私達の結婚
「何かあればいつでも駆け込んでいらっしゃい」
「大巫女猊下、何も起きませんから」
結婚の報告のために大神殿へ赴くと大巫女様が心配そうに私に言った。
それに対してルーカスが否定していたけど、大巫女様は「いつでも受け入れますからね」と私に念押ししてきた。
お気持ちだけいただこう。結婚してまで逃げるような状況にならないことを願ってください。
結婚の書類にお互いの名前を記入すると、それを手にとった大巫女様が供物の沢山並べられている祭壇へ向かった。
「我らの母フローラ様、この度夫婦となるルーカス・フロレンツ・クライネルトとリナリア・ブルームの永久の愛と幸せをどうぞお見守りくださいませ」
大巫女様が祝詞を読み上げ、女神へと報告を行う。彼らが結婚するので認めてくださいとお願いするのだ。
息を潜めてドキドキしていると、膝をついて頭を下げている私達の頭の上に手のひらをそっと乗せられた。
「女神フローラの元、2人の結婚を認めます」
大巫女様に結婚を認められ、私たちは夫婦となった。
何事もなく儀式が終わったことに私はホッとする。
顔をあげようとすると、横から手が伸びてきた。
「リナリア」
一緒に膝をついていたルーカスは私と同じ目線で微笑んでいた。大きな手で私の両頬を包み込み、私の唇を奪った。
軽い口づけをして唇を離したルーカスは甘く微笑んでいた。そんな彼を直視した私は心臓がバクッと跳ねてぴしりと固まっていた。
なんて顔をするの。心臓に悪い。
「君を大切にするよ……愛している」
愛を囁いたその唇は再び私の唇に吸い付く。
目の前に大巫女様がいるのに…! と焦ったけども、ルーカスはお構いなしだ。キスをしたあとはむぎゅうと抱きしめられた。
帰り際は恥ずかしくて大巫女様のお顔が見れなかった。
◆◇◆
お披露目の意味も兼ねて行われた結婚式は急な式だったので、招待したとしても客側の都合が付かないだろうと思っていたが、立派な結婚式会場には大勢の招待客が押し寄せていた。
ドレスアップした私とルーカスは 色んな人に沢山のお祝いを頂いた。
「おめでとう」
「なんて美しい花嫁さんと花婿さんなんでしょう」
「お幸せにね」
会場に飾られた花はもともと用意していたものとは別のものもあった。それらはすべて贈られた花だ。
全く知らない人からのお祝いの贈り物も含まれていて、それにゴシップ新聞の影響の大きさを感じた。
式に参列したのは私とルーカスの親族友人だけでない。明らかに招待されていない風な記者の姿があったけど関わりたくないのでなるべく無視した。
ルーカスの腕につかまって歩いていると空から花びらが降ってきた。
ひらひらと色とりどりの花びらが白いドレスに落ちてきて彩りをもたせる。
「リナリア、綺麗だよ」
夢みたい。
結婚することはもちろん、式を挙げることは諦めていたはずなのに、今私は愛する人と結婚式を挙げているのだ。
豪華なウェディングドレスを身に着けた私の隣に彼がいる。私は彼の奥さんになるのだ。
幸せで、この幸せが幻想なんじゃないかって不安になってしまう。
涙が出てきた私の頬をルーカスが撫でる。私の涙を指ですくい、泣かないでと小さくささやくと頬にキスを落としてくれた。
幸せすぎて怖い。
これが私の願望が見せた夢なんじゃないかと今でも疑ってしまう。
私が不安に思っているとは知らない彼は、私が感動して泣いていると思っているだろう。
「さぁ、お客さんに挨拶しに行こう。向こう側にヘルマンさんとプロッツェさんもいるよ」
今日は主役であり、主催だから、お客様をおもてなししようと促され、私はぐっと泣くのをこらえた。
「ふたりとも結婚おめでとう!」
「お招きありがとう。この度はおめでとうございます」
「イルゼ、ニーナ!」
イルゼとニーナと再会できた私は、感極まって彼女たちに抱きついた。
あれ以来バタバタして会えなかったので、直接会えたことが嬉しかった。大切な彼女たちから祝福されたのが何より嬉しい。
最後に会ったのはあの悪夢のような状況下だったから、妙に新鮮な気分になる。
「傷も良くなって、元気そうでよかったわ」
「とてもきれいよ、リナリア」
「ありがとう、ふたりとも」
……そういえば、私を救出するために大分無茶したイルゼは右手の全ての指を粉砕骨折していたらしい。
しかし骨接ぎ薬と治癒魔法で治ったので今はなんともなさそうだ。
私を救出するために屋敷に飛び込んできた彼女たち。下手したら自分たちも被害に遭う恐れもあるのに、危険を顧みず助けに来てくれた親友たち。彼女たちには一生頭が上がらないであろう。
──そういえば私は事件の後、しばらく悪夢に魘される時期があった。
私があの男に襲われ、悲鳴を上げて助けを求めていると、壁を素手で破壊したイルゼが私を救出してくれるという内容だ。
イルゼがまた港の男顔負けのムキムキ筋肉姿になって、ハイドフェルトをボコボコにして退治してくれるのだ。
その事をお医者さんに話すと「事件の影響で記憶が混濁して、ありもしない記憶が蘇る事もある」と言われた。
スッキリしなくてそれをルーカスにも話すと、ルーカスはにっこり笑って否定も肯定もしなかった。
つまりあれが現実だったということだろうか。
あの時、イルゼだけでなくルーカスやニーナ、動物の友達が助けに来てくれたことは覚えているのに、イルゼのそれが脳裏に焼き付いてどれが本当の記憶かが判断つかなくなっているんだよね。
まぁ、あの男がボコボコにされていくのは爽快だったので、ただの悪い夢で終わらなくてよかった。
「ほら、フェリクス。お父さんとお母さんがいるよ。綺麗ね」
「かぁしゃーん」
舌足らずに私を呼んだフェリクスの声に私は自然と笑顔になっていた。その隣で「え、フェリクス、お父さんは?」とルーカスが突っ込んでいたけど、それはそうとして。
招待客の挨拶が終わるまで控えていてくれたのだろう。おめかししたフェリクスを抱っこしているのは、乳母継続が決定したウルスラさんだ。
いつもは落ち着いた目立たない格好をするウルスラさんは今日は珍しく明るいドレスを身にまとっていた。髪や化粧も普段より盛っており、とても魅力的な女性に変身したものだから周りの同世代の男性からチラチラと視線を送られていた。
彼女の腕にフェリクスがいるので既婚者だと勘違いされて勝手に諦められているようだけど。男性恐怖症の彼女にはそのほうが助かることであろう。
ウルスラさんは専門家の献身的な治療のおかげで治療の甲斐もあり、退院することが出来た。
今までずっと魔力抑制状態だったため、魔術師としての職には就けなかったが、解消したことで魔術師として就職するのかなと思ったのだけど、彼女が望んだのはフェリクスの乳母として働くことだった。
私としては、そのうち職場復帰するし、クライネルト家の一員となったことで身の回りが忙しくなる気もしていたので、ウルスラさんがフェリクスを見ていてくれるのはとてもありがたい。
でも魔術師として職に就いたほうがよほど稼げる。彼女にもそう言ってみたけど、ウルスラさんは「これでいいの」と微笑んでいた。
◆◇◆
私達はこうして名実ともに夫婦となった。
「フェリクスをお願いね」
「任せて」
結婚式に合わせるようにクライネルト家へ引っ越してきた私は、住み込み乳母としてこれからもお世話になるウルスラさんへフェリクスを託した。
式が終わるまではお預けとなっていたが、今日は改めての初夜に当たる。
あの晩のやり直しの夜でもある。お風呂でしっかり身体を磨いて彼が寝室に来るのをドキドキ待っていたのだけど……
待っても一向に来ないので、彼の私室まで足を運んだ。扉を叩くと、もう寝る準備を整えたルーカスが出てきた。
「…リナリア」
「ルーカス、あの」
妻側から夫のお部屋に伺うのはどうなんだろう。誘っているみたいではしたなく映るだろうか。
私はどう切り出そうともじもじしていた。できれば察してくれると嬉しい。
「…おやすみの挨拶に来てくれたの?」
……?
彼の言葉に私は疑問を抱いた。
おやすみ? えっ?
いや、今日私達結婚式挙げたよね? 新婚だよ私達。夫婦になったんだよ。初めての夜なんだよ。みなまで言わなくてもわかるでしょう?
困惑を隠さずに顔を上げると、ルーカスと目が合った。しかしそれは一瞬だけで、彼はすっと私から目を逸らすと、「体を冷やすから君も早く休むといい」と言って私を寝室側に押し出した。
クライネルト家の広い廊下をドキドキしながら歩いて、夫婦の寝室として準備された部屋の扉を開けると、ルーカスは私を入れてその先へは入ってこなかった。
彼は私の前髪を掬うとおでこに軽くキスする。そして小さく掠れた声で言った。
「おやすみ、リナリア。いい夢を」
そしてぱたん…と閉じられた扉。
私は夫婦の寝室にひとり取り残された。
……え、なんで?
なんでルーカスは入ってこないの?
私はてっきりこれから夫婦の時間を過ごすのだろ心待ちに…いや、覚悟していたのになんで…? ひとりで寝ろってこと?
式後で疲れているだろうと気遣われているの?
どういうことなの、ルーカス。
意味がわからなくてしばらく私はその場に呆然と突っ立っていた。
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