CHAPTER.22 運命は我々の行動の半分を支配し、残りの半分を我々自身にゆだねている

 未知の敵からのメッセージが来てから既に二時間が経過していた。誉たちは廃工場に留まり、未来を見ることが出来るという男の目的や対処を話し合っていたが、情報も少なく沈黙の時間が次第に多くなる。同時に、三ヶ月後に自分たちが死んだという事実が重くのしかかり空気はどんどん暗く落ち込んでいく。


 その様子を見かねた誉はおもむろに立ち上がった。


「よし! まぁ、こんなもんで今日はやめとこか!」

「そうやな。いつの間にか日も落ちとるしお腹減ったわ」


 誉に賛同する形で惣一も立ち上がり、お腹をさする。


「あ……で、でもっ、僕達死んじゃうかもしれな」

「あのな、そんなん考えてもしゃあないねん。そら三ヶ月後に俺らは死ぬかもしれん。でもな、そんなん言うたら此処に飛行機落ちて全員今から死ぬかもしれんし、どうせ100年も経ったら皆死んで……は無いかもしれんけど、人間の俺は死ぬ」


 フォルティスの心配に誉はそう諭し、惣一もそれに続いた。


「そうや。作戦を考えるにも情報が不足してる今、やれることはやった。それに『上』との連絡も取れてへん」


 そう、未だ『上』との通信は復旧していなかった。しかしそれは誉が次に捕縛すべきアリメンタムが分からないという訳ではない。たまたまプロ子のデータに次にウズルパが捕食しようとしていた者の情報が3人分残っていた為、三か月間つまり男との決戦まではそれらの3人が目下の捕縛対象としようと誉はプロ子と決めていた。


「そんな中、次にすること……っていうか出来ることは休息をとることやろ?」

「なるほど……そうですね」

「ちょっと! こいつはどうするつもり!?」


 マノンは自身の水魔法で捕まえているウズルパを指した。エメの魔法によって昏睡状態になり、マノンの魔法によって空中に浮かぶ水球に閉じ込められているウズルパは何かの実験体のように見えた。


「うわ、完全に忘れとったわ。どうしよ、プロ子一応聞いとくけど送還出来ひんねんやんな」

「うん。多分未来がまだ不確定だからだと思う」

「ん~、じゃあモルフェウスに聞いてみるぅ?」


 エメの提案に誉はその手があったか、と手を打った。


「ちょっと。どうやってモルフェウスと連絡を取るのさ」

「夢の中にまた行くのー?」


 不思議そうにする仲間を見てエメは得意げに笑った。


「実はねぇ~ボク、モルちゃんから直接魔法もらったんだぁ」


 それを聞いた魔女全員がエメの期待通りに驚きの表情を見せる。マノンに至っては口をあわあわさせて喋ることもままならないぐらいだ。


「最後に確認されたのが一千年前っていう、アレかい!?」

「クソが、全く着いて行きゃ良かったぜ」

「……羨望嫉妬SHIT

「んっ……シットの発音完璧すぎでしょ。ま、皆はせいぜい外から解析でもしててね~」

 

 ファイエットは通常運行だが、思わぬシヴィルの罵倒に笑いを堪えながらエメは魔法を発動させた。


接続魔法コネクトマギア展開アクティベーション


 エメの声と共に地面が、空気が、心が震え、思わず全員が手を付いてしまう。真っ白な雲がどこからが現れ、廃工場の天井を塗り潰し、そこに一点の穴が空く。


「おぉ、凄いな」


 誉は思わずそう呟いた。みな口に出さないでいたが、同感だった。モルフェウスの力の奔流に気圧され、エメ以外の魔女は解析どころでは無かった。エメも必死にモルフェウスの魔法を自身の魔力操作で安定させようとする。


「おう! どうしたんだ!?」


 雲の中心にぽっかり空いた穴からモルフェウスは顔を出す。


「みんな揃ってるな! おっと! 魔女の諸君、我の魔法は一介の人間に真似できるものでは無いぞ!」


 必死に解析魔法を発動させる魔女たちを見て、一切の遠慮無く神と人間の差を告げるモルフェウスにファイエットは眉をひそめた。


「は? ……ったくお前ら神は直ぐに、私たちを人間と同列にっ!」

「ファイエット、落ち着きな。今は喧嘩してる場合じゃない。まぁ向こうは煽ったつもりも無いんだろうけど」


 諌める二ネットも少しいらっとしているようだが、一先ず下がった。


「身の程は弁えているようだな! それで何の用だ!?」

「モルフェウス、お前に頼みがあんねん」


 これ以上喧嘩されても面倒だったのか誉は本題へ移ろうとする。


「ほう、何だ?」

「ここにおるウズルパ、そっちで捕まえといてくれん?」

「良いだろう! 俺も! 私も! 僕も! 暇で暇で仕方が無いんだ!」


 快く了承したモルフェウスは直ぐに雲中の穴から手を伸ばし、水球に囚われているウズルパを回収する。誉が感謝を述べると、モルフェウスは笑って手を振りそのまま夢の世界へと帰って行った。


「さて、と。ほんなら俺らも、もう帰ろーか」


◇◇◇


視点:プロ子


「ただいまぁ〜」


 私は誉と共に帰宅していた。その途中、自分自身がウズルパに浸食されてからの話を誉から聞かされた。寄生されている間も若干の意識は保っていたが改めて聞くと、誉はとんでもないことをやってのけたものだ。


 そして、家に着き、誉がドアを開けたと同時にバタバタと玄関まで慌ただしく駆け寄る足音がする。


 ──あ、やばい。完全にアヴィス化するの忘れてた。


「誉っ! どこ行ってたん!?」

「おかん。もう大丈夫な」


 そんな心配を他所に誉の母は誉の姿を視界に入れた途端、そのまま誉を抱き締めた。


 一瞬のことで見えなかったがかすかに目に涙が浮かんでいたようにも見える。誉の肩に顔をうずめて心配を伝える様子を見て私は少し居心地が悪くなった。それにしても高校生の息子に心配しすぎな感じはするけど。


「もう、心配しててんから!」

「ごめん、遅くなってもうたわ」

「はぁ~、もう。おそなるならちゃんと言ってや……って」


 ようやく感動の再開ムードが終わり、誉の母は私を認識した。


「あら、えらい可愛かいらしい子やなぁ!」


 彼女はさっきまでの心配が嘘だったかのように、にやにやとしながら誉と私を見比べた。大方、私を誉の彼女かそれに準ずる者だと思っているのだろう。


 家に入るときは一瞬焦ったが、私はもう自分が誉の母に姿を見せてしまったことを心配していなかった。なにしろこちらには誉が居るのだ。なんとでも誤魔化してくれるだろう。

そう思って誉のほうを見たが、誉は何も言おうとしない。それどころか下を向いてしまっていた。


「あ、初めまして。えっーと私」

「そんな恥ずかしがらなくても分かってるから、ね?」


 誉が意外な反応をしたせいで私も言い淀んでしまった。これで完全に私は、彼女認定されてしまっただろう。


「……おかん、夜ご飯ある? 俺とあるならプロ子の分もあると助かる」


 誉はこれ以上私の話を深堀りされるのが嫌だったのか、そう聞きながらダイニングのほうへ歩きはじめた。



◇◇◇



「いやぁそれにしても誉のお母さん、ホントに料理上手だね」

「せやろ。特に今日のカレーはおかんの得意料理中の得意料理やからな。一時期スパイス集めにハマってたからマジで本格的やったやろ?」


 夕食を終え、冷やかされながら別々に入浴も済ませた私たちは誉の部屋にいた。その間中、誉はずっと無口か、話しても無愛想に最低限といった具合で、おかげで私は、おしゃべりな誉の母に偽りの身の上話、片親で唯一の母もほぼ家に帰っていない為ずっと家に一人、という設定を信じ込ませることに苦労した。


「誉、お母さんの前では口下手なんだね」


 私のからかうような調子の質問に誉はくるりと座っている椅子を回しながらうーん、と唸った。


「なんかなぁ嘘つかれへんのよな。ばれるばれへんの話じゃなくて、申し訳なくなっちゃう」

「あーそれ分かるかも。あんなにきれいな瞳で見られたらねー」


 私はずっと気になっていたことを聞くか逡巡した。が、どのみち私が気になっていることは誉も察しているだろう。その証拠に誉は目線こそ向けないが私の言葉を待つかのように何も口にしない。


 私は意を決して聞いた。


「お父さんは居ないの?」

「まぁ、いつかは話さなあかんよなって思っててん」


 誉は観念したかのように話し始めた。


「アイツ、俺の父親つっても育ての父親だ。本当の父親はとっくの昔に死んじまったらしい。まぁアイツは、今だからこそ言えるけど毒親ってやつやったんやろうな。物心ついてからアイツがおらんくなるまで、俺は自分っていうのを外に晒したことは無かった」


 誉の言葉には節々に恨みがこもっているように感じた。

見た目こそ、天井を見ながら他人事のように語っているが、声にはどす黒い感情が滲み出ていた。


「俺には5つ上の兄がおった。名前はひびき。ひび兄と俺はアイツに支配されていた」


 兄がおった。

 過去形の言葉に私は父について聞いたことを、後悔した。しかし、もう戻れない。しっかりと私は誉の言葉を受け止めなければならない。それが私の役目だから。


「アイツは自分の命令に背いたら平気で俺たちのことを殴りつけた。それだけやない、その責任は母にも有るはずだと言っておかんにも同様に暴力を振るった。いやもう従うとか従わないとかの問題でも無かったな。アイツの気に入らないことをしただけで、俺たちは怪我を負わされた」


 誉はスリッパを脱いで足の甲を見せた。そこには痛々しい根性焼きの痕が残っている。幼い頃から、自分の親が暴力を振るう。私には想像もつかない話だった。


「そしてそれは、時間を重ねるごとに酷くなっていった。日々が綱渡りや、一つのミスが家族三人の怪我に繋がる。俺はその中でアイツの表情を観察することにした。何がアイツをキレさせるんか、何がアイツの機嫌を良くするんか全てを把握するために。そんで徹底的に自我を押し殺した。アイツに二度とひび兄とおかんを殴らせない為に」


 誉はもう怒りを隠さなかった。拳を握りしめて、懸命に感情的になるのを抑えようとするが、滲み出た血が怒りの強さをあらわにした。


「でも、結局それは起こった。忘れもしない10年前、事件は起こった」

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