CHAPTER,19 危険だ、という道は必ず、自分の生きたい道なのだ

語り手:惣一


「まずはぁ、モルフェウスについてだね。これは分かってると思うんだけど~、夢の中に住んでて眠っている人の魂を食べるんだぁ」


 エメは教師みたいに、講義を始める。


「その夢の世界ってどないなってるん?」

「うーん、夢の世界っていうかな~。……モルフェウスって今この街に住み着いてるでしょ? 今、君たちが寝て行ってる夢の世界って、全部モルフェウスが作った世界なんだ」


 エメがサラッと言った衝撃の事実に僕は驚愕した。


「世界作るって、スケールデカすぎやろ」

「ま、神話級だからぁ、そのくらいは出来るんじゃな~い? 」


軽くエメはそう流す。


「ま……うーん、神話に出てくるもんなぁ……? それで夢の世界ってどうなってんの?」


 僕は無理やり納得して、話を次に進めた。


「実は、ほとんど起きてる世界と一緒なんだよね~。そこに居るのが、その時に現実で寝てる人ってだけで? みんな普通に夢の中では起きてるつもりで働いたり、勉強したりしてるんだよぉ」

「えぇ全然夢ん中でも休めてないやん。てか、こっちの世界と外観は一緒なんやな」

「そうだね〜多少、完全再現できてないところはあるだろうけど……」

「なるほど、夢の中ではそこが夢って気付けへんの? そもそも、普段通りに生活って言っても明らかに人少ないんちゃうん?」

「それが、気付かないんだぁ。多分だけど、何か認識に阻害が掛かっててぇ、そこまで思考は出来ないんだと思う」


 それも、モルフェウスの能力なんやろーな。

 そう僕は考える、随分と都合のいい能力だ。


「なるほどなぁ、ほとんど無意識なんか。いや、そらそうか、寝てるもんな。あとさ、何で魂を食べられた人らはぼんやりしてるん?」


 僕は、誉から聞いてたお母さんの容態を思い出しながらそう聞いた。


「あぁ、あれはねぇ。例えばぁ、普通に寝てて、モルフェウスに魂を食べられちゃうとぉ、その衝撃で身体は覚醒しようとするんだぁ。でも、モルフェウスに魂の一部は食べられたままだから、中途半端にしか覚醒できないっていう状態。ま、簡単に言うとぉ、食べられた魂が夢の世界に囚われちゃって目覚めれないってことぉ。何故かぁモルフェウスは、魂を半分しか食べないから? 意識も夢と現実を行ったり来たりで、ぼーんやりするんだ」


 わざわざ魂を半分しか食べない。

 その事実、それに僕はある可能性を見出す。確実かどうか、それはやってみないと分からないが、勝算は高いように思えた。


「じゃあ、みんながみんな同じ場所に眠りながら向かってたのは?」

「魂を取り返そうとしてるんだよ。つまり~、現実でも連動して動いちゃってるだけで、彼らが向かっている場所って言うのは、夢の世界でモルフェウスが住んでいる場所ってこと~。えーと、今回の場合は、廃工場だね」

「よし、場所は分かったし、倒す方法も分かったな」

「え……はや」


 もう思い付いたのか、と驚くエメに僕は作戦の概要を話した。


「……って訳や。まぁ、取り敢えず夜を待とうや。エメにはちょっと頑張ってもらわなあかんけどな」

「あ、ちなみにさ。何で、魂食べんの?」


 ふと気になって僕はそう聞いた。


「私が読んだ書物にはぁ、寂しいからって」

「……なるほどな。じゃあ寝るわ。おやすみ」


 とりあえず、教会の一室で寝ることにした。傍にはエメが座ってて、眠りにつくのを待ってる。


「早く寝てよねぇ、退屈だからさぁ」


 煽るエメを無視して、僕は目を瞑った。



◇◇◇



「……い。……~い、……起きてぇ?」

「……?」

「起きて~」


 エメの声で目覚める。


「んー。お、上手いこと入れたみたいやな……ってホンマに、そのまんまやなぁ」


 目覚めて、まず周りを見渡して僕はそう呟く。まるで寝る前と変わらない教会の中で、一見、自身が起きているのか、寝ているのかさえ分からないほどに、夢の世界は違和感が無かった。


「そうでしょ~。じゃあ、行こ」

「その前にちょっと確認させて」


 先を急ごうとするエメを止めて、寝る前に枕元の机に置いておいたコップの中の水を見ておく。


「うーん、ちょっとかな?」


 今度はしっかりとコップを持ち、水を揺らす。


「……まぁ、こんなもんか。すまん、行こか」


 ある確認を終えた僕は、扉の前で自分を待つエメに手を合わせてベッドをおりた。


「大体場所分かってんの?」

「うーん、一応ボクの探知には引っかかるようにしてるからぁ……あ、ほらすぐ近くにも」



◇◇◇



 一時間程経ち、町外れの工場。


「いやぁ、やっと着いたな。ていうか、寝てる人がみんな居るとは思われへん静かさやな」

「まぁ、みんな自我は無いからねぇ。ていうか、本当にこれでいいのかなぁ……」

「大丈夫や」


 力強く太鼓判を押す。そんな僕の足元には、大きな風呂敷があった。


「お邪魔しま~す」


 そう言って、廃工場のスライド式の軋むドアを開けた途端、


「ようこそ! 俺の! 私の! 僕の! 夢の世界へ!」

「うわっ、独特」 「えぇ……ちょっと怖いよぉ」


 僕とエメは、ほとんど同時に、その大声で歓迎を伝えるピエロのような格好をした巨大な青年に小声でドン引きする。


 青年の派手派手しさとは真逆に、廃工場の中は閑散としている。設備も全て取り払われており、中心に一つ、大きさの真っ赤なソファが有るだけで、それ以外には何も無かった。


「客人よ! あぁ、珍しき客人よ! どうして、今も自我があるんだ! それに一体何の用だ!?」


 巨大な青年は二人をソファに手招きしたが、そのソファも巨大な為登ることにも苦労しそうで僕は苦笑する。


「その前に……一つ宜しいでしょうか。貴方様がモルフェウス様でございますか?」


 青年に背中を押されながらも、改まった口調でそう尋ねる。向こうのペースに呑まれてはいけない、こちらから疑問をぶつけることで舵を取りたかった。


「ふっ、よくぞ聞いてくれた。如何にも、俺が! 私が! 僕が! モルフェウスさ! この夢の世界の創造主、そして全ての世界で一番、陽気な男!」

「……良かった。私共は、獏の使いの者でございます」


 ふざけた自己紹介に笑いそうになるのをどうにか堪え、堪えきれなかった分は、頭を下げることで隠す。隣で、エメも僕に倣ってお辞儀をした。


 獏とは、中国発祥の夢を喰らい生きる伝説上の生き物だ。


「獏、懐かしい響きだな!」


 モルフェウスの言葉に僕は心の中でほくそ笑む。やはり知っていたか、と。


「ええ、主人もよく貴方のことを話していました」

「そうか! だが、愚痴しか話さなかっただろう!?」

「いえいえ、楽しそうに昔話をして下さいましたよ」


 それから、存在しない獏の主人の話を、考えてきた通りにつらつらと述べ続ける。


「ええ、最近は悪夢ばかり喰わされうんざりしてまして……」

「まぁ中国は人口が多いので……食いっぱぐれが無いとも……」

「そうなんですよ。私もよく使いっ走りに……」


 二十分が経過した頃には、僕とモルフェウスはすっかり旧友のように打ち解け始めていた。それにエメは後ろで信じられないものを見ているかのような、恐ろしい形相で観察していた。


「しかし、何の用なんだ! こんな所まで!」


 その言葉には先と違って疑念は無く、ただ快活にモルフェウスはそう聞いた。


「その前に、こちら……つまらないものですが」


 エメが風呂敷を前に差し出し、封を解く。


「おお……美味そうだ!」


 中に入っていたのは、街の住人たちの魂だった。この廃工場に向かう途中でエメと二人で集めていたものだ。


「是非、お召し上がりください。獏様が集めたものです」

「おう、そうさせてもらおう!」


 僕の提案に頷き、モルフェウスは二百ほどある全ての魂を一気に口に運ぶ。


「……う~ん、美味! 一体、こんなに美味い魂、何処で手に入れたんだ!?」


 むしゃむしゃと頬張りながらモルフェウスは聞く。


「……左様でございますか」

「そうだ! こんなに美味い魂は初めて喰ったぞ!」


 すっかり全てを呑み込んだモルフェウスは、上機嫌だった。まぁ、元から上機嫌だったが。僕はモルフェウスの喉が呑み込んだことを確認して、こっそり笑う。


「馳走になった! 美味かったぞ!」

「それは良かった。モルフェウスが人の魂を最後までは食べへんってことで、珍しいと思って持ってきて良かったわ」


 突然、雰囲気が豹変したであろう僕に驚きつつも、モルフェウスはそれよりも、気になることがあるのか眉をひそめた。


「最後まで……?」

「そうやで。いやぁ、何でか知らんけどさぁ、みーんな半分くらい魂残してたからな、持ってきてあげてん」

「そーだよぉ、集めてくれるのも大変だったんだからぁ」


 モルフェウスは、エメの言葉を聞いて冷や汗を吹き出す。


「た、大変だ! 最後まで食べたら……」

「魂の全てが夢の世界に囚われる?」


 焦るモルフェウスの言葉を引き継いで、惣一は言葉を続けた。


「いやぁ、重いなぁ。なんか、今日はお客さん多いもんなぁ」

「そうだよぉ、それに? 何だか、外でも声がするし? 」


 二人でニヤニヤ笑いながらわざとらしくそう言う、勝利はもはや揺らがない。それゆえの余裕だった。


「き、貴様ら……自分が何をしたのか分かっているのか!?」


 口をあわあわとさせながら大声でモルフェウスは叫ぶ。


「そら分かってるよ。まず、隣の魂魔法のエキスパート、エメに、町中の人を出来るだけ多く眠らせてもらって?」

「そんでぇ、既に魂を食べられてた人の残りの魂を道中拾ってきてぇ、君に食べさせた」

「魂まるごと食べてくれたおかげで、完全に夢に取り込まれた人達は、自我を持って動き出して? ほら、工場を取り囲む声も聞こえてきたわ」


 確かに外からモルフェウスへの恨み言を叫ぶ声が幾つも聞こえる。軽快に種明かしをすると、モルフェウスは声を荒らげた。


「馬鹿な! こんなことをしたら、俺も! 貴様らも! 無関係の町人も! 全員夢の世界に囚われて崩れゆく世界とともに死ぬ! 全員だ! 分かっているのか!?」

「このまんま。……やったらな」


 含みのある言い方を聞いて、モルフェウスは黙った。


「さっきも言ったけど、エメは魂魔法のエキスパートやで? 夢の世界を構築までは出来んでも、安定させることくらいは手伝える。もし、君が条件を呑んでくれるならな」

「……条件?」

「そないな顔せんでも、大したことじゃない。ちょーっと、ある人物の精神世界を展開して欲しいだけや。……どうや?」


 少しの間考える時間を取ると言おうとしたが、モルフェウスは即決した。


「……良いだろう! この状況に持ち込まれた時点で、俺の負けだ! それに俺も、こんな所で死ぬ訳にはいかないからな! さぁ、エメと言ったか? 頼んだぞ!」

「急に元気になるじゃ~ん。ま、手伝うくらいは任せてぇ」


 そこから先は早かった。

 モルフェウスが全ての魂を解放した瞬間から、エメが世界の四方に事前に設置していた魔法陣を起動させる。崩れ落ちる世界を食い止めている間に、モルフェウスは、新たに誰の魂も無い空っぽの世界を造って、二人を移動させた。


「エメよ! 実に……良い手際だった! まぁなんだ、こんな縁だ。せっかくならば、この魔法をあげよう!」


 帰る間際にそう言って、モルフェウスはエメに何かを授けた。


「……通信魔法?」

「そうだ! 先の約束、必要な時にそれで呼べ!」

「あ、ちょい待って」


 自分たちを送り返そうとするモルフェウスを止める。


「いや、さっきの交渉とは関係無い、ちょっとした提案やねんけどさ?」

「ほう!」

「夢の世界、これじゃあ寂しいやろ? だからさ……魔女たちの研究所ここに作るってのはどう?」


 ほとんど思いつきではあるが、しかしそこには幾つかの狙いがある。


「ちょっとぉ、ボクも聞いてないんだけどぉ?」


 不満げにエメが言う。


「いや、これ以上こんな奴らに信者狙われたくないやろ? それに、ここなら夢の世界やで? 大抵の設備は……」

「……なるほどね」

「俺も、大歓迎だ! 寂しいと死んでしまうからな! 獏の奴にも宜しくと伝えてくれ! さらばだ!」


 最後まで、賑やかだったモルフェウスは惣一とエメを現実世界に送り返した。



◇◇◇



「……ってことや。未だに獏を信じてんのおもろ過ぎるよな。いやぁ、夢の世界ってのもなかなかにおもしろかったわ」

「良いですね、私も一度行ってみたいものです」

「ボク、ちょっとだけ、研究としてぇデータ取ったから、そのうち作れるかもよぉ?」

「ええやん、めっちゃええやん。俺も行きたいわ」


 楽しそうに会話をする四人を見てウズルパは、機嫌を損ねる。ただでさえ、騙されていたことを知らされた所だから仕方も無い。


「おい! で、どうすんだ? 私を」


 ウズルパは強制的に会話を中断させる為にそう言った。


「おーい、もう着いたぁ?」


 それを無視して誉が、大声で精神世界の空に叫ぶとすぐに空から声が返ってくる。


「ああ! もう準備万全だ!」

「じゃあ、始めて!」


 何かの合図をした誉をウズルパは睨んだ。


「そう怖い顔すんなよ。エメ、こっちも始めて」


 誉はそんなウズルパを笑ってエメにも合図をした。


「りょ~ 」

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