CHAPTER.20 投げられた

魂魔法マージ ドゥ ラーム剥落斥刃はくらくせきじん』」


 エメの頭上に現れた半透明の刃は一直線にウズルパの胸に刺さる。


「はっ、そんなもんで私は剥がせないぞ?」

精神世界こっちからだけなら、無理やろうな」


 実際、ウズルパの言う通りエメの魔法はウズルパに、あまり効いていないように見えているが、それに焦る表情も見せずに誉は答える。


「ただ、精神世界こっちからだけやないなら?」

「……?」

「お前がフォルティスと戦った日に、電気が欲しいって言ったやん?」


 急に過去の話を始めた誉にウズルパは首を傾げた。


「あぁ……それがどうした?」

「なのにや、深夜に見てみるとコンセントが刺さってないやんか。これは一体どういうことやろうか? ってナキガオに聞いてん」

「それを聞いて、私は直ぐに理由が分かりました。通常、アンドロイドは電気によって動きます。だからこそ、貴方も電気が欲しいと言ったのでしょう。しかし、実際のところ貴方は電気によって動いてはおらず、ウズルパの念力のような力で動かしていた。その状態で充電してしまうと、過充電となってしまう」

「つまり、や。もし、強制的に電気を与えたら?」


 そんな誉の話を聞いても、ウズルパは動揺を見せない。


「嘘だな。そんなことをしたら、私どころじゃない、このアンドロイドもタダじゃ済まないぞ」

「ホンマに嘘やと? 僕たちは、平気でそんなことをするで? それに、プロ子のボディ自体は頑丈やからな。死なば諸共作戦は既に経験済みやしな 」


 惣一が、ついさっき話したばかりのモルフェウスとのことを暗に示すと、ウズルパは少し顔が青ざめる。


「いや……まさか、ハッタリだ! そうに決まってる!」

「さて、そろそろちゃうかな。モルフェウス? 外と接続してー!」


 ウズルパを無視して、誉が叫ぶとさっきまでの宇宙のような空間が一変し、廃工場の景色が広がった。そこに映っていたのは、二ネット、マノン、ファイエット、エレーヌ、シルヴィの五人の魔女。そして彼女らの横には、大きな見たことも無い機械が置いてある。


「この機械に電気流したら良いんだな?」

「おい、待て!」

「おう、それがプロ子本体に直接電気を送る装置になってるからな。てか、何で二ネットが聞くん?」


 実際に電気を流すのはファイエットのはずやろ? と誉は続けた。


「いや……コイツが誉とは話したく無いと言うからな。じゃ、頼んだぞ、ファイエット」

陰魔法マージ ドゥ ブル召喚サモン……ぬえ』」

「待てって! おい! 聞いてんのか!?」


誰もが、ウズルパの叫びを無視して話を進めていく。


「よーし、エメもそのまま魔法かけといてな」

「ん~、分かってるよぉ」


 依然として、エメの魔法の刃はウズルパに刺さっていた。魂を剥がす刃は残存性を持ち、魔力を流し続ける限り一度放った斬撃は残り続ける。


「ホントに! ちょ……分かった! 身体捨てるから!」


 ウズルパが降参したように手を挙げ、そう嘆願したが、誉は一瞥すらせずにファイエットに指示を出した。


ぬえ……『乱れ雷華』」


 刹那、一本の雷が魔女たちの傍の機械に向かって走る。


「……くそがっ!」

「ようやく、出てきたな」


 誉が少し笑ってそう言った通り、ウズルパが仕方なくといった様子で、プロ子の身体から抜け出していた。空中でふわふわと漂う姿はクリオネを彷彿とさせた。


「お前ら、イカれてんのか? あんなことをしたらっ……」

「ん、なんのことや?」

「は? 」


 ウズルパが、自分を嵌めた面々の顔を見ると誰もがプロ子を心配している様子は無かった。


「よ~く、外見てみ」


 誉の言葉を聞く前に、ウズルパは外を見ていた。そこにはさっきまであったものが消え、代わりにフォルティスが立っていた。電気を流す装置、と誉が説明していたものが無くなっていたのだ。


「ま、要するにや。電気なんか流してないってこと。機械もフォルティスの擬態やし、ファイエットも全然違うとこ狙って雷を放った。なんなら、プロ子に雷を電気に変換して過充電を狙ったって無意味やろうしな。未来の技術って、そんなヤワじゃないやろ」


 惣一がウズルパの肩を叩いて説明をする。


「……はっ、じゃあまた、アンドロイドの身体に戻れば良いだけだろ!」


 そう言って、真っ直ぐプロ子に向かって飛ぼうとしたが。


「……っ!?」

「ごめんねぇ、本体が出てきたら流石に拘束できるんだぁ」


 エメの魔法が簡単にウズルパを捕らえる。


「はい終わり。もう諦めーや」



◇◇◇



 暗い、なんだかとても暗い。


 いつの間にか、私の世界は、もやがかかっていた。 いつの間にか、私は世界に違和感を抱くようになっていた。


 そしてそれらは、24時間、途切れること無く付き纏い続けた。始めて誉と会った日も、ルダス星人を二人で捕……まえた日も? ……あれ、捕まえたんだっけ? 未来に送還したっけ?


 記憶が曖昧、何も分からないようで、全て分かっているようで……。言いようもない不安が私を襲って、捕らえて、凍りつかせて。燃やして、砕いて、引き裂いて。


 あれ……私は何をしているんだっけ?



◇◇◇



「おい! 大丈夫か?」


 誰かが、私に声を掛けた。でも、大丈夫って何がだろう? 私は、何か心配されるような状況だったっけ?


「意識が朦朧って感じやなあ」

「無理もないでしょう。なにしろずっと精神を支配されていたのですから」


 支配……? そうだ……私が過去に飛んで直ぐに何かに襲われて……? それから、なんだっけ?


「チッ、こっちを見るんじゃねえ。それはどうしようも無い」


 あれ、この声知ってるような……あの日私を後ろから襲った声と同じだ……あっ。


「思い出した」


 私は全てを思い出した。


 いや、思い出したというよりは、全てのもやが晴れて本当の景色が一気に頭に入ってきたような、そんな感じ。


 私はそこまで意識がはっきりして、現在の状況を整理した。既に、モルフェウスの精神世界を脱し現実に戻っているようだ。円形でみんなが囲む中心にエメの魔法で捕らえられたウズルパが横たわっていた。


「誉っ、君にとっては2回目かもだけど……ちょっと、遅くなっちゃったけどさ」


 私がそこまで言ったところで、誉は私の言いたいことが分かったようだ。


「そやなぁ、改めて自己紹介と行くか」


 その言葉に、私は次の文言で返した。


「私は、未来から来た超高性能アンドロイド! プロンプター! 通称プロ子!」


 うんうん、と頷いて私の隣に居た誉と惣一が続けて自己紹介を始める。


「俺は、しがない演劇部所属の高校生、鷺山さぎやま 誉や」

「そんで、同じく演劇部所属の僕は中村 惣一」


 その隣の、バーテンダー姿のナキガオと忍者姿のダブル、フォルティスが頭を下げる。


「私は、花弁人はなびらびとのムスカリ族、ナキガオです」

「ドッペルゲンガーを産み落とす、忍者ダブルだ」

「ル……ルダス族っ、のデ……フォルティスです!」


「ボクはぁ、全魔女ソルシエールズ 魔法啓蒙会エクレレサンティカ魂魔法マージ ドゥ ラームを司る、エメでーす」

「私は火魔法マージ ドゥ フュを行使する二ネットだ」

水魔法マージ ドゥ ルゥが得意のマノンよ!」

「……チッ、陰魔法マージ ドゥ ブルファイエットだ」

「えーと、光魔法マージ ドゥ ルミエを担当のエレーヌだよ~」

「……地魔法マージ ドゥ テール、シヴィル」


 魔女たちが順に名を名乗って、最後に頭の中から声が聞こえた。


「俺は! モルフェウスっ! 夢の世界を作ってるんだ! よろしくな!」


 私は、再び現在の状況の異様さを認識した。


 ここまで、人外種族が集まっているというのに、それら全てを束ねるのはただの人間であるということが、どれだけ常識外れのことか。


 そして、それを可能にする誉の真価である、人を寄せ付ける能力。始めから、誉をパートナーにしようと決めていた時から、そこを見込んでのことだったが、それにしても衝撃的だ。


「じゃあ、もう良いね」


 私はそう言って、中心に転がる彼女を見つめた。彼女はずっと不貞腐れたように口を開かない。


「ウズルパ、君を未来に送還する」


 その言葉と同時に、彼女が横たわる地面が真っ白に輝き始め、すっかり包んでしまった。


「へぇ、こりゃ凄いね。マノン、後で研究しよう」

「そうね、興味が尽きないわ」


 魔女の二人が言葉を交わしている数秒の間に、ウズルパの姿は消えていた。



◇◇◇



「さて、じゃあ、プロ子、だったか? 『上』とやらと、連絡取ってくれないか? 私たち、SESが未だに犯罪者リストに乗ってるか、ね」


 二ネットが口を開いた。


「あ、そうやった。プロ子頼むわぁ」

「惣一がそう言うなら……」


 私は、未来で私を指揮する上層部、通称『上』との連絡回線を繋いだんだけど、何か様子がおかしい。


「ピーーーーーー現在この回線は使われ」


 え……回線不良? 

 

 いや、未来においてそれは存在しない。


「……ザザっ……たす……てっ! 侵入し……」


 これは……未来において連絡すらままならない異常事態が起きたのか!?


「……おい! ……ピーーーーーー!!!!!」


 機械音が鳴り響き通信は強制的に切断される。

 今の通信は、私の頭の中でしか聞こえてないけれど、よっぽど、私が深刻そうな顔をしていたのか、みんな私の顔を見て心配そうにしていた。


「プロ子、大丈夫か?」


「誉、大変だ。『上』が襲われた」

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