12 佐久間 冬

 小夜さんに避けられている気がする。

 僕の休暇中、一度会ってお土産のオルゴールを渡した。そのときまでは、いつもの小夜さんだった。僕と一緒にいると「気持ちが落ち着く」なんてことまで言ってくれて、僕はオルゴールを買ってきて本当に良かったと思った。でも、そのあとから勤務がすれ違いばかり。まともに会ったのは、十一月の小夜さんの休暇が明けてからだ。


 介護施設は、当たり前だが24時間365日、年中無休だ。日勤だけでなく、夜勤や早番遅番があって、ようやくシフトが成り立っている。だから、休みがかぶることも難しいし、同じ勤務に重なることも、なかなか難しいのだ。下手したら二週間くらいまともに顔を見ない同僚もいる。小夜さんとも、入れ違い勤務は何度かあったけれど、なかなかゆっくり顔を合わせるタイミングがなかった。


 そのうえ、小夜さんは、僕と日勤が同じで休憩時間が重なっても、窓から外に出て煙草を吸いにいくことがないのだ。禁煙なんて、ちょっと小夜さんには似合わないのだけれど、吸いにいかない。

 その行動が、小夜さんの禁煙ではないことが、最近になってわかった。

 それは例によって、噂好きなマダムたちから聞かされた。小夜さんが休みの日で、お昼休憩をしているときだった。僕は職員食堂でチャーハンを食べて、職場の休憩室に戻ってお茶を飲んでいた。


「佐久間ちゃん、最近、小夜ちゃんと何かあったの?」


 一緒にお茶を飲んでいたマダムに聞かれた。


「え、何かって何ですか?」

「いや、小夜ちゃん、佐久間ちゃんが一緒のときだけ、煙草吸いに行かないから」

「え、そうなんですか?」

「うん。前まで小夜ちゃんが煙草吸ってるとき、佐久間ちゃんいっつも一緒に外に出ておしゃべりしてたじゃない? それが、佐久間ちゃんがいるときに限って、小夜ちゃん煙草吸わなくなったから、あの二人何かあったのかしらって、みんなで話してたのよ」


 小夜さんは僕のいない日は煙草を吸いに行っている。それは、喫煙所で僕と二人になりたくない、ということか。


 僕は原因を考える。思い当るのは、やはり「セレナーデ」なんて意味深な選曲のオルゴールをプレゼントしたことか。あのお土産を、僕からの告白だと受け取って、今避けられているのがその告白への返答、ということか。


 でも、小夜さんはそんな、まわりくどいことをするだろうか。断るならはっきり断りそうなものだ。それとも、好意が伝わったことで、気持ち悪いと思われたか。喫煙所に出ていくのも、偶然を装って公園を見に行くのも、ストーカーのように感じたということか。だから避けているのか?


 どちらにせよ、僕はまだちゃんと告白していないのだし、小夜さんからはっきり断られてもいない。今年中には、はっきりさせよう。僕だって、いつまでもただお喋りしていて楽しければいいなんて、思っていないんだ。


 十二月に入って、世間が一気にクリスマスムード一色になる。

 休みの日に公園に行ってみても、小夜さんと陽菜ちゃんが座っていたベンチは空いていた。誰もいないベンチに座ってみる。乾いた冷たい風に枯れ葉が揺れている。ここで小夜さんは何を見ていたのだろう。陽菜ちゃんとハトにエサをあげながら、何を思っていたのだろう。


 楽しそうに笑いながら陽菜ちゃんとしゃべっていた小夜さん。なんとかブルトンの話を楽しそうにしていた。僕も、その、なんとかブルトンの話を一緒にできれば良かったのだろうか。もしくは、お好み焼き屋の帰りに小夜さんがよく歌う、僕の知らない歌を、一緒に歌えれば良かったのだろうか。ベンチが冷えていてお尻が冷たくなって立ち上がる。公園に三毛猫がいたから携帯電話で写真を撮った。小夜さんに見せたら、博士の猫だと言って笑ってくれるだろうか。


 久しぶりに職場で会った小夜さんは、やっぱりそっけなかった。休憩時間も煙草を吸いに行かない。僕は、現状を打破するために、小夜さんとちゃんと話さなくては、と思った。


「小夜さん」


 廊下で、女性用更衣室から出てきた小夜さんに声をかけると、小夜さんは「わ!」と言って驚いた。さすがに更衣室の前で待ち伏せされているとは思わなかったのだろう。


「あぁ、佐久間くん、どうしたの。びっくりした」


 あまり目を合わせてくれない。


「小夜さん、僕、何かしました?」

「何かって?」

「何か、小夜さんの気に障ること、しました?」

「気に障ること? したの?」

「いや、僕が聞いてるんです……小夜さん、僕のこと避けてますよね」


 小夜さんはふーっと息を吐いて、床を見て、ゆっくり僕を見た。


「避けてないよ」

「嘘ですよ。僕がいないときは煙草吸ってるって聞きました」


 小夜さんは困ったような顔をした。


「節煙だって」

「節煙?」

「うん。禁煙しようと思ったんだけど、まずは無理せず節煙」


 嘘だ。ちゃんと気持ちを伝えなければ、僕は後悔する。


「小夜さん、クリスマス、空いてますか?」

「え?」

「クリスマスです。僕のこと避けてるわけじゃないなら、クリスマスの夜を、僕にください」


 小夜さんは困った顔でため息をついた。そのため息はどこまでも長く、僕は小夜さんの返事を聞きたいような聞きたくないような、複雑な気持ちで冷たい廊下の床を眺めた。

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