CHAPTER.9 孤独なとき、人間はまことの自分自身を感じる
翌朝、誉は電話をかけていた。
「……もしもし? 朝早くにごめん、今大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ。それでどうしたんですか? 誉さん」
「デブと今、連絡取れるか? ちょっと用事あんねんけど」
誉の声はやや掠れている。
相手がナキガオということもあり、プロ子がまだ起きていない時間を見計らって電話をかけてる為だ。
「デブ……ですか。えぇ、ちょうど今カジノに居ますので、呼んできますね」
恐らく徹夜でカジノにいるデブに呆れながら誉は少し待った。
「あ、あの? 自分です、デブですけど……」
不安げな声が電話越しに聞こえてくる。
「あぁ俺、誉やけども。ていうか、自分でデブって名乗るん悲しないん? なんか新しい名前あった方が良いよな」
「そ、あ、そうですね。どっ、どんなのが良いですかねっ?」
「え……え~と、うん、そうやなぁ……」
善意で提案した誉だったが、まさか、今決めろと言われるとは思っていなかった為、戸惑って言葉が詰まる。
「あ、、すみません。そっ、そんな、直ぐに決めろって言われても無理ですよね…。いやっ、無理っていうのは、誉さんのこと侮ってる、とかそんなんじゃないんですけど!」
デブが謝罪するのを聞き流しながら、誉は、話を変えるタイミングだ、と思い本題を話し始めることにした。
「まぁええねん。今電話で言いたかったんはこれだけや」
電話越しにデブにも真剣さが伝わったのか静かに誉の次の言葉を待つ。
「二人でSESに潜入するぞ」
◇◇◇
電話から6時間後、もう昼前で二人のお腹が空くころに誉とデブは教会の前の公園のトイレに集まっていた。
「よし、じゃあ手筈通り頼むで」
「は、はい!」
そう返事した途端、デブの身体は崩れ始めた。いや、溶け始めたと言った方が正しいだろう。足元から、膝、腰、腹、胸、肩、首、頭、と徐々に沈むように解けていくのだ。
それを待つ誉が欠伸をしている間に、デブはあっという間に一着のTシャツのようなものになった。ようなもの、とはTシャツというのにはあまりにも異質な形状だったからだ。それにはお腹周りに肉のようなものが付いていた。
「これは……質量保存の法則ってやつやからしゃあないんやんな」
「あ、はいっ。自分、デブですから、変な形ですよね。すみません。自分がデブなあまり……」
申し訳なさそうに服が平謝りしている有り得ない状況に誉は笑ってしまった。
「いや、ええんやで。俺の素性もちょっとは隠せるやろ」
誉は、来ていた服を脱いでカバンに入れ、服となったデブを着る。普通の服よりもごわごわとした着心地に誉は若干の違和感を覚えたが問題なく着ることに成功した。
「よっしゃ、行くぞ」
親子連れで溢れかえっている公園を出て、5分ほど北に歩くと目的の教会に着いた。
「……誉さん、ちょっと監視されてる気がします」
小声でデブは囁く。
「ええねん、ええねん。堂々と行こーや」
誉は、不安そうなデブを励ますために胸を叩く。
教会は使われなくなった言っても封鎖されている訳でもなく、ただ役割を終えた為に暫く休んでいる、そんな風だった。そして、その休息を邪魔するように魔女達は教会を根城としたのだ。
誉はインターホンが無いことを確認してドアを真正面から開けた。叫ぶように鳴る木製のドアが、誉の来訪を告げる。
「おぉ……」
教会に入った誉は思わず驚きが口に出てしまった。
受付がある玄関ホールには、15人ほど人間が立ってこちらを見ていた。
誉がその光景に気圧され動けないで居ると、近くにいた60代くらいの老婆が口を開いた。
「導かれたのですか?」
「え?」
「導かれたのですか?」
老婆は繰り返し、感情の無い声色でそう言った。
そして、それと同時に玄関ホールの奥の方に立っていた二人の青年が受付の奥に入っていたのを誉は確認した。
「導かれたのですか?」
「……いや、う~ん」
誉は言い淀んだ。
合言葉なんだろうが、知らないものを答えるわけにもいかない。そう思って、誉が老婆の質問に答えずに居ると、ずっと黙って見ていた残りの12人も口を開き始めた。
「導かか……」 「……ちびかれた…?」 「……ぁ…導かれ……?」 「……導かれ……すか?」 「「導かれた! ……か?」」
一斉に話し始めたが絶妙に揃わない声のせいで余計に酷い喧騒でホールは満たされた。
「……うっさ、ちょ、ホンマうるさい」
誉が耐えきれずに文句を言ったが、だれも気にする様子は無く、ただただ感情の無い質問を続ける。
「導かれたのですか?」「導か……ですか?」
「あぁ~、もう分かった分かったから。導かれました! これでいい?」
投げやりな誉の返事聞いた途端に、周りの様子は一変した。
「「「あぁ」」」
空気が変わった。
一斉に信者たちは低い声で唸り始め、その声量でホール全体が震え出した。さっきまでの虚ろな目が、今は明確な敵意を向けていた。
「「「関係…者以外は立…入り禁止で……す」」」
信者たちは、誉がいる方へ一直線に恐ろしい剣幕で向かう。
「……おいおい、それは聞いてないって」
誉が、その人波に潰される! と思った、その時だった。
ぱん──と手を叩く音が人混みの奥から聞こえた。
「はい、おしま~い。う~ん、やっぱり調整上手くいかないなぁ」
中性的な声と共に信者をかき分けて現れたのは、魔女。
つばの広い真っ黒な三角帽子をかぶり、真っ黒なローブを羽織っている黒髪のショートボブの彼女は10代後半くらいに見える。
「ごめんね、みんな信者さんなんだけど。ちょっと、悟りの真髄に近づきすぎちゃったのかな? 意識が別の次元に行ってたみたい」
誉はその、騙す気の無いあからさまな嘘に驚いたが直ぐに、この魔女がここまで常識的に見抜けるような適当な嘘を平気でつくのは、どうせ洗脳するから、とでも思って油断しているからだろうと推測し、納得した。
しかしその様子を微塵も誉は外には出さない。今の誉は、経済的に失敗し怪しげな宗教団体に来た気弱な男だった。
「い、いえ、全然良いんです。あ、あの! 自分、」
「あ、良いの良いの。とりあえずこっちおいで。こんな所じゃなんだからさ」
魔女に手招きされるがまま、誉は教会の奥へと入っていく。
廊下の窓は全て木の板が貼り付けられて、光が一切入って来ない為、地下に居るような気分になる。夏とは思えない冷たい空気が胸にスっと染み込んでくる異様な感覚に誉は鳥肌が立った。
「いやぁ、それにしてもお兄さんおっきいね~」
魔女は振り返らずに歩きながら、軽い調子で喋りかけた。
「あ、そっ、そうっ……ですかね」
「そうだよ~、でもそれは良い事。だって、ふくよかさは豊かさの象徴だからさ。 幸せだって飛び込んでくるよ?」
意味のわからない理論を展開する魔女を誉は信じたふりをする。
「そ、そうなんですか!?」
「そーそー、それになんてったって、お兄さんはココに来たんだ。もう幸せの絶頂のすぐ手前だよ」
会話を続けながら二人は右、左、右、左と、くねくねとした廊下を歩き続ける。かれこれ50メートル以上は歩いているような気がして、誉は不思議に思った。
「不思議でしょ~? 外観の何倍も中が広いんだぁ、そう思うのも当然。でも、こんなのは
「ちょっと、こわっ、怖いですね……。これが魔法ってやつなんですね」
「せいかーい。あ、、そういえば自己紹介して無かった」
彼女はくるり、と振り返った。
「ボクはエメ、この教会に6人しか居ない魔女の一人だよ」
魔女の人数とか言うたらあかんやろ、と誉は心ん中でツッコミを入れた。
「そ、それは凄いですね……、よっ、よろしくお願いします」
「うんうん、で、君は?」
「え、」
「え、って。名前だよ、な、ま、え」
「あ、自分っ、橋本 光って言います」
誉は用意していた偽名を騙った。
「ん、こちらこそよろしく。長~い付き合いになるかもだからね、もしかしたらすぐお別れかもしれないけど」
意味深にエメはそう言ってクスッと笑う。
「え、あの……。すぐお別れって」
「もうすぐ着くよ~」
誉の問いを遮るかのようにエメが目的の部屋への到着を知らせた。
「あ、あの~、その前にちょっとトイレ行って良いですか?」
「もう、仕方ないなぁ。んー、よいしょ~」
気の抜けた掛け声と同時に、エメの手に魔法陣が浮かび上がる。その手をエメが廊下の壁を撫でるように動かすと、壁にも紫色に発光する魔法陣が描かれた。彼女が手と壁の魔法陣を合わせ、カチリと鍵が開くような音がしたその瞬間、さっきまで何も無かった壁にトイレが現れていた。
「はい、ごゆっくり~」
誉は見送られ、トイレに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます