CHAPTER.14 変化に抵抗してはならない


 プロ子は気が気じゃなかった。あと数分で誉が教会に入って1時間が経過しようとしている。1時間とは約束の時間でもある。


「大丈夫かな……」


 心配のあまり、無意識にプロ子がそう呟いたその時だった。目の前の床に魔法陣が浮かび上がる。


「……こりゃ、やられたね」

「えぇ!? アンドロイド!?」

「くそっ嵌はめられた、うぜぇな」

「やっぱりね、私はそう思ってたんだぁ。帰っとけば良かったな」

「……」


 出てきて口々に話す魔女たちを見て、本当は緊張感をもって戦闘に臨間なければならない場面のはずなのに、プロ子は自分が心底安堵しているのを感じた。良かった……誉は失敗してなかったんだ、と。


「……行くよ」


 プロ子はそう言って、魔女たちとの戦いのゴングを鳴らした。



◇◇◇



 観察者はまたカメラを回していた。

 映像を見てくれるあの人から魔女たちの情報は得ている。情報通りの強さなら目的を果たせそうだ、とホッとして笑みがこぼれていた。


「……陰魔法マージ ドゥ ブル召喚サモン……ヨルムンガンド』」


 ファイエットが静かに唱えた瞬間、大きな魔法陣が空に浮かぶ。そこから出てきたのは龍、長い長いとぐろを巻いた姿は、その状態でも空を覆い尽くすほどだった。


「ちょっとファイエット! 派手すぎじゃないの!?」


 マノンが非難げにそう言うが、二ネットが首を振る。


「いいや、あれくらいで丁度いいよ。向こうはアンドロイドだ、それも恐らくだけど未来のね」

「よく分かったね。でも術者を倒せば、召喚は止まるんでしょ」


 二ネットの推測が当たったことを褒めつつ、プロンプターは超スピードで二ネット、マノンの横を駆け抜けて、一直線にファイエットへと向かおうとブーストする。


「させないよ! 火魔法マージ ドゥ フュ『虚ろの業火』!」


 途端、処刑台がプロンプターの眼前に現れる。意志を持ったかのようにロープが手、足、胴に巻き付き、処刑台に固定した。


「ふん、他愛ないね」


 見ているだけで失明そうな程に明るい猛火がプロンプターを包みこむ。それを見上げる魔女たちはどこか、悲しい顔をしていた。


「マノン、消化だ。知ってるだろ、特殊な火だから自然に消えないんだ」

「うん、分かって……っ!?」


 そこでマノンは言葉に詰まる、燃えているはずのプロンプターは笑っていたからだ。


「この体の耐熱温度って何度だと思う?」


 メキメキと、木で出来た処刑台を力ずくでへし折りながら、プロンプターは問う。


「っ馬鹿な、その程度の炎じゃ意味ないっていうのかい!?」

「その程度? 違うなぁ、そんな問題じゃない。この体は完全に炎を無効化出来る」


 そう言って、炎に包まれた姿のままプロンプターは歩き出した。まるで地獄から這い出た処刑人のように恐ろしい笑みを浮かべながら。


「……ヨルムンガンド『融死の白昼夢』」

水魔法マージ ドゥ ルゥ露袖つゆそで』!」


 慌てて、二人が魔法を発動する。上空からのほのかに青い毒霧と、プロンプターの周りの大気から抽出された水が、同時に襲いかかる。


「ごめんね、最初に言っておけばよかった。アンドロイドに毒は効かないって」


 毒霧の中、マノンの超水圧によって身に纏っていた炎が剥がれたプロンプターはそう言って、ゆっくりとまた魔女たちに向かって歩き出した。


光魔法マージ ドゥ ルミエ『酷熱の裁き』」「……地魔法マージ ドゥ テール枯木枯草こぼくこそうの怨嗟の声』」


 今度はエレーヌとシヴィルの二人、同時に魔法を詠唱する。


「「複合魔法サンテーズ マージ『無生世界』」」


 二人の魔法が展開されると、さっきまでのただの路地裏が酷熱の砂漠の世界に変じた。


「へぇー、幻覚……ってわけでもなさそうだね」


 余裕の表情で周りを観察するプロンプターだが、少し焦っているようにも見える。ここに居ない一人の魔女について気になっているのだろうか。


「……陰魔法マージ ドゥ ブル召喚サモン……麒麟』『召喚サモン……ぬえ』」


 更にファイエットの呟きとともに、二体の獣が現れる。

 鹿のような胴体に鱗が煌めき、龍の顔を持つ生き物、麒麟。そして猿の顔に虎の胴体、蛇の尾を持つ鵺がファイエットを守るように左右に並び立つ。


「ファイエット、これ使いな!火魔法マージ ドゥ フュ纏火まといび』!」


 二ネットが出した火は麒麟と鵺を燃え上がせるが、しかしそれは直ぐに鎧のような形に変形した。


「……じゃあ。鵺、麒麟……『雷火閃滅』」


 炎を纏った雷の刃が、瞬間、横一文字に広がった。回避不能な程の一閃が魔女たちの前方を照らす。あまりにも大きな雷の刃は抗えない神の力であり、津波を彷彿とさせた。


「これは凄いね」


 プロンプターは前後左右何処にも逃げ場が無いことに気付いてそう言う。


「よし、用意しよか」


 そこで、観察者は隣に居る人物にそう声を掛けて帰る支度を始めた。カメラは依然として、回したままだが。


「やったかい?」


 光が消え、ようやく前方がはっきり見え始める……が、そこには、プロンプターの姿は無かった。


「二ネット! 上!」

「……っ!?」


 二ネットの真上にプロンプターは浮いている。

 重低音を響かせ空間に悲鳴をあげさせながら浮く姿は、行き過ぎた文明そのものだった。


水魔法マージ ドゥ ルゥ天蓋蒼波てんがいそうは』っ!」

「……地魔法マージ ドゥ テール不易の徒然ふえきのつれづれ』」


 上空から二ネットに向かって降り注ぐ高熱の光輪を、水の塊と木々が守る。


「まだ、終わらないよ」


 そう言ってプロンプター本体が動こうとしたその時だった。誰もが注意を払っていなかった魔女たちの後方から一つの影が飛び出す。その影は空中に浮いている気付かないままのプロンプターに回転蹴りをして、吹っ飛ばした。


「シヴィル、エレーヌ、魔法を解いてください」


 その隙に観察者は魔女たちの前に現れてそう言った。


「……誰?」


 無表情でシヴィルは問う。


「シヴィル、魔法解こ。もう帰りたいしー、多分その人仲間だよ」


 エレーヌはそう言って、シヴィルを見つめる。


「……分かった」

「「『解除リベレ』」」


 酷熱の砂漠だった世界は、一瞬にして元の路地裏に変化する。それによって土煙が消え、吹っ飛ばされたプロンプターを見下ろすその影の正体が明らかになった。


「……え、アンドロイド?」


 マノンが思わず口にしたその通りだった。見た目も、性能も全く同じアンドロイドがプロンプターを見下ろしていた。


「じゃ、プロンプターのこと、ちょっと足止めしといてー」


 観察者がそうアンドロイドに言って、近くに居たシヴィルの手を引っ張って何処かへ行こうとする。


「ちょっ、アンタ誰よ!?」


 マノンはシヴィルを連れていこうとする観察者に敵意を向けた。


「誰でもええやない、ただそうやなぁ。敢えて言うなら、プロンプターの敵ってこと。ほら、行こか」

「はぁ!? そんな説明で納得行くわけ」

「いや、マノン。ここはこの男に着いて行こう。このまま戦ってもあのアンドロイド、いやプロンプターと言ったか?に殺されるだけだ」


 二ネットがマノンを宥める。


「良かった、じゃこっち来て。早く!」



◇◇◇



「あなたは誰?」


 魔女たちが既に去っていたのを足音で確認しながら、プロ子はそう聞いた。


「……」


 が、しかし、自身のの背中を踏みつけているアンドロイドは何も答えない。


「私とそっくりだけど?」

「……」


 完全に敗北したプロ子はその悔しさに、唇をかみ締めた。勝敗を分けたのは、彼女自身がボディの真の力を引き出せてないという点もあるが、それ以上になにか、あまりにも大きな差があった。


「ねぇ、なにか答えてよ」

「……」


 突然、プロ子の背中に置いていた足をもう一体のアンドロイドは退かした。


「えっ?」

「……」


 そのまま、何も言わずにそのアンドロイドは去っていった。

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