CHAPTER.4 心の中の未来に相応しいビジョンを描け


マンションに入る前、俺がプロ子に耳打ちした内容は三つ。

一つは心を読む能力を持つ奴はいるのか。今回の作戦に限らず、これからの為にも聞きたかったことや。


「心を読める系っておるん?」


そう聞くと、プロ子は正確に読める種族は私の知る限りは知らない、と答えた。


「正確に?ってことはある程度は読める奴がおるってこと?」

「うん、嘘を見抜く種族は結構居るね。今回のカジノにも警備員的な感じで配置されてるかも」

「……それくらいなら、まぁええか」


嘘を見抜く程度なら何とかなるやろ、要するに嘘をつかなければ良いだけやからな。向こうに主導権を握られて、二択を迫られん限りは大丈夫や。

そんで二つ目、これがキーや。 それは、プロ子が鳥化時の隠密性について説明した時に思ったこと。


「人間の姿になったら直ぐに探知されちゃう」


そうプロ子は言っとった。つまり理外の奴らは人か人でないかをなんらかの方法で探知出来るんとちゃうか? つまり、それを逆手に取れば俺を人間じゃないモノと誤解させることも可能なんちゃうか? 俺はそう考えてプロ子にこう聞いた。


「鳥化時に、ワザと存在感放つとかって出来る?」





最初、私はその質問が理解出来なかった。確かに可能だが私にとって、鳥化とは唯一の隠密手段であり、自らバレるようなマネをするなんて荒唐無稽な話に思えた。

でも、誉は


「自分で人間じゃない!って言うよりも、向こうが勝手に誤解する方が何倍も楽や」


なんて言って、誤解させることにこだわりを見せていた。

確かに、今の状況で向こうは完全に誉の正体について、人間という選択肢を最初から外している。もし、誉が人間だと最初にバレていたらルダス星人のフリをしている時点で殺されていただろう。

じゃあ、真似をせずに無知な人間のフリをすればいいと思うかもしれないけど、それでは適当にはぐらかされて部屋に入れなかっただろう。

では、普通の人間じゃないモノとしてなら普通に入れたかと言うとそうでも無い。おそらくは、人間でない証明を迫られていただろう、そうなるとゲームオーバーだ。

種族は不明だが人間じゃなく、話が通じない狂人と思ってもらえたからこそ、結果的に殺されずに入れてもらえ取り調べという対話の場に持ち込めている。

そして3つめの質問を誉は私にした。


「惣一、尾けてきてるやん?多分俺が珍しく部活行かんかったせいで尾けてるんやと思うわ」


共通認識みたいに彼は言ったけど、私は一切気付いていなかった。でも、そう言われて後ろを窺うとサッと陰に隠れる人影が確かに居た。


「ちょっと巻き込んでいい?」


これが三つ目の話だった。

でも、それは首を横に振らざるを得なかった。


「ダメ、キミが思ってるよりも人外種族の件は繊細な話なの」


私がそう言うと誉は慌てて否定した。


「あ、ちゃうちゃう。そんなガッツリ打ち明けるんやなくて、利用していい?ってこと」

「利用?まぁ、それなら良いけど……」





そして話は今に戻る。

カジノの喧騒と、二人がついているテーブルは隔絶されていた。雰囲気的な話だけではなく、実際になんらかの干渉がテーブル自体にかかっているようだ。


「俺の正体か、それは……」

「おっと、嘘はつかないでくださいね。私、分かるんです」


プロ子はそこで勘づいた。

今、誉の目の前に座っている男が誉にとって最悪の相手だということに。カジノに入る前に誉に言った嘘を見破る種族の1つが相手だということに。


「自己紹介がまだでしたね。私は、この裏カジノの干渉体観察員、いや……少し難しい言い方をしてしまいました。え〜、セキュリティ面のマネージャー、みたいなものです」


その種は相手の嘘を看破することで、嘘をついたものを死に至らしめることが出来る。つまり、誉にとって最悪の相手だった。


「そして私はムスカリ族のナキガオです、以後お見知り置きを」


ナキガオは、以後があったらの話ですが。という言葉を飲み込んだ。二十年以上も各地のいわゆる「裏」の場所で働いてきた彼だったが、今まで、ここまで真意を読み解けない男は居なかった。長年の勘が、この男は危険だと告げていたが証拠も無い状況で無下に扱うわけにはいかない。

そういった考えで、最後の皮肉は口に出さないでおいた。


「えぇ、こちらこそ宜しくお願いします」


プロ子は半ば呆れる。

似合わぬ敬語で、作り笑いをする誉が別人に見えることに。嘘を見抜くムスカリ族が相手だというのに、誉はひとつも焦りを見せずむしろ余裕の態度だった。


「さて、ナキガオさん。いや……それも本当の名前じゃないみたいだが?」

「……驚きました。貴方も嘘を見抜けるとは、いよいよ正体を知りたくなってきましたね」


驚いたのはナキガオだけで無くプロ子もだった。

誉の異常な観察力が成せる技があまりにも人間離れしていたからだ。

生命が発する情報は無数にある。例えば目線の動き、例えば唾を飲みこむ間隔、例えば眉の動き……それらを読み解くことで誉は嘘をある程度見抜くことが出来るのだろう。

プロ子は理論上はそう推測したが、でも、それは理論の話。実際に行うのとは天と地ほどの差がある。だからこそ、ナキガオからすれば人間の御業とは思えないだろう。


「しかし私の名はナキガオで良いのです。本当の名前など、ずっとずっと昔から名乗ってないもので、忘れてしまいました」

「そうか、じゃあナキガオさん。そろそろ本題だ。アンタは俺が一人で乗り込んで来たと思っているようだが、それは間違いだ」


誉はそこまで言って一度相手の反応を待った。ナキガオはその言葉に嘘が無いことを確認して続きを促す。


「俺には、複数人仲間が付いている」


また少し時間が空いてナキガオはその言葉に嘘が無いことを確認した。


「……確かに、嘘はついてないようですが」

「信じられないか?じゃあ、外を見てみるといい。どうせ、カメラで直ぐ見れるだろ?」


プロ子は目の前で起こっていることを心の中で奇跡と形容した。突如として高圧的な口調に転じた誉は一切嘘を交えずに、本当のことをはぐらかしている。

確かに複数人の仲間は居る。プロ子と、惣一の二人だ。本当にカメラで外を見ると惣一は居て、実際は仲間といっても惣一とプロ子だけだが、ナキガオからすれば物陰に複数人の仲間が潜んでいると考えるだろう。


「なるほど、どうやら本当のようですね。しかし、それが何なんですか?」


未だナキガオも余裕の表情を崩さない。が、しかし次の誉の言葉が決定打となった。


「そうだよな、まだ一番大事なことを言っていなかった。俺達には、アンタ達全員に対抗、いや制圧するだけの力があるってことを。ほらアンタも政府の犬の存在くらいは聞いたことが有るんじゃないか?」


ナキガオの額に汗が浮かぶ。嘘をなんとか誉から見出そうとしているのか、必死に誉を見つめるが残酷なことに誉から嘘は検出されない。

絶望。

たった二文字の単語がナキガオの脳内を支配する。

この男が、政府側の人間だと気付かなかったのはナキガオで、彼をのこのことカジノの中に入れてしまったのもナキガオ自身だった。その自身の軽はずみな行為によって社会に馴染めずに、流れ着いた者達の憩いの場を自分が奪ってしまったことの責任感に押し潰されそうになっていた。


「……。嘘は無いんですね。願わくば嘘であって欲しかったんですが。この場所も……また終わりなんですね」


プロ子はナキガオの能力について少し考えていた。

プロ子は自分がこの場全員を制圧する力など無いことを知っていた。しかし、誉は出来ると思っている。だから、ナキガオは誉の言葉に嘘を探知できない。

つまり、ムスカリ族の嘘を見抜く能力も結局は、嘘をつく対象が嘘を認識していないと意味を為さないのだ。

そして、最後の政府の犬の話。

誉はただ、政府の犬って聞いたことある? と聞いただけに過ぎないにも関わらず、それをナキガオは拡大解釈をしてしまい……いや、させられてしまい、誉をこのカジノを取り締まりに来た政府の者だと勘違いしてしまった。

ようやく、プロ子は誉が「相手に誤解させる」ことに拘っていた理由が理解した。相手に言われたのはなく、自分でピースを集めて組み立てた事実をそう簡単に否定出来ないのだ。

それこそが、バレない嘘の最も簡単な作り方だった。


「いや、終わりじゃない」


誉はナキガオに強く首を横に振った。


「こんなこと言ったら怒られるかもしれないが俺はな、人間以外が肩身狭いこの社会では、ストレス発散出来るここみたいな場所が不可欠だと思ってるんだ。だから、俺もこの場所を壊すのはまったく本意じゃない」


絶望に打ちひしがれてるナキガオにとって誉の言葉は唯一の希望となった。


「一つだけこの場を守る方法があると言ったら?」


誉は無表情のまま頭を下げているナキガオにそう言った。


「……なにをすれば?」

「簡単な話だ。ルダス星人のデブを俺に引き渡してくれ」

「……っ」

「あぁ、分かっている。それが如何に裏カジノとしての信用を欠く行為なのか。しかし、俺も手ぶらで帰る訳にはいかない。幸い彼は、俺らが追っているなかの一人だ。彼だけでも連れ帰れば、プロ子……俺の上司みたいな者だが、満足してくれるだろう」


これが最大の譲歩と言いたげに誉は言い切って、ナキガオの返答を静かに待った。


「嘘はない……か」

「そうだ。さぁどうする?」


長い沈黙があった。

実際には5分程だったが、プロ子からすれば1時間にも思える沈黙だった。


「……分かりました、完全に私の負けです。少し待っていてください。呼んできますので」


とぼとぼと、ナキガオがカジノの奥へと入っていく様子を誉は少し申し訳なさそうに見ていた。


「くれぐれも、別の奴連れてきたりしないでくれよー!」


誉がナキガオの背に叫んだが、彼は少し立ち止まっただけでこちらを見ることもなく、また歩きだした。

誉は彼が人混みの中へ入っていくのを見送った後、おもむろに立ち上がった。どうやら、監視カメラの映像を見るらしい。ナキガオと誉が座っていたテーブルの横には無数のモニターがあった。

驚くべきことにそこにはカジノの周辺だけで無く、町中の様子が映っていた。プロ子もカメラを覗いたが、マンションの前に居た惣一は既に帰ったのか、映っていなかった。


「連れてきましたよ」

「あぁ、ありがとう」


ナキガオが連れてきたのは、体重百キロはありそうな巨体の男だった。なるほど、確かにデブという名に相応しい。

プロ子はナキガオがその男の首根っこを掴んで連れてきたことを見逃さなかった。人外の力は見た目に比例しないことは重々承知していた彼女だったが、それにしても生半可な力では無いナキガオに少し恐怖を覚えた。


「しかし、本当に重そうだな。擬態能力持ってるんじゃないのか?もっと軽くなれば良いだろうに」


そう聞いた誉だったが、デブはまだ自分が何故連れてこられたか分かっていないのか、返事をせずにキョロキョロするだけだった。


「質量自体は変えれないのですよ。いくら擬態しても、元が重ければこうなるしか無いのです。それにルダス星人にとっては質量イコール武器なんです」

「……?まぁいいか。そういう常識は適用されるんだな。あ、念の為言っておくが絶対に逃がすなよ」

「……えぇ、逃がしませんよ。こちらも職場は失いたく無いので」


そう言いながら、ナキガオがコチラにデブを渡そうとした、その時だった。


「あっ、」


ナキガオが、コケた。手をつこうとしたので、デブの拘束も解けてしまい、その瞬間にデブは身体に似合わぬ俊敏さで扉へ走って、逃げてしまう。


「追ってくれ!頼んだ!」


状況を瞬時に把握した誉がポケットの私に叫ぶ。

私はポケットから出て鳥化を解いて、逃げていったデブを追いかけるため、力を解放した。




プロ子が居なくなった後、二人はまたテーブルについた。


「どうして、あんな嘘をついたんです?」


そう聞いたナキガオは本当に不思議そうにしている。


「ん?何か嘘をついたっけ?」

「とぼけないで下さい。『くれぐれも、別の奴連れてきたりしないでくれよー!』『絶対に逃がすなよ』この二つ、ワザと嘘つきましたよね?」


似ていない声真似をしながら、ナキガオは真剣に聞く。


「まぁ、ちょっとな聞きたいことあんねん」


標準語で喋るのをやめた誉にナキガオは少し驚いた。


「……それが本来の貴方なんですか?」

「どうやろうな?これも演技かもしらんぞ」


ひょうひょうと笑う誉に、ナキガオは不快感を示すことなく、むしろ尊敬の念を抱いているように見えた。


「ちょっと聞きたいことがあんねん。そこに隠れてるお前にもな」

陰に隠れていた本当のデブにも、誉は声をかけた。




「はぁっ、はぁ……、」

「速いね、でも速いだけかな」


二人は路地裏で止まった。息を切らしているデブでは無かった男と、平然と追いついたプロンプターは会話を交わす。


「……どうだろう?」


男はプロンプターと向かい合い不敵に笑った。

二人を後ろから追いかけてきた観察者は、そっとカメラを回し始めた。

話には聞いていたが、彼女はアンドロイドには見えない。これが未来の技術か、と驚くと同時に、相対する男の人間とは思えない急速な筋肉の隆起に観察者は戦慄した。

そして、戦いは静かに始まった。男は地面を思いきり踏みつけた。大地が悲鳴を上げ彼女が立っている場所が隆起する。


「あれ?ルダス星人じゃないの?」


彼女はそう疑問を呈しながらも予想外の攻撃に戸惑うことなく、テクノロジーが可能にした超速伝達によって反射神経のみで、ひらりと片脚で浮遊し、攻撃を避け壁を蹴って男との間合いを詰める。


「チッ……これ痛ってぇんだよなぁ」


男はプロンプターの回避を予想していたのか、予め右手を彼女に向かって突き出している。その手の指一本、一本が目で追えきれない程の速さでナイフとなって彼女に襲いかかる。


「物理攻撃だけじゃ、ちょっと私には及ばないんじゃない?」


煽る彼女は突如、眼前に現れたナイフに驚く様子もなく、一本、二本と鋼鉄の腕でそれらを弾きいなし、時に叩き落とす。


「そんな訳ないだろう?」


男が左手を壁にかざす。今度は両隣の壁が巨大な手の形になってシンバルを叩くようにプロンプターを潰そうと動く。


「いや、それも物理攻撃ですけど」


目の前で起きる超人的な戦闘に観察者は、自分でも気付かぬうちに笑ってしまっていた。男が地形を操り、身体から様々な武器を出すのに対し、それをプロンプターは躱し、跳ね返し、男へ距離を詰めようとする。鋼鉄のボディに武器や弾丸が跳ね返る音、地形が絶え間なく変わる地響き、機械独特の駆動音がこの場を支配していた。


「このままじゃイタチごっこだね」


そう言った彼女は立ち止まった。


「少しだけ、少しだけ。ギアを上げるね」


耳障りな高音と共に彼女の全身が変形を始め、強力な空間の歪みが起きた。


「おいおい、勘弁してくれよ」


男には彼女のその相貌が空想上の産物である、天使に見えた。


「綺麗でしょ」


彼女は宙に浮いていた。半透明の翼が背中には幾重にも重なり、足もコンパスのように尖っている。そして、何よりも目を引くのが彼女の身体の周りを跳ぶ幾つもの光輪だった。

男の返事を待たず彼女は言葉を続けた。


「でもね、綺麗な薔薇にはトゲがあるの」




観察者はカメラを止めた。何かが焼け焦げたような匂いが残る路地裏には、彼女が立っていた。戦いと呼ぶには一方的だった記録を抱え観察者はその場を離れた。




プロ子がカジノへと戻ると、誉はナキガオと仲良く談笑をしていた。


「終わったよ」

「おぉ、お帰り。で、デブは?」


ちらりと、プロ子はナキガオを見てこう答えた。


「あー、その話は後にしよ」

「それもそうか。じゃ」


すっかり仲良くなった誉とナキガオを見て彼女は少し呆れた。

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