CHAPTER.13 運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する

「いやぁ、全部上手いこと言ったなぁ」

「そ、そうですね」


 随分と静かになった部屋で、誉はエメの擬態を解いたデブに話しかける。思っていたとおりにことが進んで、誉は満足気な表情だった。


「ほんじゃあ、エメのとこ行こか」


 二人は部屋を出て廊下を歩き出す。

 幸い、さっきの部屋には地図があったので迷うことは無い。


「いやぁ、それにしてもめっちゃ活躍してたな」

「い、いや、そんなことっ、ないですよ……誉さんの方が凄かった……です」

「確かに俺は凄いけど。でも、自分の中に知らん自分がおる恐怖なんて知らへんし、俺はそいつを制御できる自信は無い。でもお前はそいつに勝った。めちゃくちゃかっこいいと思う」

「……え、えへへ。そ、そうですかね」

「大体、協力するメリットなんか無かったやん。やけど自分を変えたいっていう理由で誘いに乗った。もっと、自分に自信持った方が良いわ」


 誉にべた褒めされてデブは恥ずかしそうに俯いた。


「あ、でさ、デブって名前変えよって話してたやん? ずっと考えててんけど」


 誉は立ち止まってデブを真正面から見る。


「フォルティス……ってのはどう?」


 誉は少し恥ずかしそうに、だが決して目を逸らさずに真っ直ぐに名前を口にした。その目は今までフォルティスが受け止めてきた、恐怖、軽蔑、偏見の視線とは全く違うもので、少し驚く。その驚きでデブが何も言えなくて、誉はその沈黙が気まずいのか、慌てて言葉を続ける。


「意味はラテン語で勇敢やねんけど……どう?」

「ちょっ……ちょっと自分には、お、恐れ多いで」

「ええから、ええから、受け取っとけ。あのな、俺は一個もお前が勇敢じゃないとか思わん。それでも、自分自身がそう思えへんねんやったら、これからもっと頑張ったらええ。フォルティス、その名に恥じひん生き方をしようや」


 誉の言葉は光のようにフォルティスを照らした。その光は暖かく、今までの彼の冷えきった記憶を蒸発させてしまうほどだった。


「……は、はい!」

「それにな、お前の二重人格さ、解決するアテもあんねん」

「えっ……」


 誉の言葉に、フォルティスは驚いて逆に何も聞けなかった。


「まぁ直ぐに分かるわ。って、そうこう言ってるうちに、エメがおる部屋ちゃうん?」

「あ、こ、ここです!」

「よし、じゃ入るぞ」


 そう言って誉はドアを開けた。



◇◇◇



「やば、この部屋」


 戦闘が始まるまでは、ただの取り調べ室のような見た目だった部屋は変わり果てていた。あちこちの壁や地面が凹へこんだり張り出していたりで、まともに進めない状態だ。


「あ、無様に負けたボクを見に来たのかなぁ?」


 エメは天井から床まで突き刺さる鉄棒によって部屋の隅に閉じ込められている。そんな発言を無視して誉は、後ろに居るフォルティスに困ったように声をかけた。


「これ、あっちまで行けへんやん」

「か、解除しましょうか? エメさんも出てきちゃうんですけど」

「ええよ、ええよ」


 誉の了承を聞いたフォルティスは前に出てきて、ゆっくりと手を前に出した。すると、部屋中の壁や天井、そしてエメを閉じ込めている鉄棒が溶け始め、最後には全てがフォルティスの体に還っていた。


「あれぇ、ボクを出しちゃって良かったの?」


 自分を出したことに驚き目を丸くしながらも、エメはそう聞いた。


「良いやろ。1回負けてんのに、まだやんの? って感じやし、それに二ネットがエメを俺らに貸すって言ってたで」


 そう言って誉はスマホで録音した音声をエメに聞かせた。


「はぁ? なんで二ネットが、勝手にボクを貸したりするのかなぁ? ボク、物じゃないんですけど?」

「まぁ落ち着けや、貸すっていうのはモルフェウスを一緒に倒そうってだけやん」


 苛立っているエメに慌てて誉は付け加える。


「モルフェウス……?」


 エメは頭を傾けて思案する。が、直ぐにその言葉の意味に思い当たったのか、ぽん、と手を叩いた。


「あー、そういうことかぁ。困ってたんだよねぇ、魔女のみんなはボクに夢を見せたくない! って嫌がるし、信者はみんな既にモルフェウスにやられてるか、私が洗脳したかの二択で夢がおかしいし。まともな夢が必要だったんだぁ」

「あ、ちなみにやけど、コイツ、フォルティスの夢には入らせへんで。他の奴の夢を使ってもらう」

「……」


 誉の言葉にエメはそっぽを向いた。


「さっきからずっと俺じゃなくてコイツのこと見とったやろ。そんなに悔しかったんか? 負けたんが」

「……違う。」

「あぁ、違うやろうな。それはそういう目じゃない」


 誉の正確な指摘にエメはギョッとしたような表情をして、諦めたように話し始めた。


「……はぁ~、目だけでそこまで分かるのかぁ。仕方ないな。ボクはね、二重人格を研究しなきゃいけないんだ、絶対に」


 スっと真面目なトーンに変わってエメは語り始めた。


 子供の頃、魔法が天才的に優秀だった親友が居たこと。その親友は体の中に異なる二つの人格を有していて、たびたび自分に相談をもちかけていたこと。しかし、何もしてやれないままに、最後には人格破綻を引き起こして壊れてしまったこと。


 淡々と事実だけを述べるエメだったが、伏し目がちで言葉を吐く彼女からは、何度も頭の中で反芻してきたからこそ淀みなく言えているような、そんな印象を誉は受けた。


「今でも夢に出てくるんだ、アイツの顔がさ。なんで助けてくれなかったんだって」


 自虐的に笑ってエメはそう言った。


「で、でも! ま、まだエメさんもこ、子供だったんだし……」

「仕方ない? そうやって割りきれたら、楽かもしれないけどさ、ボクはそこまで器用じゃないみたい。今でもずっと後悔してる、絶対にあの時ボクは何か出来たはずだって」

「……すまんな。俺は軽い気持ちで、好奇心でフォルティスの二重人格を研究してくれるやろって思ってた。そんなに、強い気持ちがあったとはホンマにごめん。話させてしまって」


 誉は真っ直ぐエメを見つめて頭を下げた。


「いいよ、いいよ。どうせ、君はボクが二重人格を調べたい理由ワケを聞かないと納得してくれなかったでしょ? 」

「そら、まぁ確かに。大事な仲間を預けるわけやからな。でもまぁ、これなら安心かな。フォルティス、あとはお前が決めろ。俺はもう止めへん」

「じ、自分がき、決めるんですか!? 」


 突然、自分に振られてフォルティスはびっくりしたような声を出した。


「フォルティス……いや、フォルちゃ~ん、お願~い」


 エメも元の調子に戻って、手を合わせる。


「自分で決めるんや、自分のことやろ」

「……じゃ、じゃあお願いします。こ、断る理由も無いし、自分も、このままじゃいけないって思ってるんで……」


 少しの間考えたあと、フォルティスは意を決したかのように唾を飲み込んでそう言った。


「いぇ~い」

「じゃ、移動するか。そろそろ向かわな向こうの戦いも終わったやろうしな」

「そ、そうですね。」

「ん? 何処どこに行くの~?」

「お楽しみや」


 ニヤッと笑って誉はそう言った。

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