離れないでとあなたが言うから


「早く医務室に行こう」


 ルーカスが私を抱き起こそうとしたので、自分で歩けると断って自分の足で立とうとした。

 だけど目の前がチカチカして、体が思うように動かなかった。体が重い。頭がぐるぐるして気分が悪い。力を失った私は地面に逆戻りしてしまった。


「これだけの血を流しているんです。貧血になっていてもおかしくありません。おそらく魔力枯渇も起こしています」


 見かねたエーゲル先生が浮遊術をかけて私をそのまま医務室まで運んでくれた。

 ……なんかすっかり医務室の常連だな、私。



「ブルームさん、あなたはどうしてこんなにもお転婆なのかしら?」


 私を出迎えた医務室のキルヒナー先生には小言を言われた。もうすっかり顔と名前を覚えられてしまっているぞ。


 私だってできることなら怪我したくないよ。わざと怪我をしている訳じゃないんだからそんな呆れなくても。

 あと、私も好きでお転婆になったんじゃないよ。害意に抗っていたらこうなっているだけ。いいじゃない、私は貴族のお姫様じゃないんだからお澄ましする必要ないんだからさ。


「だけど、魔法を操るのが上手になった気がします」


 それになにも収穫がなかった訳じゃない。

 私の自信に変わった。これはいい変化だと思うんだ。


「反省しなさい。上級生に挑むなんて無茶よ」


 だけど先生には小娘がなにか馬鹿なことを言っているように聞こえたのだろう。一蹴されてしまった。


「あの子達は危険因子として目をつけられるでしょうね」


 立ち会っていたエーゲル先生の呟きに私はぐりっと首を動かした。


「仕方ありませんよ、禁忌とされる黒呪術に手を出したんです。いつ人へ害をもたらすかわからない」


 先生にはあの上級生達が今後どういう処置を取られるのか、すでに想定できているようだ。

 ルーカスにもわかるのかな?

 私は側にいたルーカスの顔を見て首を傾げると、彼は苦い表情を浮かべていた。


「じゃあブルームさんは3日くらい様子見もかねて入院ね」

「えっ!?」


 流れるように入院決定を下されたが、私はそこに待ったをかける。


「もう元気です!」

「なにを言っているの。重度の貧血、魔力枯渇寸前でしょ。諦めなさい」


 しかしキルヒナー先生は私を指差しながら凄んできた。

 こわい。もしかしてだけど、怒ってる?


「君が単身で乗り込んで無茶したのが原因だろ。おとなしく入院を受け入れて、自分のしでかしたことを反省するんだ」

「私のしたことそんなに重罪かな?」


 ルーカスまで先生の味方をする。なんか今日はやけに辛辣だね。私がしたことは善行だと思うのだけど、なにが彼らの怒りに触れたのだろうか。

 私はそのまま医務室のベッドに安静にさせられ、憮然とした気持ちのまま天井を睨みつけていた。先生方は諸々の仕事を片付けるために揃って席を外す。私には「くれぐれも安静に」と厳命して。


「……どうして僕を避けていたの」


 お目付け役として、備え付けの椅子に座って付き添っていたルーカスが口を開いた。彼の沈んだような声に私は枕に載せた頭を動かす。


「ドロテアのことを気にしているの? 何かされたなら僕に言って欲しい」


 うーん、実際にそれも恐れているけど……今は良くてもそのうちなんらかの形で嫌がらせされるかもなぁって身構えているだけ。

 私はドロテアさんのことよく知らないけど、貴族の人たちはみんな平民を軽視しているでしょ。ゴミを片付けるかのように排除する可能性だってあるから、なるべく目を付けられたくないんだ。


「だって私があなたのそばにいたら色々と誤解を招くでしょ? あなたの縁談とかにも影響があると思って、私は気を遣っていたのに」


 それに距離を作ったのはドロテアさんのことだけじゃない。ルーカスが私の面倒ばかり見ていたら、彼の将来に影響が現れると思ったから。


「君はそんなこと心配しなくていい。……そんな理由で離れられる方がよっぽど辛い」


 いつになく悲しそうな顔をしているものだから、私は黙り込む。

 憂いの表情も美少年だなと見惚れているわけではない。普段とは異なる雰囲気を感じ取ったのだ。


「僕から離れていかないで」


 懇願するように言われた言葉は哀しそうであり、その中には不思議な甘さが含まれていた。そこで『意外とルーカスは寂しがり屋さんなんだね』と茶化す発言は出てこなかった。

 ドッドッと心臓がおかしな動きをする。胸が騒いで落ち着かない。ルーカスが醸し出すおかしな空気に感化されて私もおかしくなってしまったようだ。


「リナリア、聞いてるの?」


 黙り込んだ私を不審に思った彼に問い掛けられ、私はこくこくと頷く。


「僕が君と一緒にいたいから側にいるんだ。そこにドロテアやその他の外部の声は関係ない」


 ベッドに投げ出していた手を掴まれてなにやら言い募られたが、まるで口説かれているような気持ちにさせられる。ルーカスにそんな意図はないってのはわかっているんだけどさ。


「わ、わかった。もう訳もなく避けません」

「離れるのも無しだよ」

「離れません」


 どんな会話だ。恥ずかしくて顔が熱くなって来たじゃないか。


「えぇと、ルーカス。私だからいいけど、そういうこと他の女の子にホイホイ言わないほうがいいよ?」


 人によっては即お付き合いコースだと勘違いすると思うから。私はそんな誤解しないけどね?

 友人として親切心で忠告すると、ルーカスは心外と言わんばかりに顔をしかめていた。


「もちろんだ。君じゃないんだからそんな不用意な真似しないよ」

「どういう意味なのそれ」


 人がせっかく心配してあげているのに、やっぱり今日の彼は辛辣である。



◇◆◇



「リナリア、心配したのよ! 最近泥だらけになって帰ってきたのは黒呪術を使う輩をひとりで探していたのね? 水臭いわ、どうして私に話してくれなかったの!」


 全快の太鼓判を押されて退院許可をいただいたので、帰寮すると出迎えたイルゼに力強いハグを頂いた。

 苦しいとイルゼの腕をタップしていると、後ろからニーナが歩み寄ってきた。


「あなたって本当に無茶するわね」


 帰す言葉もない。

 入学してから私の入院率高いからね。好きで入院している訳じゃないんだけど、どうにも縁深い。


「……ほら、あの子」


 ひそ…と小さな声で囁き合う声が聞こえたのでそちらへ視線を向けると、先輩方が私を見てなにやら噂話をしていた。


「黒呪術を使ってる上級生と決闘したって噂の…」

「3人相手に奮闘して、全員倒したらしいわよ…」

「まだ2年生なのにすごいわね」


 噂が変な風に大きくなり、私は先輩方に畏怖の目を向けられていた。

 違う。奮闘したけど、倒してはいない。むしろ私がボコボコにされた側であって……


「リナリア、今日は早く休んだ方がいいわ。明日魔法庁のお役人さんと面会するんでしょう」

「あ、うん……まぁ」


 今回の件で目撃した当事者として証言しないといけないんだ。入院で延期されていたけど退院が決まったので明日面談することになったんだ。


 ちなみに黒呪術で動物達を虐待していた男子生徒達は現在特別謹慎を受けている。普通の謹慎よりも厳しい監視下で指定された個室で待機させられているとか。

 普通は寮の自室でするけど、今の彼らは危険と見なされている。よってそんな処置を受けているんだって。


「禁術に手をつけた生徒たちは退学になるのかしら」


 ニーナの疑問に私は渋い顔をした。

 多分そうはならない。使った相手が動物だから。

 だけど恐らくこれから彼らは普通の生徒よりも厳しい監視をされるのは間違いない。それは学校を卒業した後もだ。禁術に手を出した時点で危険人物と見なされるのは避けられないことだ。


 実はあの後、この件を受けて魔法庁と魔法魔術省それぞれの役人さん達が手分けして森の中を探索しに行ったらしいけど、おかしな亡くなり方をした動物の死骸や、なんらかの禁術にかかって操られている様子の動物たちが発見されたそうなのだ。

 元素達の記憶を辿る探索魔法で調べたらあの場にいた男子生徒達がかけたことが判明した。


「……野放しにした方が危ないから、今回は温情を与えられるんじゃないかってルーカスが言ってた」


 これは確かな情報だ。

 なぜなら、明日面会予定の役人さんの名前はブレン・クライネルトさん。そう、ルーカスの叔父さんだから。その叔父さんから聞かされた情報を私はルーカスに聞かされたからね。

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