第17話 見てみたいもの

 思えばネノはここまでずっと、衝動のままに動いてきた。


 神種の声に背中を押されて光差す方へと走り、種を奪おうとする手から逃げて、トヴァンに助けられてからは、彼ともう一度話をするために走った。次の行動のために考え込む余裕はほとんどなく、立ち止まってこれからのことを考えられる時間もなかったのだ。


 怒涛のような夜は明けて、今ネノの前にはいくつもの選択肢がある。


 勇者が水龍を救った国にして、ニールの故郷エテリシア。

 学者の国であり、イシナミやあの魔術師の故郷でもあるシナツ。

 そのシナツと長い間戦争を続けていた大国グルフォス。

 一面の砂漠に囲まれた、炎と渇きの国アレースラ。


(どこへでも向かえるなら、どこに……)


 目を泳がせるネノの肩に、トヴァンがぽんと手を置いた。


「まだ考え中でな。まあ適当に、困り事が多くて金がある所でも探すさ」


 女としても深く詮索する気はなかったようで、目を細めて頷いた。


「そうかい。最近はどの国もなんだかきな臭いし、気をつけなよ。グルフォスじゃ昼告石の鉱山で大きい事故が相次いでるっていうし、シナツで近々始まる御霊巡りにはよくない噂が立ってるらしいし……アタシらからしたら夢みたいな気候のエテリシアだって、最近は龍が大水を呼んで国を荒らしてるって話だしね」


 ヒルツゲイシもミタマメグリも耳慣れない言葉で、ネノの心に引っ掛かりを残す。しかし今それ以上に気になったのは、最後に出てきた聞き覚えのある言葉だった。


「龍? それってもしかして、伝説に出てくる水龍レヴィアタン?」


 身を乗り出したネノに目を瞬かせた女が、ふっと微笑んで肩をすくめた。


「アンタにも年相応なところがあるんだね。目がきらきらしてる。――噂じゃそういう事らしいよ。百年前に鎮められたはずのレヴィアタンが、再び怒り始めたってね。まだ乾季だってのに高潮が街をめちゃくちゃにして、海沿いは目も当てらんない有様だって……はあ、やってらんないね。どうして神種を放り出して死んじまったのかな、勇者さまとやらは」


 大きな目をぱっちりと開いて、ネノは女の言葉を受け止める。


(本当に地続きなんだ。百年前の勇者の伝説と、今の五国は)


 これまでにも何度も自分を突き動かしてきた好奇心が、むくむくと膨れ上がっていくのを感じた。


(探しに行きたい。五国に残る、前の『勇者』がやった事と――やらずに置いていった事を)


 そうすれば、「自分が何者か」も分かるかもしれない。


 一瞬だけ唇を固く引き結ぶ。そして、ふっと口の端を上げた。


「……それなら、きっともう大丈夫」

「?」

「おい、ネノ」


 女が首を傾げ、トヴァンが咎めるようにネノを呼ぶ。それに構わず、ネノは言い切った。


「水龍の目は晴れるよ。新しい勇者が、必ず晴らす」

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