6 佐久間 梅雨

 梅雨の晴れ間の日曜日、久しぶりに小夜さんと休みがかぶっている。


 午後になってから、もしかしたら、と思って自転車で自然公園に行ってみると、小夜さんと陽菜ちゃんが、前と同じベンチに座っていた。陽菜ちゃんは、今日は制服ではなく、Tシャツにスキニーパンツで、制服のときより大人びて見える。小夜さんはグレーのTシャツにカーキ色のカーゴパンツを履いている。煙草を吸っていて、手元に空のビニールがある。ハトへのエサやりは終わったようだ。


「おー佐久間くん、また来たの?」


 小夜さんが僕に気付いて手を振ってくれる。

 また二人で夕飯の買い物に行けたらいいな、と淡い期待もあったが、今日の陽菜ちゃんは私服だから部活はなさそうだ。少しお喋りの仲間に入れてもらったら、一人で買い物に行こうと思った。


「今日はエサやりは終わったんですか?」


 自転車を押して近付きながら話しかける。


「うん。もう終わり」

「いつもエサやりしているんですか?」

「いつもってわけじゃないけど、久しぶりに晴れたから」


 ね、と言って小夜さんは陽菜ちゃんを見る。


「ここの公園のハトって、首のまわり、緑色に光っていてきれいですよね」


 僕が言うと小夜さんが「あぁ、キジバトだから」と言う。


「キジバト?」

「うん。全身灰色のはドバトでしょ? このあたりは自然が多いから、キジバトもいるんだよ」


 ハトにも種類があるなんて知らなかった。

 小夜さんの数少ない友達、だという陽菜ちゃんは、相変わらず僕を品定めするような目で見て、少しニヤニヤしている。中学生の女の子なんて、何を話したらいいかわからない。


「そうそう、佐久間くん、今日夕飯に陽菜と商店街のお好み焼き屋さん行くんだけど、一緒にどう?」

「え、いいんですか?」

「うん、一緒に行こうよ。お好み焼き、好き?」

「好きです、大好きです」


 商店街にお好み焼き屋さんがあるのは知っていたが、一人ではなかなか入らない。向かいにある中華料理店はよく行くが、お好み焼き屋さんは初めてだ。


「二人で行くのに、邪魔じゃないですか?」

「いいよね、陽菜」

「うん。全然いいよ。そのかわり、全部奢ってくださいね」

「え!」


 陽菜ちゃんはニヤニヤしたまま言う。


「嘘よ、佐久間くん。中学生にからかわれて狼狽えないで」


 陽菜もからかうんじゃないわよ、と言って小夜さんは笑った。陽菜ちゃんはまだニヤニヤしている。

 僕はこんな年下の女性からもからかわれてしまう。職場のマダムたちが言う「頼りない」というのも、あながち間違いじゃないのかもしれないな、と反省した。


 僕が上手にお好み焼きをひっくり返すと、二人が「わー! すごい」「上手!」と褒めてくれた。ずいぶん大げさな、と思ったが、いつも二人で頑張ってみるが、ぐちゃぐちゃになってしまうらしい。


「今度からお好み焼きのときは佐久間さん呼ばないとね」


 陽菜ちゃんが言って笑う。ひっくり返し要員で構わないからぜひ呼んでほしい。


 三人ともそれなりによく食べて、僕はビールも飲んで、小夜さんは「また明日から雨かな、頭痛い」と言いながら途中で頭痛薬を飲んだけれど、それでもいつもより饒舌で、とても楽しい夜だった。


 店を出ると空気があまりに澄んでいて、店内が油臭かったことに気付く。服に鼻をつけると、しっかり油臭かった。三人が三人とも、同じように油臭いままそれぞれの家に帰るのだな、と思うと、なんだか仲間みたいな気分になった。仲間で味方。


 頭痛薬が効いたらしい小夜さんは、陽菜ちゃんと「いい空気」と深呼吸している。親子ほど年が離れているはずなのに、本当に親友のように見えた。


「本当はこのままで、何もかも全て素晴らしいのにぃ」

 

 小夜さんが僕の知らない歌を歌っている。小夜さんは、今日もきれいだ。


「あ、三毛猫」


 小夜さんが指さす先に、一匹の三毛猫がいた。


「博士んちの三毛猫かな」


 小夜さんが言う。


「かもね」と陽菜ちゃん。


「博士? 誰ですか」

「うちのアパートの裏の豪邸に、三毛猫博士って呼ばれてる人が住んでるの。知らない? このへんじゃ結構有名人だけど」

「三毛猫博士? 三毛猫の研究をしてるんですか?」

「そうじゃなくて、何かの研究をしている博士らしいんだけど、三毛猫ばっかり二十匹くらい飼ってるんだって」

「なんですか、それ、都市伝説ですか?」

「いや、本当本当。事実だよ。大きな家も猫のために建てたって噂だよ」

「変わり者もいるものですね」

「変わってるけど、猫たちはほとんど家から出ないし、トイレのしつけも出来てるし、近所には全然迷惑かけないから、近隣トラブルにもならないらしいよ。博士は無口だけど良い人らしくて、猫のエサとか寄付してくれる人もいるんだって」


 猫のことを夢中で話す小夜さんは可愛らしいな、と思った。普段、職場で見るテキパキした小夜さんより、ほんの少し、無防備な感じ。三毛猫はさっと走って逃げてしまった。 


 陽菜ちゃんを家まで送ってから、小夜さんと別れて帰宅した。


 家に帰ると「今また家の前で別の三毛猫見たよ。たぶん博士の三毛猫」と小夜さんからメールが来た。僕にはそれぞれの三毛猫の区別はつかないが、その猫も博士の三毛猫なら、けっこう家から脱走してしまっているじゃないか、と一人で笑った。

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