CHAPTER.24 速度を上げるばかりが人生ではない

「まぁそれから、警察に話聞かれたりして……今に至るって感じやな」


 誉の想像を超える壮絶な過去を聞いてプロ子は誉の母が、誉が帰ってきた時、異常に心配していたことを思い出した。


「ごめん。軽はずみに聞いちゃって」

「ええねん。もう俺ん中ではだいぶ消化できてる話やから」


 誉は椅子から降りてベッドに寝転がる。


「もう眠いから寝るわ。おやすみ~」

「うん。おやすみ」


 そこまで言ってプロ子は重要なことを忘れていたことに気が付いた。


「……ちょっっと待って!」


 誉はプロ子の大声でギョッとした顔をして起きる。


「あの、さ。私、たぶん誉の彼女って思われてるよね」

「そやな。俺もおかんには嘘つけへんし、勝手にそう思ってると思うけど」

「じゃあさ、私どこで寝るのが正解?」


 誉もそこまで言われてようやく気付いた。


 つまり、だ。もしプロ子がこの部屋で一晩過ごそうものなら、プロ子とに及んでたとも思われかねないのだ。


「くそっ! 完全に見落としてた……」

「誉の部屋で寝るのは論外だとして、じゃあリビング?」


 鷺山家のソファはかなり大きめだ。プロ子が寝るのには十分なサイズだろう。


「いや、それも危険や。おかんはまだリビングでテレビを見てる。プロ子がそこで寝ようもんなら『私も一緒に寝よっかな~』とか言い出しかねへん」


 プロ子は不思議そうに首を傾げた。


「え? それの何が問題なの? 楽しそうで私は歓迎だけど」


 違う! と誉は心の中で机を叩く。


 誉にとって母は、自身のあられもない黒歴史を抱える爆弾。そして夜の女子会、母にとっては久しぶりの年頃の女の子と話す機会。どうせテンションが上がって、ろくな話をしない。もしかしたらアルバムを引っ張り出して来たり、俺が昔おかんに書いた手紙とかも見せるかもしれない。


 そんなん恥ずかしすぎる! と考えたが、誉はそれを顔には出さない。


「一番の問題は、何故リビングでわざわざ寝るのか? ってとこや。それすなわち、意識してるってことやろ?」


 苦しい説明だったがプロ子は得心したように深くうなずいた。


「なるほど。じゃあどうするの?」

「うーん……よし! 惣一に聞いてみるか」


 誉はすぐにスマホから惣一に電話を掛けた。


「……もしもし? どうしたんこんな時間に」


 幸いすぐに惣一は電話に出た。眠そうな声から察するに、すでにベッドに入っているのだろう。


「緊急で聞きたいことがあるんやけどさ」

「へぇ、なに?」

「プロ子さ、おかんに彼女って勘違いされてて。その状態でプロ子はどこで寝るべき?」


 誉は簡潔に伝えた。惣一ならそれでも分かってくれるという信頼があるからだ。その期待通り惣一はすぐに質問に答えた。


「知らんわ」


 プツッ──誉の返事を待たず電話を切られる。


「ま、まぁそういうこともあるよな、うん」

「どうしよ、私ここ以外に行く場所ないのに」

「うーん」


 二人が途方に暮れてると、惣一からのメッセージが誉のスマホに来た。


「えーっと、『一旦帰る言うて家を出てから、鳥んなって部屋に戻ればいい』?」


 二人は思わず顔を見合わせた。


「うわ、ホンマやな。え? なんで思いつかんかったんやろ」

「言われてみれば簡単な話だったのにね」


 示し合わせたように、二人は吹き出した。


「はぁ~ほんまおかしいわ。……いやあほらし、何に真剣なってたんやろな」

「もーほんと。誉が真剣な顔するからさぁ」

「いやいや、元はといえばプロ子が気にし始めたからやろ」

「まぁ確かに? じゃ、帰るね。ばいばーい」


 プロ子が部屋を出たのを確認してから、誉は窓を開けた。



◇◇◇



「ほんなら、情報を整理しよか」


 翌日、学校が終わった頃。


 いつも演劇部で使っている空き教室なら顧問以外は基本来ないので、そこで誉、惣一、プロ子は集まっていた。


「まず標的三人の特徴から頼むわ」

「まず一人目『幽霊屋敷』」


 屋敷という言葉に惣一は引っかかる。


「屋敷って、人じゃないってこと?」

「あ、そうだった。一人目って言い方は正確じゃなかったね。彼ら彼女ら? は一人じゃないの」

「なるほどな、またSESみたいなグループみたいなもんか」


 誉の推測にプロ子は首を横に振った。


「ううん。それも違う。『幽霊屋敷』の正体は霊魂の集合体。つまり、幽霊が集まって形をもったのが『幽霊屋敷』なの」

「それで、どうやって捕まえるん? 幽霊って触られへんイメージあるけど」


 まぁ待て、とプロ子は手で誉を制す。


「幽霊は人間の負のエネルギーが大好物ってことで、昔は貧困街とかそういう所に集まってたんだけど、現代日本にそんな場所は無い」

「じゃあどうするん?」

「作ったんだよ、負のエネルギーが集まる場所を。『幽霊屋敷』はSNSで賞金をエサにデスゲームを開催したの」


 デスゲームという単語に惣一は心惹かれた。


「それはいつ開催されたん?」

「今からちょうど1ヶ月後だね。だからそのタイミングで外部から……」

「いや、じゃあ僕がそれ潜入するわ」


 プロ子の作戦を遮って惣一はそう言った。


「いやいや、危険だって。ね、誉?」

「うーん、惣一がそう言うなら大丈夫やろ」


 楽観的な二人にプロ子はため息をつく。


「はぁ。じゃあ分かった。私も付いていく。いざとなったら武力行使で脱出できるように。それで良い?」

「それは安心やなぁ、じゃあそういうことで。次やな」

「じゃあ二人目、『笛の男』。能力は笛で動物を操る」

「動物? ってことは人間はどうなるん?」


 そう聞く誉は少し不安げに見えた。


「んー、ハーメルンの笛吹き男って知ってる?」


 惣一は頷き、誉は詳しくは知らないと答えた。


「まぁ簡単に話すと。ハーメルンっていう都市でネズミが大量発生しちゃいました。それに街の人が悩んでいると笛の男が現れ、報酬をくれるならネズミを追い払いますよ、と言いました。街の人は了承して実際に笛の男は笛を吹いてネズミを追い払いました。しかし、街の人は報酬を払いません。それに怒った笛の男は街にいた子供全員を笛で操って連れ去りましたとさ。って話」


 ここまでプロ子はひと息に喋ったせいで息切れした。


「これが『笛の男』が最初に文献に登場した例」

「ってことは子供とかは操れるんか。ていうか、未来でそういうことやったん?」

「ううん。もっと厄介なことを『笛の男』はしたの」


 子供を全員連れ去るより厄介なこと。誉も惣一もあまり想像出来なかった。


「幻獣を操って幾つもの国を滅ぼしちゃったんだ」


 国を滅ぼす。プロ子はあっさりと言ったが並大抵の事では無い。


「今の段階でも、幻獣? を操ってる可能性はあるん?」

「いや、その可能性は低い。とっくに操れるならもう一国くらいは滅ぼそうとしてるだろうし」

「何でそこまで国を滅ぼそうとするん? そこになんの意味もないと思うねんけど」

「えっとね、注目を浴びるため……らしいよ」


 呆れた表情で動機を述べるプロ子だったが、惣一は険しい表情になる。


「どうやってソイツと接触するん?」

「来週の満月の日が狙い目だと思う。『笛の男』が最初に仲間にしたのはこの街の狼男らしいからね」

「よし、じゃあ次や」

「え……もう次?」


 急ぐように話を進める誉にプロ子は戸惑った。


「最後、三人目は『武器屋』。彼が作った武器は未来科学でも原理がわかっていないものが多いの。例えば、今やほとんどの人外種族、ナキガオでさえ持ってるセンサー、人が人でないかを見分けることが出来るやつね。あれを作ったのも彼」

「そいつの所在は?」

「分かってる、普通に店舗があるからね」


 誉は席を立つ。


「よし! じゃあ、次の日曜に『武器屋』に行ってみよう。そん時は偵察や。んで来週、来月、再来月の満月の日に『笛の男』の捜索、あと来月にデスゲームに惣一とプロ子は参加して『幽霊屋敷』への捕獲に向かうってことで」


 いきなり話をまとめた、と思ったら誉は教室のドアまで走っていった。


「トイレ行ってくるわ!」

「さっきから妙に急いでるなって思ったらトイレ行きたかったんかい」


 廊下を走ってトイレに向かう誉を見て、惣一とプロ子は苦笑いした。

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