第16話 熱砂の国の商人
旅の途中で災難に遭い、服がダメになってしまったと説明すると、商人たちは気前よく品物を引っ張り出してくれた。しかし、テキパキと並べられた美しい衣服以上にネノの興味を引いたのは、彼らの容姿だった。
「その子、アタシらと同郷かい?」
褐色の肌と波打つ濃緑の髪を持つ彼らは、アレースラの出身だと名乗った。扱っている服の意匠も、アレースラとグルフォスの様式を複合させたものだという。
「オレに似た人がアレースラに多いの?」
「肌の色だけね。でも、あんたみたいな真っ直ぐでサラサラした髪の子はほとんどいないよ」
「それにその緑の目! 宝石みたいに綺麗」
荷車から身を乗り出した金色の瞳の少女が、ネノにキラキラと笑いかけた。ネノは目を白黒させて、「あ、ありがとう」と返す。
母親らしき女職人が、染料の痕が残るたくましい腕を組んだ。
「お隣の戦争が落ち着いたのは結構前だけど、そもそもアレースラは場所が場所だし、他所となかなか関わらないお国柄だからねえ。グルフォスどころかエテリシアほどの見た目の違いもない。みんな金の目にこういう髪だよ」
「場所? アレースラはどこにあるの?」
「あはは、その様子だと確かにアレースラと縁はなさそうだ。アタシらの故郷は、ここからずっと北に行った砂漠の中の国さ。本当のところ国全体が砂まみれってわけじゃないんだけど、どこから行こうにも砂漠を突っ切らなきゃならないから、わざわざ来る人は少ないね」
「俺が昔行った時には、あちこちの村でオアシスが砂に呑まれてるって騒ぎになってたが……最近はどうなんだ?」
トヴァンがそう声をかけると、女はくっきりした眉を驚いたように上げてから、苦笑いして肩をすくめた。
「良くなっちゃいないよ。住める場所はどんどん減ってる。みんながみんな、アタシらみたいに外で稼げる訳でもないし……先は明るくないね」
布を整理していた男が、顔を上げてトヴァンに目を向けた。
「旅人さん、あんたアレースラまで来た事があんのか? 一体全体何の用で」
「人探しだよ。俺と同じ赤髪の、獣人の女を探してる」
「ご家族かい?」
「ああ、妹だ」
「それは……見つかるといいね」
「ありがとうな」
トヴァンがそう答える横で、ネノは目の前に並べられた旅装束の一つに手を伸ばした。こざっぱりした大きめの上着は肌触りが良く、麻のズボンは頑丈な作りだが動きやすそうに見える。上着を絞る幅広の腰帯には繊細な刺繍が施され、華を添える房飾りが下がっていた。
「それが気に入ったのか」
横から覗き込んだイシナミが、低い声で囁いた。
「うん。動きやすそうだなって」
ネノが何を選ぶか息をつめて見守っていた少女が、パッと破顔した。
「いいと思う。可愛い!」
「か、かわいい」
「その服、飾りの部分はうちの子が手伝ったのさ」
女が愛おしむように目を細めて娘の方を見上げる。はにかんだ娘が、「えへへ」と頬を掻いた。
「グルフォスのとびきり鮮やかな祈り花で染めた糸を使って、アレースラ流の模様を縫い込んである。旅のお供としてばっちりだよ」
「祈り花?」
「山道に頭を垂れて咲く花でね。道中の安全を祈って旅立つ人に贈ったり、染めた布をお守りにしたりするんだとさ」
「この模様の方も何かのおまじない?」
「もちろんさ。悪いものの目をくらませて、良いものを引き寄せてくれる」
波のようにも草花のようにも見える刺繍を指先でたどり、ネノは振り返ってトヴァンたちを見た。
「これがいいな」
「――へえ、悪くねえじゃねえか。じゃあこれ、まとめて頼む」
ネノが選んだ服を自分用の服と一緒にまとめて持ち上げたトヴァンが、袋から出した銀貨数枚を女の方へ差し出す。その横から割り込むように手が伸びて、金貨が荷台へ投げ出された。
全部の買い物を済ませられるだけの金をポイと放り出した男に、トヴァンが苦い非難を込めた目を向ける。
「……貸し借りなしでやらせてくれよイシナミさん」
「借りならもうある。金はとっておけ」
ため息をついて、トヴァンは銀貨を引っ込めた。女はカラッとした態度で金貨を受け取り、ひらひらと手を振る。
「毎度あり、良い旅になることを祈るよ。ちなみに、これからアンタらはどっちに向かうんだい?」
「えっ? ……えっと」
その言葉で今まで後回しにしていた話題を突きつけられ、ネノは口ごもった。
(ここを出たら――どこに向かおう?)
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