CHAPTER.8 人生は、できることに集中すること
「もう7時半だよ」
プロ子は、目の前で爆睡をしているこのままだと絶対に遅刻するであろう誉の肩をゆすって起こしていた。
「う~ん、」 「えぇ~」 「うぐぁ~」
言葉になっていないうめき声を上げるだけの時間が既に15分ほど続いていて、流石にいい加減、起こすのに疲れたのかプロ子は彼の耳元まで近付く。
「ほら、もう7時半だって!」
耳元でそう叫ぶと、誉はやっと自分の置かれてる状況に気付いたのか、凄いスピードで真っ直ぐ上半身を起こす。
「え! 7時半!? え!? も~、もうちょい早く起こしてぇや。ていうか、おかんは!?」
「さっきからずっと起こしてたのに……。お母さんなら早朝ぐらいに帰ってきてまだ寝てるよ」
「まじか、道理で今日の寝起きが静かなわけや」
「結構叫んだつもりなんだけど……いつもどんな起こされ方してるの?」
大急ぎで身支度を済ませた誉は、猛ダッシュで家を出ていった。
誉を見送ったプロ子にはやらなければならないことがあった。昨日の戦闘の痕跡を消しておかねばならないのだ。
デブが、派手に戦ったせいで壁や地面が隆起したり、地割れはそろそろ見つかっているはず。そう思ってプロ子は早速、
◇◇◇
──はぁっ、はぁ、、
「ギリギリセーフ!!」
──いやぁ、滑り込めた。ちょっと、チャイム鳴り終わってた気もするけど、まぁ気の所為やろ。
と、大袈裟に誉は額の汗を握って爽やか笑顔を担任に向ける。
「いや、セーフじゃないぞ。遅刻つけとくからなー」
が、担任は呆れたように手に持つ出席簿に無慈悲な印を付けた。
「いやいや、セーフやろ、さすがに」
「誉ぇ、それはさすがに通らんやろ」
教室の後ろの方から、誉の反論ターンを止めるように誰かがそう言った。
「いらんこと言わんでええねん、惣一。チッ、しゃあないな。じゃあそういうことにしといたるわ」
「いや、そういうことやねんけど……まぁ、とりあえず席に座れ。朝礼始めるぞ」
そう言われ、誉は惣一の隣の席につく。
「おい、昨日の話やねんけどさ……」
惣一はそう小声で誉に話しかけた。
◇◇◇
プロ子は、目の前の光景を理解出来なかった。
──確かに私はここでデブと戦ったはずなのに。
実際に少し地面は焦げている、それ故にそこは疑いようもない。なのに、デブが動かした壁や地面はまったく痕跡を残していなかった。
──どうして? 私は隆起した地面や迫ってくる壁を見たはずなのに!
何故かそこは、何事も無かったかのように何の損傷も残していなかった。
◇◇◇
「ただいまぁ!」
誉は思いきりドアを開けて、家に飛び込む。そして外の暑さとは無縁の冷たい家の空気を堪能しようとして、だが、そこで異変に気付いた。
いつもなら誉の母が元気に「おかえりぃ!」と返していたはずなのに、今日は沈黙のみが返ってきたのだ。
「ん? ただいまぁ?」
「……」
誉が不審に思いながら、リビングへ入ると何か暗い雰囲気に包まれていた。カーテンが閉め切られて、電気もついてない、そんなリビングに誉の母は一人で座ってた。
「おかん?」
「あぁ……帰ってたの。おかえり」
明らかにいつもより元気が無い。
「……おう。カーテン開けんで」
返事を待たずにカーテンを開けて、部屋に光を入れる。
「今日の夕飯、出前が良いな。ラーメン食べたくて」
「……うん」
「ラーメン好きやろ? 電話しとくわ」
◇◇◇
プロ子は誉が夕飯を食べ終えた頃に帰ってきた。部屋の窓を叩く音で誉が窓を開けると鳥化したプロ子が慌てて入ってきた。
「……」
プロ子は慌ただしく入ってきて人間の姿になり、神妙な顔して黙ったまま立ってる。
「どうしたんや? そんな変な顔して」
「……はぁ~、別に変な顔はしてないでしょ」
何かが終わったかのうに、あっという間にさっきまでの緊張感が無くなって、プロ子はそう言った。
「昨日、誉が言ってた不審者の件あるでしょ」
「あぁ、なんか分かったん?」
「いや、まだハッキリとは調べられてないんだけど。明らかに人外が関わってる。すっごく集中しないと分からないけど、街中に異質なナニカの残り香みたいなのが充満してた」
シリアスに語るプロ子の様子を見るに、かなり強力かつ凶悪な存在が関わってると見るべきだ、と誉は推測した。
「……そして、その香りはね。この家にも強く残ってるの」
「え?」
「お母さん、危ないかも」
誉の視界がぐるりと廻った。
「いや、『かも』じゃない。間違いなく危ない」
「……どうすればいい?」
誉はそう聞くしか無かった。しかし、それを聞いたプロ子は目を閉じ、ゆっくり首を横に振った。
「悲しいけどね、どうしようもないの。こちらから、お母さんの状態を治す術はない。出来ることは原因を叩く、それだけ」
「でも、その原因が分かってないんやろ?」
「……少しアテがあるかもしれない」
言いづらそうにプロ子はそう言った。
「アテ?」
「……明日、叩く
「要するに、そいつらが知ってるってことか。よし! 行くぞ!」
急く誉をプロ子は冷たい目で諌める。
「今行ってどうするの。計画はあるの? 勝算は? ただ闇雲に突撃したって殺されるだけでしょ?」
「でも!」
「今行かないとお母さんが危ない? そうかもね、でも私の見立てでは後3日は大丈夫なはず。明日、情報を得ても2日は猶予がある」
何処までも論理的なプロ子に誉は圧倒され、少し落ち着きを取り戻した。
「……そうやな、すまん。ちょっと取り乱した」
「うん。じゃあ明日の話をしようか」
仕切り直すようにプロ子は手を軽く手を叩いた。
「あぁ、ていうか明日、土曜か。ってことは一日仕事でも大丈夫やな」
「そうだね。じゃあ、情報を整理しよう。現時間軸の
「なるほど、その6人の特徴は?」
「その前に、魔女の魔法の説明から。彼女らの魔法は大きく6つの属性に分けられるの。炎、水、地、光、陰、魂にね」
「陰? 魂?」
「炎、水、地、光はまぁ、文字通りだから分かるよね。陰は主に召喚や使役。魂は精神に干渉したり、幻覚など。まぁ、私も詳しくは知らないけどね。そして、それぞれの属性のエキスパートがその6人なの」
「なるほど。さっき信者って言ってたけど宗教みたいな側面もあるん?」
プロ子は顔をちょっとしかめた。
「そう、そこが未来で厄介になったポイントなんだけどね。信者は、魔女たちの実験で進んで犠牲になったり、馬車馬の如く働かされてるらしいよ。でも、一部の噂……ってか、まぁ十中八九そうなんだろうけど、洗脳魔法みたいなのを訪れた人間全員にかけて、信者を増やしてるんだって」
社会に絶望した人間にとっては、魔法は神秘的で縋りやすいものに写るものだ。そして、実際に行ったところを洗脳される。
「そして、彼女らの本拠地だね。街のハズレに使っていない教会が放置されてるの知ってる?」
誉は、小学校の頃を思い出しながら言った。
「あぁ、昔、肝試しをしたっけな」
「そこを勝手に使ってるんだって。これで私が伝えれる情報は終わりかな」
誉は頭の中でピースを組み合わせていた。宗教、洗脳魔法、6人の魔女……そして大量の人間の信者。
「いけるな」
誉の言葉にプロ子は期待の目を向けた。その目を受けて誉は真っ直ぐこう言った。
「あのさ、明日付いてこんとって」
「え、?」
予想外の要望だったのか、彼女は間抜けな声を出して、こっちを見た。
「ちゃんと魔女らは連れていくからさ、別のところで待ってて」
「いやいや、ちょっとそれは危な過ぎじゃない?」
首をふるふる振って、心配そうにプロ子は言った。
「大丈夫。絶対大丈夫やから」
誉は一方的にそう言って、ベッドに寝っ転がった。
誉にとって明日は踏ん張りどころで、その上折り返し地点でもあった。
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