CHAPTER.6 希望があるところには必ず試練があるものだから


「なんか……焦げ臭ない?」


 カジノを出た誉とプロ子は、すっかり日が暮れた夜の街を歩いてた。誉のデリカシーの無い発言に対して、プロ子はじろっと目で非難する。


「はぁ~普通そんなこと言うかな。まぁキミらしいっちゃキミらしいけど」


 深いため息をして、不機嫌なのをワザとらしく知らせるプロ子は前を向いたままそう言った。


「いや、ごめんて。さすがに悪いなって思ってるから。その匂いアレやんな、戦火ってやつ? 戦ってくれたもんな」

「ちょっと戦火の意味違う気がするけど。でも少しは労って欲しいぐらいには頑張ったんだよ? 」


 プロ子の拗ねたような声色を察して誉は、初めて出会った日、星をくれると言った彼女の様にとびっきりにオーバーにこう言った。


「ほな! 頑張ってくれたプロ子に報酬をあげるよ。なんと! 報酬はチョコレートです!」


 プロ子は自分の真似をされていると気づき、ちょっと笑ってからごくりと唾を飲み込んで、


「えぇ~、要らぁん~わぁ」


 と、恥ずかしそうに目を逸らし、遠慮がちに誉の真似をした。が、真似にしては、一つも合っていないイントネーションに誉は思わず吹き出してしまう。


「ヘッタクソやなぁ、関西弁。まぁ、チョコは冗談としても、なんかあげるわ」

「うーん、なら……電気が良いかな」


 右上の虚空を見て、プロ子はそう言った。


「電気!? めっちゃ機械機械してんな」

「機械機械って、ホントに機械だもん。コンセント貸してくれるだけで良いから、ね?」

「まぁええよ、そんくらい安いもんや」

「やった」


 プロ子は横で嬉しそうに笑った。機嫌を直したのを見て誉は安心する。


「そんでさ、捕まえたデブってどうなったん?」


 彼女はちょっと困った顔をした。


「一応、未来に送還したから、あとは向こうで処遇は決まると思うんだけど。なんだか上の情報が間違ってたみたいなの」

「ふーん……未来に送ったんか。それで、間違ってたって?」

「ルダス星人じゃ無かったの。ナキガオがデブってことで連れてきたから、名前はデブなんだろうけど。能力はルダス星人とは似ても似つかない強力なものだったよ」


 能力、という単語に誉は目を輝かせる。


「へぇー、何してきたん? ていうか、見に行けば良かったわぁ。絶対かっこいいやん。異能力バトルとか最高やなあ」

「いやいや、さすがに危ないから来ちゃダメ。なんかね~身体が自由自在に武器になったり、触った場所の地形を自在に動かしたり、もうめちゃくちゃで大変だったんだから」

「やば、めっちゃやばいやん。ていうか、そんな重要な情報を間違えて流してきた『上』って何なん? ずっと気になっててんけど」

「あ、そうだった。説明するの忘れてた。私が未来から来てるのは知ってるよね」


 うっかりしてた、といった風にプロ子は頭をかく。


「私らが捕まえるアリメンタムはね、何十年後に社会に大きな損害を生む存在達なの」

「ってことは、プロ子もその何十年後から来たん?」

「ううん、私はもっともっと未来の100年後からなんだけど。問題は、その何十年後の未来では彼らが強すぎるの。だから、まだ弱い過去まで戻ってきて、捕まえる必要があるんだ」

「……あ、なるほど。要するに、何十年後の未来の警察みたいなんが、重大な事件を起こした人外の過去を調べて、『上』がそのデータに基づいてプロ子に捕まえるよう指令を出しとるんか」

「まぁ、ちょっと違うけど大体そんな感じ」


 そんな重要なこと言い忘れてたんかい、と誉はツッコもうとしたが、神妙な面持ちのまま隣を歩くプロ子を見てやめた。

 ふと、信号の青が誉の目に入った。


「あ、」

「ん、どうしたの?」

「そういやさ、ムスカリ族って言ってたけど、ムスカリって花やんな?」


 プロ子は幽霊でも見たかのように、目を見開いて誉を見る。


「誉、ムスカリとか知ってるんだ」

「そんくらい知っとるわ」


 失礼な、って思ったけど、実際プロ子の指摘は当たっていた。

 誉自身は花に興味が無いが、惣一がよく花の話をするから、たまたま知ってただけだった。


「いや、まぁ、青色ってことくらいしか知らんけど」

「良かった、それでこそ誉って感じだね。じゃあさ、ムスカリの花言葉って知ってる?」

「逆に知ってると思うん?」

「いいや、知らない思った上で聞いた。花言葉はね、通じ合う心と絶望」


 それを聞いた誉の脳裏に、ナキガオの能力が思い浮ぶ。嘘を見抜く力は、人の心を丸裸にし優しい嘘ですら暴いてしまう。


「能力にぴったりでしょ。まぁ、花言葉から能力が発現したんだろうけど。」


 誉はプロ子の発言をあまり理解出来なかったが、それを察したのか、プロ子は説明を始めた。


「花が人格を持つことがあるの。それは、絶え間ない愛情を受けたり、反対に憎悪を四六時中ぶつけられたりした時にね」


 右手の人差し指をピーンと、立てながら説明するプロ子の姿は先生みたいに見えた。


「そして、その後。なんらかの事情があってその花に誰も水をやらなくなったら? なまじ人格があるぶん、生存欲求が生まれちゃう」


 誉は、何日も水を飲めない苦しさを想像して直ぐにやめた。想像するまでも無くそれは苦痛だからだ。


「それでも、たいていの花は枯れてゆく。でも、たまたま、その生存欲求が異常に高かったら? 生き残るために花は進化する、今まで見てきた最も自由で幸せそうな姿を参考に」

「人間の姿ってことか」

「そう、それがナキガオ含む花弁人の成り立ち」


 その話を聞いて、誉はナキガオが育ての親が殺された、と言っていたのを思い出す。

 そんな話をしているうちに、二人は家の前まで着いていた。


「ただい……?」


 ──ガチャ。


 家の鍵が掛かっていた。

 この時間、七時ならたいてい母が居るはずやのに、と誉は少し妙に思う。が、とりあえず財布から鍵を出して開けた。


「やっぱ、誰もおらんなぁ。もうええで、出てきて」


 念の為にプロ子は後ろに隠れていたが、家に誰も居ないなら隠れる必要も無い。


「テーブルになんか置いてあるね」


 確かに、紙が置かれてこう書いてあった。


『誉へ、ちょっと仕事でトラブルがあったみたいで、少し出掛けてくるから、冷蔵庫のもんチンして食べといて』


 冷蔵庫を開けると、生姜焼きがあった。

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