わたくしの結婚【ドロテア視点】


 追い出されるようにわたくしはグラナーダへ嫁がされた。

 そこで初めて夫となる男性と顔合わせをして、貴族としては質素な式を執り行う。──夢を見ていた幸せな結婚の形はそこには存在せず、淡々と形式的に終わった。

 わたくしの家族は誰もいない。祝福されるはずの結婚式は惨めなものだった。


 わたくしの夫になった人は10も年上の人だ。……なのだけどわたくしよりも背が低くて子どもみたいな体型をしていた。

 キアロモンテ家も歴史の長い家柄なのだけど、体の弱い一族なのだという。先天的な障害があるという夫は性的不能者だった。


 だけどわたくしにはキアロモンテ伯爵家の血を継ぐ子を生んでもらわなきゃ困るという。

 そのため、わたくしは彼の弟に抱かれなくてはいけなかった。子どもを生むためだけに。


 彼の弟は腹違いの弟。市井出身の母親の汚れた血を受け継ぐ男で、わたくしの3つ年上だった。顔立ちは夫に全く似ておらず、貴族の血が通っているとは思えないくらい粗暴な男だった。


 初夜の寝室にやってきた夫の口からされたその説明にわたくしは驚愕して逃げようとしたけれど、弟である男に拘束され、乱暴に寝台へと転がされた。

 夫は「自分がいたらやりにくいだろうから」と、わたくしたちを部屋に残して使用人とともに出ていってしまった。


 本来であれば高貴な生まれのわたくしがこのような目に遭うのは許されないことなのに。


「いやっ離して! わたくしに触らないで!」

「無駄だぜ、お姫様。あんたは厄介払いされたんだからな。誰もあんたを助けちゃくれない」


 わたくしは助けを求めて叫んだ。だけど男の言う通り、この屋敷にはわたくしの味方はいない。たった1人でここへ嫁がされたのだもの。わたくしは家族に捨てられたのだ。

 暴れて抵抗するにも、それは体力を無駄に削るだけだった。


「きゃあ!」


 ネグリジェの裾を持ち上げられた後に下着を乱暴に脱がされる。夫の弟はわたくしが悲鳴を上げるのもお構いなしに触れてきた。


「やめて、わたくしに触れないで!」

「おら、足を閉じるんじゃねぇよ。多少痛くても我慢しろよ」


 わたくしはすすり泣いた。

 目の前の男がルークであると思い込もうとしたけれど、ルークは絶対こんな乱暴な口の聞き方をしないし、こんな乱暴な触れ方をしない。全然違う男をどうやってルークだと思いこめばいいのかと余計に虚しくなった。


 わたくしはルークの妻になるはずだったのに。

 こんな乱暴に扱われるなんてあってはならないことなのに。


 ──あぁイヤダイヤダ。


「ルーク…助けてルーク!」


 助けを求めて彼の名を叫んだけれど、彼はここにはいない。

 彼はもうわたくしを助けてはくれない。


 こんなはずじゃなかった。

 わたくしはただ、ルークとの幸せな結婚生活を夢見ていただけなのに。

 ぼろりと涙が溢れた。


 ルークなら、どんな風に抱いてくれただろう。

 きっと大切に大切に抱いてくれたはずなのに。


 この男はわたくしのことを全く気遣ってはいない。

 子を作るためだけの事務的な行為。

 愛も尊敬もなにもない交わり。


 ──あぁ、体の隅々まで穢されてしまった。





 もう抵抗する気力もなく、ただ天井を見上げて静かに泣いていた。


「好きな男を思い浮かべながら、別の男に抱かれる気分はどうだよお姫様」


 嫌味ったらしく、呼びかけてくる男は明らかにわたくしを見下している。ぎろりと睨みつけると、相手はにたにたと嫌な笑いを浮かべていた。

 

 ──ようやく解放されたときには窓の外では夜明けが始まっていた。


 

 わたくしはシュバルツ王国の格式高いフロイデンタール侯爵家の娘として生まれた。将来を約束されており、素晴らしい男性と縁を結ぶはずだった。

 昔から、大好きなルークの花嫁になるのだと信じてきたのに。

 別の男性に嫁いだとしても、わたくしが貴い血を継ぐ貴族であることは変わりないのに。


 特段の理由がない場合、わたくしはこれから毎晩のようにこの男に抱かれることになる。

 それも妊娠するまで。おそらく1人だけじゃ駄目だ。2人は男児を産むように命じられるかもしれない。下手したら政略結婚の道具のために女児も産めと言われる可能性もある。


 でももう逃げられない。

 わたくしには鎖を嵌められてしまったのだ。


 全てに見放されてしまい……まるで、娼婦になってしまったような気分だわ。

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