CHAPTER.26 壁はみな扉である

 誉とプロ子、そしてフォルティスは『武器屋』に来ていた。路地裏から地下へと続く階段を下りた先、『ナラザル』に載っていた情報通りの場所に店は構えてあった。


 カランコロン、と軽快なリズムを奏でるドアとは正反対の薄暗い店内。


 六畳ほどの小さな店内は、壁に固定された棚と中央を避けるように左右に置かれた胸くらいの高さの小棚で埋め尽くされている。それもどの棚にもびっしりとガラクタかそうでないか判別のつかない金属製品が置かれており中には埃の積もった商品もあった。


「いらッッッしゃいマセっ!」


 暗い店の奥から芝居掛かった耳障りな高い声が聞こえ、声の主はカツカツと革靴を鳴らしながら現れる。


 右眼は黒の眼帯と長い金髪に隠されているが、左目の重瞳ちょうどうにプロ子は少しギョッとした。


「ココじゃッご法度ですよッ、お客サマ!」


 そんなの、とはフォルティスによる誉の変装だ。

 誉の素性を隠すためにフォルティスを呼んだが、店に入ると同時に能力が解除されてしまった為、ただ手の内を晒すだけに終わってしまった。


 誉の指示でプロ子も戦闘モードへ移行しようとしていたのだが、どうにも上手くいかず焦りが表情にも出る。


「ンン? 別にっドゥワーに仕掛けはありませんよっ?」


 うざったらしくドアを発音する男だが、誉たちの考えを完全に見抜いていた。何を考えているのか、どういった能力なのか読めない男にフォルティスは怯えるように目をそらす。と、フォルティスの目に『イーデェムできーる』というばかげた名前の商品が映った。


「すまない。こっちも敵意はないんだ」


 あらゆる能力が店内で封じられることを悟った誉は穏やかにそう述べる。誉としても、この情報だけでも大きな収穫だ。できるだけ穏便にことを済ませたかった。


「ちょーっと待ってくださいねッ」


 誉をじろりと見た後、男は何かを探しているのか近くの棚を無造作に手であさる。あまりにも無造作なので、積んであった瓶や何に使うかも想像できない機械が床に散らばった。


「アッ! ワタクシっ、『武器屋』の店主やっておりマス、ジェントルっという者デスっ……ア、ありましたありました」


 丁寧に腰を折って自己紹介しながらもジェントルはお目当てのもの……虫眼鏡を見つけたらしい。手についたほこりを払いながら、虫眼鏡を通して誉たちを見た。


「コレがッ気になりますか!? お目が高いッ!」

「いや、別に気にならんけど」


 テンションが高いジェントルマンとは程遠い男との会話が誉は少し面倒に感じてきた。


「コレはデスねッ! 名付けて『おまえの正体わかルーペ』っ!!」

「いや、ネーミングセンスどないなっとんねん」


 ツッコまれてジェントルはさっきまでのテンションが嘘だったかのようにしゅんとする。そこまでダメージを食らうと思っていなかった誉は慌ててフォローしようとするが、プロ子とフォルティスは珍しくうろたえる誉に噴き出した。


「ちょ、そんなしょぼくれんといてーや。悪気はなかってん」

「いや良いんですよ……ほんと、ネーミングセンスとか無いんで、ハイ」

「いやいやいやいや、名前なんかどうでもええやんか。な? 大事なんは性能やんなぁ?」

「あ、はい!!」


 突然、誉に振られてフォルティスが返事をしてしまったのでプロ子も仕方なく賛同する。


「……まぁ性能は大事だね」


 三人の言葉にジェントルはすくりと立ち上がった。


「そうですッ! 皆さんはよく分かっていらッッッしゃる!名前なんてどうッッでもいいのデス!」


 右手を胸に当て大声で叫ぶジェントルの瞳は涙であふれていた。


「ワタクシっ感っ動いたしマシタっ!」


 完全に立ち直ったジェントルを見て誉は慰めたことを後悔した。


「ではッ、このルゥゥーペっの真の力を見せましょう!」


 ジェントルはそう言って、フォルティス、誉、プロ子の順で『おまえの正体わかルーペ』越しに観察した。


「なるほどっ! これは実にッ面白いですネっ!」


 本当に面白そうにジェントルは声高らかに叫んだ。

 

「一人はッ、ルダス星人のフォルティス、旧名デブさん! 今は尊敬している誉の役に立ちたいと思っている。一人はッ百年先から犯罪者逮捕のためにやってきたアンドロイドっっ! プロンプターさん! ここにはッ、を捕まえる偵察に来ている、と」

「くそっ不味まずった! 逃げるぞ、撤退や!」


 まさか目的まで見抜かれると思っていなかった誉はプロ子を押して店から出ようとする。


「ン~、バタンっ!!」


 ジェントルの声に反応するように店のドアが閉ざされる。


「まぁ落ち着いてくださいッ! あけぼの高校三年二組17歳の誉さん? 最終的にはワタクシを捕まえるつもりみたいですがッ。ワタクシ何らお客サマ方をッ危険視していマセンっので!」


 自信ありげに堂々と誉たちを舐めている、とジェントルは言った。


「えらい自信あるみたいやな」

「当たり前ッ、オフコースってやつですよ! お客サマ方はここじゃ、な~んの異能も行使できないッ!対してワタクシの力は奇跡ミラクルっで……っおお!」


 誉はジェントルが喋り終わる前に殴りかかった。腰が入った強烈な右ストレートは、余裕で躱される。


「えっ、ちょっ誉! あぶないって」

「そっ……そうですよ、僕たち能力も使えないですし!」

「ちょっと試したかっただけや」


 直ぐに誉は後ろに下がり降参のポーズをとる。


「なるほどな。敵意ある攻撃じゃなくて、敵意ある人外の攻撃っていう縛りなんやな」

「……イエス、と答えておきましょうッ!」

「じゃあ仮に俺がそこら辺の警官から銃奪って、それで襲撃したら?」


 誉はここぞとばかりにジェントルへ質問をぶつける。


「ノォォープロブレムっ! そういう時は『これで八日目クリエイション』っ!」


 目を瞑っても焼かれるほどの光と共にジェントルの右手に防弾チョッキが顕現する。


「ワタクシっの能力は、望んだモノっを望んだままッに生み出す奇跡ミラクルなのデスっ! 例えば水爆でさえも!」


 望んだものを望んだままに、あまりにも次元が違う能力に三人は驚愕した。


「プロ子、作戦変更や。こいつは流石に捕まえられへん。『笛の男』から狙うぞ」

「……うん。ちょっと、強すぎるかもね」


 珍しく弱気になった誉はプロ子を連れて、そのまま店の外に出る。


「ちょっ……ぼ、自分を置いてかないでくださいっ!」


 慌てて後を追うフォルティスをジェントルはにこやかに見送った。

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