ったら君は遠慮して断るだろう?」

「まぁそうだけど……私、ここまでされても同じくらいお返しできないもの」


 彼にされた厚意をすべてお返しできそうにない。ここまでしてくれるのはありがたいけど、それ以上に申し訳なくなるのだ。


「僕がしたくてしているだけだからお返しなんか気にしなくていいよ」


 見返りなんか求めていないと彼は微笑み、すっと私の前に手を差し出した。その姿はまるで洗練された貴族子息みたいで妙に決まっていて、まるで自分が貴族のお姫様になってしまったように錯覚してしまいそうだ。

 私は恐る恐る手を伸ばして彼の手の平に載せると、ルーカスはその手をもう片方の手でそっと掴んで軽く曲げた腕に載せるように誘導してきた。


 しっかりした作りの服の上からだからだろうか。ルーカスの腕ががっしりたくましくなっているように感じた。入学したての頃は私よりも華奢そうだったのに、男の子の成長ってすごいなぁ。


「行こうか。パーティが始まる」


 彼のエスコートでいつもは通学で通る道を歩きはじめる。

 いつのまにか空が薄暗くなっており、日の光が山の影に隠れてしまった。足元を照らすために火の魔法で火の玉を作り出したルーカスが私を気遣いながら歩調を合わせてくれる。


 状況がそう見せるのだろうか。

 今夜のルーカスからはなんだか危険な色香を感じる。

 私は彼の魅力でくらくらしていた。こんなんで私はパーティを乗り越えられるのだろうか。

 今から心臓が暴れていて耐えられそうにない。



◇◆◇



 創立パーティ会場は特別塔側にある講堂で行われることになっている。今日に限っては普段の進入禁止の決まりごとは破っていいことになっているので、ルーカスも平然とした顔で境界線を跨いでいた。

 今回は会場内のあちこちには使用人が配置されており、彼らがいろいろとお世話してくれるようになっているらしい。重そうな扉の開け閉めも彼らのお仕事である。


 大きく開かれた扉の向こうには別世界が広がっていた。格式高いパーティと言ってもいい。会場内には貴族と平民が入り混じっているが、やっぱり交流とかそういう雰囲気はない。完全に二手に別れて普段親しくしている人とおしゃべりしている様子だった。

 

 ルーカスは涼しい顔で、緊張した様子もなく歩きはじめた。一方の私は場の空気に呑まれ始めていた。なぜなら、会場にいた人たちの視線がざっとこちらに集中したからだ。


 こんな貴族のお姫様みたいなドレス、私が着てもいいのかな。ルーカスとしてはパートナーにはそれらしい格好をしてほしかったのかもしれないけどさ、やっぱり平民がここまで力入れると悪目立ちしちゃうんじゃないかな。以前の交流パーティでも自前のドレスを着たけど、今みたいに本格的な宝飾品を着けていたわけじゃないし……


「どうしたの、リナリア。緊張してる?」

「だ、だって見られてる」


 この視線の行き先はルーカスなのかも知れないけどさ。

 でも、一気に浴びると心臓に悪いよ。


「君がキレイだからだよ」


 ニッコリ微笑んで言われた言葉に私は顔から火が出てきそうだった。さっきも褒められたけども! 何度褒められても慣れそうにない。

 ここがパーティ会場じゃなければ、嬉しさ余って猫か犬に変化して飛び出しているところである。



 遅めに入場した私たちはぎりぎりでの到着だったみたいで、それからすぐに魔法魔術学校の学校長が壇上にお出ましして、長い長い開会の挨拶を始めてしまった。

 内容はパーティの目的について。この学校ができる前からできた後の魔術師の卵たちの歴史についてを聞かされた。──正直、歴史の授業を聞かされている気分になる。


 退屈だなぁと思いながら壇上に立つ学校長を眺めていると、「ねぇあの方……」「噂は本当だったようですわね」と学校長のお話に隠れて聞こえてきた陰口が耳に届いた。

 首を動かさずに視線を巡らせると、おしゃべり主と目が合った。その人たちは特別塔の貴族令嬢らだった。彼女たちの視線は私とルーカスに向けられており、何やらひそひそと話し込んでいる。……その中にドロテアさんの姿がないことを確認した私はふと思った。


 ルーカスって貴族のご令嬢から婿候補として人気があるのだ。狙っているのはドロテアさんだけじゃないんだった。

 つまり今夜のパーティは、普段接触のない特別塔のご令嬢たちが彼と接点を持てるまたとない機会。私は彼女らにとってお邪魔虫に違いない。

 一方のルーカスは貴族女性との縁組みは望んでいない。理由は言わずもがな血の濃さ問題である。


 本人にその気がなくても女性側から寄って来るのは想定内。

 そこでちょうどいいのが私。


 まさかルーカス…私を女避け、もとい盾にするつもりで私をパートナーにしたのでは……?

 私が新たな疑惑を抱いてルーカスの横顔を見上げると、視線に気づいたルーカスがこちらを見た。そして目を細めて笑われた。


 その笑顔が優しくて、特別かっこよくて……私はうっとり彼に見惚れていた。

 ……ん。いいや、女避けでも盾でも。

 ルーカスのパートナーとして堂々と横に立てるんだからそんなのどうだっていいや。

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