CHAPTER.17 備えよ。 たとえ今ではなくとも、チャンスはいつかやって来る

語り手:ナキガオ


 プロ子さんが出ていった後、私たちはまたテーブルについて話を始めました。

 一通り自己紹介をして、私は驚きました。誉さんはただの人間だったのですから。


「あ、結局身代わりに誰使ったん?」


 誉さんは私が連れてきた男について質問をする。


「誰、というのは正確じゃありませんね。私が連れて来たのは、デブさんのドッペルゲンガーです」

「ドッペルゲンガー?」


 怪訝な顔をする誉さんに私は直接彼女と会わせることにした。


「ええ、ダブル? 出てきて下さい」


 私はいつも通り天井で忍者ごっこをしているであろう友人に声をかければ、渋々といった様子で逆さ向きに彼女は顔を出す。


「……仕方ないな」

「おおっ!」


 忍者のように天井から現れたダブルに誉さんは思わず声を上げた。


「デブさんは?」


 さっきまで自己紹介の場に居たデブさんをダブルが連れて行ったのを思い出し、私はそう聞いた。


「操作を頼んでる。あのアンドロイド相手では、私の操作じゃ厳しいからな」

「なるほど、ありがとうございます。誉さん、こちら、ダブルは私の友人です」

「どうも、ダブルです」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 忍者のカッコをしている天井から現れた彼女に、誉さんはそこまで動揺は見せなかった。


「じゃ、私はデブの方に居るから」

「ええ、ありがとうございます」


 私は直ぐに去ろうとするダブルを引き止めずに感謝を伝えた。


「すみませんね、少しシャイなんです」

「いや、ええねんけど。どゆこと?」


 誉さんは当然の疑問を口にした。


「誉さんはドッペルゲンガーってご存知ですか?」

「ん、知ってるけど。アレやろ、出会ったら死ぬ的な」


 凄くアバウトな解釈に私は少し笑ってしまった。


「ダブルはそれの生みの親です。彼女が、色々な人のドッペルゲンガーを生み出しているのです。そして、彼女も言っていましたが、ドッペルゲンガーをきちんと操るには操作が必要でして。その際に本人に操作してもらうのが一番、自然に動ける為、今デブさんが操作しているってわけです」

「……なるほど、それを身代わりに使ったんか」


 誉さんは得心した様子で頷く。


「それでですね、お聞きしたいこととはなんでしょうか? おそらく、あのアンドロイドについてだと思うのですが」


 わざわざ、あのアンドロイドをこの場から遠ざけたことからもそれは明確だった。


「話は昨日、そうプロ子と会った日に戻るんやけどな……」


 そう言って誉さんは語り始める。


「……ってわけや。どうや? なんか怪しくないか?」

「そうですね。……推測ですが、プロ子さんが未来から来たアンドロイドというのは事実でしょう。また、過去に戻って犯罪者を捕まえるというのも。しかし、決定的におかしいことが一つあります」

「なんや?」


 誉さんは早く聞かせてくれ、といった様子で相槌を打つ。


「出会った時の、結界ですよ。結界というのはですね、特別なものなんです。この広い世界でもたった1種族のみが使えるものなんです。さらに、一人一人に成人の儀で与えられるもので、種類もそれぞれ違うんです」

「結界は1種族しか使えへんし、その種族でも1人1種類の結界しか扱えへんってことか」


 理解の早さに私は少し驚いた。


「そういうことです。例えば、このテーブルに張ってある結界。これは、ここで話している内容が周りには聞こえないという特性があります。そして、この結界を張ってくれた者は『自分以外にはこの結界は張れない』とも言っていました。それくらい結界というのは特別なものなんですよ」


 私は、かつてこの結界を張ってくれた者を思い出しながらそう言った。


「……それをプロ子が使えてんのはおかしいってことか」

「ええ、しかし、彼女がアンドロイドの身体を持つのも事実。よって、これらが指す事実は一つ」


 誉さんも気付いたようだ。


「……乗っ取られてんのか」

「おそらく。しかし確証までは無いし、何が目的なのか、どの種族なのか、まで見極めたいですね。欲を言えば、実際に戦っている所を見たいところ。あ、あと勝ったあとにデブさんをどうするのかも」


 私の言葉に、誉さんはニヤッと笑った。


「それなら、ちょうど良かった。さっきマンションの前におった奴、惣一って言って友達やねんけど、今撮影してくれてるはずやから。後でナキガオに送ってもらうようにするわ」

「……ちょっと待ってください。私もタダで協力するほどお人好しではありません。一つお願いがあるのですが……」

「ほう、どんなお願い?」

「その前に少し、昔話を……」


 私は自身の出自を話した。


 簡潔にただ要点だけを、だが。花が自我を持ったのが自分だということ、育て主が何者かに殺されたこと。そして、その犯人は人では無かったことを。

 

 たったそれだけ話した、それだけで十分だと判断したからだ。


「……というわけなのです。それで、プロ子さんが自我を取り戻せば、犯罪者のデータベースにもアクセス出来るはずなんで……」

「なるほどな、犯人を見つけたいわけか。うん、ええよ。そんくらい」

「軽々しく了承するのですね」


 私は少し不安に思ってそう聞いた。


「まぁ、俺が頑張るわけじゃないしなぁ。それに、プロ子はそういうの許さへん質やと思うから、喜んで協力してくれると思うで」

「……何故分かるのですか? 許さない質だと。まだ、貴方は本当のプロ子さんに会ってもいないのに」


 私の言葉に誉さんはまたニヤッと笑った。さっきよりも不敵に。


「勘や」


 堂々とそう言い放つ彼に私はまた少し笑ってしまう。


「ふっ……じゃあ交渉成立ですね。早速ですが、少し見てもらいたいものがあります」


 私は、町中の様子を映すモニターを見せた。


「えらい夜中やな。……ん? なんやこいつら」


 そう言って、フラフラとパジャマで歩く人達を指さした。


「おかしいでしょう? おそらくですが、この方達はモルフェウスに干渉されています」

「モルフェウス?」


 聞き慣れない単語に誉さんは眉をひそめた。


「ええ、魂を喰らうことが出来る生物です。しかし、彼らの最たる能力は精神展開。対象の精神世界を現実に引き出すことが出来るのです」


 それを聞いて直ぐに誉さんは私の意図に気づいた。


「それって……プロ子の中身引きずり出せるやん!」

「やはり、貴方は賢いですね。しかし……彼らが居る場所が問題でして。彼ら、夢の世界に住んでいるのです」


 私の言葉に「げぇ~」と彼は顔で表した。


「夢の世界ぃ~? ほな、あかんやん。せっかく弱点見つけたのに。」

「そうです、弱点なんです」


 私はわざと含みを持たせてそう言った。


「……そうか。プロ子はモルフェウスを天敵やと思えるんか。ってことは、プロ子はモルフェウスを殺そうとするはず。どうにかして、入れる方法を見つけてくれるかも……」

「ええ、プロ子さんに話してみて下さい」


 私は、期待以上の理解力を発揮した誉さんにそう言った。


「よし、一応これで作戦は立てれたな。あ、あとさ、ナキガオの嘘を見破る能力って、相手と向き合わなあかん?」


 私にはその質問の意図が読めなかった。


「いいえ? 声さえ聞ければ問題ありませんが」

「いやな、俺プロ子の嘘、見破られへんねん。だからさ、ずっと電話繋っぱにしとこーや」

「なるほど、それは名案ですね。……これ、私の連絡先です」

「あ、名前どうしよ。『ナキガオ』じゃ見られたら終わるしなぁ。」

「そうですね、真逆の『Emi』なんてどうでしょう?」


 私の提案に誉さんは感心したように頷いた。


「ええやん、ええやん。そうしとくわ。」



◇◇◇



「……というわけです」

「分かったか?最初っから、お前を嵌めるためやってん」


 誉は楽しげにそう言った。


「そして、プロ子さん。貴方が貴方の自我を残したままに乗っ取られていると確信したのはその日の夜です。私は、惣一さんから送られてきた動画を確認しました。すると、何故か貴方は人払いの結界を張らないではありませんか。それに、デ……あ、フォルティスさんのことを、あろうことか食べましたよね?」

「そう、食った。アレは衝撃的やったなぁ。やのに、君が帰り道に言ったらしい『未来に送還した』という発言にナキガオは嘘を発見できなかった」


 惣一は、プロ子がフォルティスを食べるとこを思い出して、再び身震いしつつそう言った。


「……


 静かにプロ子は以前自分が考察したことを口にした。


「おや、よくご存知ですね。貴方は嘘をつくつもりが無いまま嘘をついた。これが決定的証拠となったんです。そして、貴方の正体も分かりました。『ウズルパ』ですね? 寄生し、能力保持者を喰らうことで一度のみその力を使えるとか」

「……あぁ、そうだ」


 一気にプロ子、いやウズルパは声のトーンを落としてそう言い放つ。


「わざわざ、プロ子を狙ったのも素で強いボディが欲しかっただけなんやろ?」


 誉の推理にもウズルパは、にべも無く頷いた。


「あぁ、そうだ。それで? 謎解きは終わりか?」

「いやいや、まだやで。まぁ、ゆっくり聞きーや。どうせ時間はたっぷりあるんやから」


 惣一はそう言って、少し苛立った様子で開き直ったウズルパを宥める。


「……そうそう、で家のおかんがモルフェウスに襲われたわけなんやけど。まぁ、それは計画に無くて流石に焦ったな。しかも、お前はモルフェウスのこと見つけれてないし」


 ただ……と続けようとした誉を代わりにナキガオが話す。


「繋ぎっぱなしの電話から貴方たちの話を聞いて、私は絶好のチャンスだと思いました。なぜなら、魂魔法の使い手がSESには居るのですから。つまり、モルフェウスに会える、と。ま、貴方もそれが狙いで次の標的をSESにしたんでしょうけど」

「それに、お前が言ってたSESの悪行の話、未来の話はともかく今の話は大嘘やったな」

「そうだよぉ、まったく」


 また一人、影から現れたのはエメだった。


「……誰?」

「エメ、魂魔法の使い手や」

「あの時ひとり居なかった魔女か……欲しかったなぁ、その力」


 ウズルパは恍惚としてそう言ったあと、すこし考え込むようにした。


「私も考えていたことだが、コイツのおかげでお前らはモルフェウスに接触できたわけだ。ただ、もうコイツがここに居る理由はないだろう? メリットが無い。それに、どうやってモルフェウスを仲間にした?」

「それは、僕が説明するわ」


 そう言って、惣一は過去に起きたことを順に話し始めた。

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