4 佐久間 初夏
日曜日。休みの日は、たまに自転車で買い物に行く。日差しが暖かく、夏という季節への移ろいを感じる。
職場の近くにある自然公園、この中を突っ切っていけばスーパーに近道だ。大きな公園で、木々も多くて、気持ちがいい。日曜なので家族連れも多く、自転車を降りて押して歩いていると、ふと名前を呼ばれた気がした。しかも、小夜さんの声だったような……。
どこから呼ばれたかわからずきょろきょろしていると再び大きな声で呼ばれた。
「佐久間くーん、おーい」
声のほうを向くと小夜さんが制服を着た少女とベンチに座っていた。自転車を押して近づく。大きな木陰。風がそよいで気持ちいい。
「小夜さん、こんなところで何してるんですか」
「何って、ハトにエサあげてるの」
そう言う小夜さんの手にはパン屑のたくさん入ったビニールがあるし、ベンチのまわりにはハトがたくさん集まっている。
「それに、うちすぐそこだし」
と公園のすぐ横のアパートを指す。
「佐久間くんは何してんの」
「タイムズスーパーに行くんです」
小夜さんがパン屑を投げると、ハトたちが群がってくる。
「この人、サヨちゃんの彼氏?」
隣に座る少女にじろじろ見つめられた。
「違う違う、同僚」
小夜さんは実にはっきり否定する。
「ふーん」
少女は納得してないふうに頷き、また僕をじろじろ眺めた。黒くつやつやした髪、切れ長の目、大きくなったら和風の美人になるだろうな。制服は近所の中学のものだったが、大人びた、落ち着いた雰囲気に見えた。小夜さんの親戚だろうか。それにしては似ていない。
「小夜さん、こちらは?」
無遠慮な視線に耐えながら少女の紹介を求めた。
「この子は陽菜。私の数少ない友達の一人」
「
「あ、佐久間です。はじめまして」
友達。ずいぶん年の離れた友達だな。
「ねぇ、サヨちゃん、それでそのとき先生がね」
もう僕を眺めることに飽きたのか、陽菜と呼ばれた少女は、僕が来たから中断されたらしい会話を再開した。僕は、すぐ隣のベンチに腰掛ける。
「先生が、美が痙攣している! なんて叫ぶんだよ、笑っちゃった~」
「あはは、いいね、それ。アンドレブルトンでしょ」
笑いながらハトにパンを投げる小夜さん。灰色の薄手のトレーナーに黒いスキニージーンズ。白衣じゃない姿は新鮮だ。ハトは灰色で、首のまわりだけ光沢のある緑色。くるっくーと鳴きながら、パンをつついて投げるように食べている。
「そうそう、でも実際に叫ぶ人いる? もうおかしくて、芸術は爆発だ! みたいなものかな」
小夜さんと陽菜ちゃんは僕には何の話をしているのか全くわからないが実に楽しそうに会話を続けていた。陽菜ちゃんは身振り手振りをつけて楽しそうに話して、小夜さんは珍しく声を出して笑っている。「春は体調が悪い」と小夜さんは春以降、常に不機嫌そうだったから、元気そうな姿に嬉しいような少し妬けるような複雑な心境だ。
木漏れ日の中で笑う二人は、仲の良い姉妹のようだ。
「あーやばい、もうこんな時間。部活行かなきゃ。じゃーねサヨちゃん」
少女は立ち上がるとスカートについたパン屑をはたく。ハトたちが一斉に飛び立つ。少女は僕にもぺこりと頭を下げて、去っていった。「またねー」と手を振る小夜さん。
「小夜さん、ずいぶん若いお友達がいるんですね」
僕は、少女がいたベンチにうつろうか迷いながら、また集まってきたハトにパン屑をあげている小夜さんの横顔に話しかける。
「そうなの、年は離れてるけど、仲良しよ」
「陽菜ちゃん、何歳なんですか?」
「今中学一年生。五年くらい前かな、知り合って、それからずっと仲良し」
五年前の小夜さん。僕の知らない小夜さん。
「五年前ってことは、陽菜ちゃんが小学生のときに友達になったんですか?」
「そうよ、ここの公園で知り合って友達になって、あと、ポットの名付け親」
ポットというのは小夜さんが溺愛している愛猫だ。変わった名前だと思っていたけれど、あの子がつけたのか。小学生と当時三十五歳の小夜さんが、何をきっかけで友達になるのだろう。
「でも、それだけ年が離れているのに、話合います? やっぱり友達っていうと、同年代のほうが仲良くなる気がしますけど」
小夜さんはチラっと僕を見てからまた正面を見て「同年代でも気が合わない人なんてたくさんいるでしょ。それに、同年代じゃないと気が合わないって言ったら、私たちも同年代じゃないわ」
「いや、僕と小夜さんはそんなに離れてないですし、いや、離れていても年齢は関係ありませんよ、そうですよ、陽菜ちゃんと小夜さんの友情も年齢は関係ないし、愛情にも年齢は関係ありません!」
「そうね、年齢じゃないわね」
どさくさに紛れて愛情の話をしてみたが、小夜さんはあまり気にしていない様子だった。一般論として捉えているのだろう。僕が小夜さんをどう思っているか。小夜さんは何を考えているか読みにくい。
僕はこれからタイムズスーパーに買い物に行く、というと、「私も行く」と小夜さんが言うので、僕たちは連れ立って歩いてスーパーへ向かった。
僕は夕飯のお総菜を、小夜さんは「明日の朝ごはん」と言ってパンを買って、僕は小夜さんのアパートの前まで送って、「じゃ明日職場でね」と別れた。二人でスーパーで買い物なんて、夫婦みたいだな、なんて勝手に考えていたら、自転車をこぎながら思わず鼻歌が出た。
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