CHAPTER.6 真理は全体である


「もう7時半だよ」


プロ子は爆睡をしているこのままだと絶対に遅刻する誉の肩をゆすって起こしていた。


「う〜ん、」 「えぇ〜」 「うぐぁ〜」


言葉になっていないうめき声を上げるだけの時間が既に15分ほど続いていた。いい加減、起こすのに疲れたのかプロ子は彼の耳元まで近付く。


「ほら、もう7時半だって!」


耳元でそう叫ぶと、誉はやっと自分の置かれてる状況に気付いたのか、凄いスピードで真っ直ぐ上半身を起こす。


「え!7時半!?え!?も〜、もうちょい早く起こしてぇや。ていうか、おかんは!?」

「さっきからずっと起こしてたのに……。お母さんなら早朝ぐらいに帰ってきてまだ寝てるよ」

「まじか、道理で今日の寝起きが静かなわけや」

「いつもどんな起こされ方してるの……」


大急ぎで身支度を済ませた誉は、猛ダッシュで家を出ていった。

誉を見送ったプロ子にはやらなければならないことがあった。昨日の戦闘の痕跡を消さないといけない。デブが、派手に戦ったせいで壁や地面が隆起したり、地割れが起こっているからだ。プロ子は早速、鳥化して昨日の戦場まで向かった。




はぁっ、はぁ、、


「ギリギリセーフ!!」


いやぁ、滑り込めたわぁ。ちょっと、チャイム鳴り終わってた気ぃするけど、まぁ気の所為やろ。


「いや、セーフじゃないぞ。遅刻つけとくからなー」


担任は呆れたように手に持つ出席簿に印を付ける。


「いやいや、セーフやろ、さすがに」

「誉ぇ、それはさすがに通らんやろ」


教室の後ろん方から誰かがそう言った。


「いらんこと言わんでええねん、惣一。チッ、しゃあないな。じゃあそういうことにしといたるわ。」

「いや、そういうことやねんけどな。まぁ、とりあえず席に座れ。朝礼始めるぞ」


そう言われ、俺は惣一の隣の席につく。


「おい、昨日の話やねんけどさ……」


惣一は小声で俺に話しかけてきた。




私は、目の前の光景が理解出来なかった。

確かに、私はこの路地裏でデブと戦った。実際に少し地面は焦げているから、そこは疑いようもない。なのに、デブが動かした壁や地面はまったく痕跡を残していなかった。

どうして? 私は隆起した地面や迫ってくる壁を見たはずなのに。


そこは、何事も無かったかのようにまっさらだった。




「ただいまぁ!」


誉は思いきりドアを開けて、家に飛び込む。外の暑さとは無縁の冷たい家の空気を堪能する。

いつもなら誉の母が元気に「おかえりぃ!」と返していたはずなのに、今日は沈黙のみが返ってきた。


「ん?ただいまぁ?」

「……」


誉が不審に思いながら、リビングへ入ると何か暗い雰囲気に包まれていた。カーテンが閉め切られて、電気もついてない、そんなリビングに誉の母は一人で座ってた。


「おかん?」

「あぁ……帰ってたの。おかえり」


明らかにいつもより元気が無い。


「……おう。カーテン開けんで」


返事を待たずにカーテンを開けて、部屋に光を入れる。


「今日の夕飯、出前が良いな。ラーメン食べたくて」

「……うん」

「ラーメン好きやろ? 電話しとくわ」





プロ子は誉が夕飯を食べ終えた頃に帰ってきた。部屋の窓を叩く音で誉が窓を開けると鳥化したプロ子が慌てて入ってきた。


「……」


プロ子は慌ただしく入ってきて人間の姿になり、神妙な顔して黙ったまま立ってる。


「どうしたんや? そんな変な顔して」

「……はぁ〜、別に変な顔はしてないでしょ」


何かが終わったのか、さっきまでの緊張感が無くなって、プロ子はそう言った。


「昨日、誉が言ってた不審者の件あるでしょ」

「あぁ、なんか分かったん?」

「いや、まだハッキリとは調べられてないんだけど。明らかに人外が関わってる。すっごく集中しないと分からないけど、街中に異質なナニカの残り香みたいなのが充満してた」


シリアスに語るプロ子の様子を見るに、かなり強力かつ凶悪な存在が関わってると見るべきだ、と誉は推測した。


「……そして、その香りはね。この家にも強く残ってるの」

「え?」

「お母さん、危ないかも」


誉の視界がぐるりと廻った。


「いや、『かも』じゃない。間違いなく危ない」

「……どうすればいい?」


誉はそう聞くしか無かった。しかし、それを聞いたプロ子は目を閉じ、ゆっくり首を横に振った。


「悲しいけどね、どうしようもないの。こちらから、お母さんの状態を治す術はない。出来ることは原因を叩く、それだけ」

「でも、その原因が分かってないんやろ?」

「……少しアテがあるかもしれない」


言いづらそうにプロ子はそう言った。


「アテ?」

「……明日、叩く全魔女ソルシエールズ魔法啓蒙会エクレレサンティカ。彼女ら魔女は根っからの研究者だからね。みんな好奇心が強くて、未知のものを放っておくなんてことはしないはず。つまり、今回の件も彼女らは探知、研究している可能性が高いの」

「要するに、そいつらが知ってるってことか。よし!行くぞ!」


急く誉をプロ子は冷たい目で諌める。


「今行ってどうするの。計画はあるの?勝算は?ただ闇雲に突撃したって殺されるだけでしょ?」

「でも!」

「今行かないとお母さんが危ない?そうかもね、でも私の見立てでは後3日は大丈夫なはず。明日、情報を得ても2日は猶予がある」


何処までも論理的なプロ子に誉は圧倒され、少し落ち着きを取り戻した。


「……そうやな、すまん。ちょっと取り乱した」

「うん。じゃあ明日の話をしようか」


仕切り直すようにプロ子は手を軽く手を叩いた。


「あぁ、ていうか明日、土曜か。ってことは一日仕事でも大丈夫やな」

「そうだね。じゃあ、情報を整理しよう。現時間軸の全魔女ソルシエールズ魔法啓蒙会エクレレサンティカの構成員は150人。ただ、実際の魔女は6人だけ。残りは熱心な人間の信者や、人外の同胞で構成されている」

「なるほど、その6人の特徴は?」

「その前に、魔女の魔法の説明から。彼女らの魔法は大きく6つの属性に分けられるの。炎、水、地、光、陰、魂にね」

「陰?魂?」

「炎、水、地、光はまぁ、文字通りだから分かるよね。陰は主に召喚や使役。魂は精神に干渉したり、幻覚など。まぁ、私も詳しくは知らないけどね。そして、それぞれの属性のエキスパートがその6人なの」

「なるほど。さっき信者って言ってたけど宗教みたいな側面もあるん?」


プロ子は顔をちょっとしかめた。


「そう、そこが未来で厄介になったポイントなんだけどね。信者は、魔女たちの実験で進んで犠牲になったり、馬車馬の如く働かされてるらしいよ。でも、一部の噂……ってか、まぁ十中八九そうなんだろうけど、洗脳魔法みたいなのを訪れた人間全員にかけて、信者を増やしてるんだって」


社会に絶望した人間にとっては、魔法は神秘的で縋りやすいものに写るものだ。そして、実際に行ったところを洗脳される。


「そして、彼女らの本拠地だね。街のハズレに使っていない教会が放置されてるの知ってる?」


誉は、小学校の頃を思い出しながら言った。


「あぁ、昔、肝試しをしたっけな」

「そこを勝手に使ってるんだって。これで私が伝えれる情報は終わりかな」


誉は頭の中でピースを組み合わせていた。宗教、洗脳魔法、6人の魔女……そして大量の人間の信者。


「いけるな」


誉の言葉にプロ子は期待の目を向けた。その目を受けて誉は真っ直ぐこう言った。


「あのさ、明日付いてこんとって」

「え、?」


予想外の要望だったのか、彼女は間抜けな声を出して、こっちを見た。


「ちゃんと魔女らは連れていくからさ、別のところで待ってて」

「いやいや、ちょっとそれは危な過ぎじゃない?」


首をふるふる振って、心配そうにプロ子は言った。


「大丈夫。絶対大丈夫やから」


誉は一方的にそう言って、ベッドに寝っ転がった。

誉にとって明日は踏ん張りどころで、その上折り返し地点でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る