第15話 縁と記憶

 男に紹介されたのは、北へ向かう小さな隊商だった。


 最後の最後に売れ残りを捌く好機を逃さないために、どの荷車にも店の名を書いた旗が括り付けられている。目当ての旗を探して人並みを追い越すように進んでいた時、ネノが拗ねた表情で呟いた。


「トヴァン、もう降ろせば」


 男に礼を言って別れ、イシナミと合流して歩き始めたトヴァンは、まだネノを抱えたままだった。短い唸り声が聞こえて、彼が小さくこぼす。


「……いきなり放り出そうとしたのは悪かった」


 その答えを聞いて、ネノはかえって唇を尖らせた。


「聞きたいんだけど」

「んだよ」

「トヴァンって、人より傷の治りが早いの?」

「あー、まあな。人間よりゃ早いぜ」

「普通ならぶっ倒れる怪我でもすんなり立ち上がれるくらい?」

「……何が言いてぇんだよ。良い事だろ」

「それで周りにいた奴を庇って一人で大怪我した事、何回くらいあるの」


 ハッ、とトヴァンが軽く笑った。


「まさかお前、俺を心配してんのか」

「悪い?」

「悪かねぇが、やっぱガキだな」

「はあ⁈」

「良い事教えてやるよ。縁が繋がってるのは、そいつが視界に入ってる間だけだって思ってみろ」

「?」

「背中を向ければハイさよなら、そいつはもう無関係の人間だ。お前の手も足も、そいつを助けるためにあるもんじゃねえ。向こうは向こうでうまくやってるって信じるんだ。……目的持って旅すんなら、他人の心配なんかしてる余裕はねえぞ」


 トヴァンの言葉を、ネノはじっと彼の方を見つめながら聞いた。横を通り過ぎていく商人たちのざわめきが、遠い波音のように耳に届いた。


「……それ、トヴァンはできてるの?」


 彼はため息をついて、ネノと目を合わせた。


「聞くなよンな事。――上手くいかなくても、上手くやれてるって思っとくんだよ」


 そう言う彼の耳は、困ったようにぺたんと伏せられている。

 ネノは、思わず吹き出した。


「何にも説得力がないね!」

「うっせ」


 顔をしかめるトヴァンをひとしきり笑ってから、ネノは真面目な表情を作った。


「トヴァンが言うこと、正しいかもしれないけど……オレにはできない気がする」

「そりゃまた、どうして」

「知りたがりだから」


 ネノは身軽に彼の腕から飛び降りて、たたんと足踏みをしてから振り返った。はっとするほど深い瞳が周囲の景色を鮮やかに映し、自ら光を放っているかのように煌めく。


「気が付いてからここに来るまでに過ごした時間は長くないけど、その間に見てきたものは全部覚えてる。感じた疑問も全部、そっくりそのまま覚えてる。解決しないかぎり、『どうして?』の形のまんま、ずっとずっとずーっと頭の中に溜まってくんだ。――多分、これからもそう」


 トヴァンはハッとした面持ちで、ネノの顔を見た。


「全部覚えてんのか。細かいところまで?」

「うん」

「お前それ……普通の奴にはできねえぞ」

「そうなんだ? じゃあこんなに覚えてるオレが、なんで気がつくより前の事は全部忘れちゃったんだろう!」


 また一つ問いを投げかけて目を細めるネノに、トヴァンはどう声をかけようか悩んだ。


「ネノ。……」


 その時、少し先を行っていたイシナミがこちらに向けて手招きをしたのが見えた。彼が指し示す先に、探していた赤い旗がはためいている。


「どうしたの?」

「いや。店が見つかったみたいだ、行こうぜ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る