トリプルナイン

CHAPTER.21 未来も現在に影響を与える

「『上』が襲われた、ってまじで!?」


 目を丸くさせた誉と同様にその場に居る全員が驚いて声を上げた。が、すぐにファイエットや二ネットは疑いの目を誉に向ける。


「……怪しい。都合良すぎ」

「元からそういうつもりだったってワケか」

「違う! これは俺も予想外や!」


 慌てて誉は否定したが、目に見える証拠がある訳でも無い。さっきまでのチームワークが嘘だったように一気にギスギスとした空気が流れる。


「ちょっと待ってください! 誉さんは嘘をついていません!」

「そっ……そうですよ! そんなことをする人じゃ」

「アンタ達が嘘ついてるかもしれないでしょ!」

「んー、ボクはそこのルダス星人が居れば、それで良いし〜?」


 ナキガオとフォルティスの擁護も意味を為さず、溝を深くしただけに終わる。不安そうに未来と通信を再度繋ごうとするプロ子を他所に、疑念は広がり続ける。


「そもそもアタシらが協力したのは双方に利点があったからに過ぎないんだ。それが享受出来ないならアンタらにつく理由が無い」

「そーそー、私たちの事情も知られちゃってるしね〜」


 魔女たちは戦意を見せ、それに答えるようにフォルティスとナキガオ、ダブルも戦闘態勢に入った。


「ちょっと待って!!」


 プロ子の剣幕で、みな一斉に意識をそちらに向ける。通信が繋がったのかプロ子は右手を耳に当てて真剣な顔で何かを話していた。


「……分かった、言う通りにする」


 プロ子は工場の壁に真っ直ぐ向かい合う。その胸部が開いたかと思えば、半球型の黒いカメラが飛び出し壁にくっ付き、カメラがあった場所から光が照射されプロジェクターとなる。


 壁に映った映像を見ると、どこかの部屋を映し出していた。部屋の中は未来技術で溢れている。空中は浮かんでいる半透明のディスプレイで埋め尽くされ、スライムのような自在に形を変化させるロボットが忙しなく動き回る。


 しかし、そこには人間の姿は見えなかった。


「プロ子、これは?」

「100年後の通信室。でも誰も居ないのはおかしい。少なくとも私との通信を始めた人が……」


「誰も居ないのが気になるのか?」


 カメラの横から入ってきたのは、異様な身なりをした人物だった。喉が壊れたような低い声の彼は真っ黒なマントを付け、黒猫の被り物を頭から被っている。


「……誰や?」


 誉の問いを聞いたソイツは嗤う。そして、何も言わずにカメラを下に向けた。


「ひっ……」


 マノンは思わず息を呑んだ。マノンだけで無い、その場に居る全員がその光景に目を疑った。あらわとなった通信室の床には、そこら中に研究服姿の人間が横たわっていた。


「これで分かっただろう? 俺は此処を襲った者だ。名は……いや、名乗らないでおこう」

「それで何の用なんや? わざわざ俺らの前に晒したってことはなんか話があるんやろ?」

「ああ、そうだな。先ずはこれを見てもらおうか」


 男は画面外に一度出る。


「プロ子、僕らって未来に行こうと思ったら行けんの?」


 惣一は『上』が襲われたと聞いた時からずっと何かを思案して口を開いていなかったが、初めて今口を開いた。


「いや、出来ない。未来に帰れるのは私だけ。時間座標の操作には時軸っていうコアが必要なの。それを持ってるのは私だけだから」

「なるほどな。ってことは」


 惣一が言い切る前に男が再び現れた。を引き摺りながら。


「すまないな。結構重いから時間がかかっちまった」

「……え?」

「おいおい、どうした誉? そんなに不思議だったか? 俺がプロ子を持っていることが」


 そう言いながら、男はプロ子を床に放り投げる。こちらに顔を向けて倒れる彼女の目に光は無く、四肢は脱力していた。


「これは三ヶ月後のプロ子だ。三ヶ月後、お前たちは俺と会う」

「まだ……生きてるのかい?」

「あ? あー、まぁもうすぐ死ぬんじゃねえか?」

「おい! プロ子返事してくれ! 何があったんや?」


 誉が必死にそう叫ぶがプロ子は目を開いただけで返事をしない。


「無駄だ。余計なことを喋られるのは本意じゃないからな。声帯は既に毟り取っている」


 男がプロ子の髪を引っ張って喉を見せると、確かに喉の部分が無くなっていた。


「さて本題に移ろう。俺は今、いやお前らから見て今から三ヶ月後にお前らと戦った。戦ったと言ってもこっちの一方的な虐殺に近かったがな」


 虐殺という言葉に、惣一とナキガオは眉をひそめる。


「虐殺ってことは、プロ子以外は既に死ん」

「待て、お前の質問は受け付けない。これ以上喋ったらそこに転がってる研究者をぶっ殺す」


 仕方無く惣一は黙り、誉が代わりに口を開く。


「じゃあ俺から聞くけど、プロ子以外の俺たちは全員死んだんか?」

「ああ、そうだ。あまりにも簡単にお前たちは俺に敗北した」

「えっ……それって私達も含まれてんの!?」

「水の魔女か、そうだ。お前たち魔女もみな敗北した」

「は?……なら私たちは戦わないし」


 ファイエットの言葉を聞いて男は嗤う。


「いや、お前たちも必ず関わることになる」

「……はぁ、もうええわ。で、お前は何で俺らに姿晒したんや?」

「余りにもつまらなかったんだよ、お前たちの抵抗が。だからこれはサービスだ。三つだけお前たちの質問に答えてやる。ただし、惣一の質問だけは受け付けない」


 五分ほどみな沈黙した。


 自分たちを三ヶ月後に殺す存在、その運命を変えるたった三回のチャンス、決して無下には出来なかった。


 初めに沈黙を破ったのは誉だ。


「じゃあ俺が一つ目で良い?」


 誰もが何の質問をするか決めあぐねていた中、誰も止めるものは居ない。


「俺たちはなぜ敗北した?」

「俺は五分から一時間まで自由に先の未来を見ることが出来る。お前が幾ら策略を練ろうと、少し未来を見れば直ぐに嘘は明るみに出る」


 男が軽く放ったその言葉は、絶望を与えるには十分なものだった。だが、誉と惣一だけは未だ希望の光を瞳に灯したまま男を真っ直ぐ睨み付ける。


「次だ。次は誰だ?」

「では、私で宜しいでしょうか?」


 ナキガオは一歩前に出て、周りを見渡した。誰も異を唱えないことを確認して、カメラに向かい合った。


「貴方には仲間が何人居ますか?」

「仲間というよりは同志に近いが、三人居る」

「うーん、嘘を検知出来ないのは貴方の声がおかしいからなのか。それとも本当のことを言っているからなのか、どちらでしょうね」

「それは、三つ目の質問か?」

「あ、いえ違います。私の質問は以上です」

「じゃあアタシ達から良いかい?」


 ナキガオと代わって二ネットが今度は前に出る。達、と言ったのは魔女全員の合意で決めた質問なんだろう。


「アンタは魔女教会本部に属しているかい?」

「? そんな組織は知らないな。まぁいい、これで三つの質問は終わりだ。これでどう未来が変わるのか、直ぐに反映されるわけでも無さそうだ。せいぜい頑張ってくれよ」


 唐突にプツンと通信が切断される。

 残ったのは絶望と沈黙だった。


「すまないね。疑ったり、無駄な質問しちまって。どうしても知る必要があったんだ」

「いや、ええよ。どうせ俺が聞きたいことは聞けたし」


 謝る二ネットに誉は手を振って、気にしないように伝えた。


「それよりも気になるのは惣一やろ。なんでお前あんな警戒されてたん、それにずっと考え込んでなんか分かったん?」

「た……ぶん。でも仮説やし、まだ言われへんわ」

「ふーん」


 未来の敵、それも自分たちを圧倒した敵の突然の宣戦布告を受けたが、誰もが取り乱さず冷静に今の出来事について考察をする。


「ちょっと待って! なんで皆そんなに冷静なの!?」


 いや、一人だけ冷静では無かった。プロ子は信じられない! といった調子で叫ぶ。


「ちょっ……ちょっと、落ち着いてください。あっ、あの映像はプロ子さんにはショック……だったかもですけど」

「違う! ……くないけど、そうじゃない! 何で皆そんな普通なの!? 三ヶ月後には死んじゃうのに!」

「それは違うで。俺たちの未来は未だ分からない」

「僕が思うに、彼は最後明らかに急いでいた。それは何故なのか。おそらく彼にも勝つ自信が無くなったんじゃないか? 通信が繋がったまま僕達に未来の変化を晒したくなったんじゃないか?」


 惣一の説得力のある質問にプロ子は少し納得したが、まだ分からない部分がある。惣一の説明、それは未来に希望がある理由にはならない。ただ未来が不透明なだけ。そうプロ子には思えた。


「まぁせっかく敵サンがヒントを出してくれたんだ。今からしっかり対策をしようじゃないか」

「そうだよ〜。ボク達がついてるしね〜」

「……弱気になってんじゃねえよ」

「雲外蒼天……信じよ?」

「ま、今日のところは帰ろーよー」

「ちょっとエレーヌ!」


 ようやくプロ子は気付いた。


 誰もが誉の実力を信じているのだ。ここに居るプロ子以外の全員が誉の実力を目の当たりにしている。改めて彼女は自身の人選が間違っていなかったことを確信した。


「そうだね……うん。まだ未来は確定していない!」


 強く勇んだプロ子を見て誉は微笑んだ。


「じゃ、作戦会議と行こか」

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