第20話 知りたがりの勇者

 宣言通り独り言のような調子のまま、トヴァンは続けた。


「あいつは何もないのに泣く事がよくあった。俺が目を離してた間に怪我でもしたんじゃねえかと思って慌てさせられたが、実際は三年も前に転んで擦りむいたダチの傷が痛そうだったのを思い出したからなんて理由で泣いてたんだ。物覚えが良すぎるあいつの目に世界がどう見えてるかなんて、ガキの俺には想像もできなかったよ。ただ、できるだけリシアに嫌なものは見せたくねえなって、幼心に思ってた」

「……」


 寄り添って立つ幼い赤毛の兄妹を、ネノは思い浮かべた。


「優しいね」

「ああ、優しすぎるくらい優しいやつだったよ。だから何年経っても心配なんだ」


 ネノは首を横に振った。


「トヴァンがだよ」

「はあ?」

「オレのことも心配してるんでしょ、リシアさんと同じような記憶力を持ってるからってさ。『向こうは向こうでうまくやってるって信じるんだ』って言ってたのは誰だっけ?」


 苦い表情を浮かべ、トヴァンは鼻を鳴らして目を逸らした。


「お前が目の前からどかねえのが悪い」

「あはは!」


 ネノは思い切り笑ってから、「ねえトヴァン」と彼に向き合った。


「オレは知りたがりで頑固だから、気になった事にはいつまでもしがみつくよ。無理やり隠されたら思いっきり駄々も捏ねてやる」

「マジで厄介なガキだな、お前」

「うん、厄介だよ。……だから、オレが何を見てどんな気持ちになっても、それはオレがやりたいようにやった結果だって思って」


 眩しいものを見るように、トヴァンは目の前の子どもを見た。


「ンな事ガキに言われて、大人が『じゃあ信じるぜ』って頷くと思うか?」

「『上手くいかなくても、上手くやれてるって思っとく』んじゃないの? 手を組むなら、オレのことも信じてよ。なんだったら試してみる? ――イシナミさんがオレにした質問の理由、隠さずにちゃんと教えて」

「質問?」

「トヴァンについてもっと知りたいってイシナミさんに言った時、聞かれたんだ。『お前はあの魔術師たちから逃れる時、連中を殺したか?』って」


 トヴァンが、表情をこわばらせた。


「物騒な質問しやがって……」

「殺してない、足止めだけして逃げたって答えたら、『それなら良い。トヴァンがお前の力になってくれる』だってさ。『俺は同行できない。きっと俺たちは性格が合わないだろう』とも言われた。この質問……さっき誤魔化された、トヴァンとイシナミさんの仲が良くない理由に関わってるんでしょ?」


 長い唸り声。肺の中の空気を全て追い出すような盛大なため息と舌打ち。

 やがて据わった目で、男は口を開いた。


「分かったよ、言ってやる。俺が誤魔化してた内容はこうだ――あの人はきっと、ニールの奴を追いかけて殺す」

「!」


 小さく息を呑んで、今度はネノの表情がこわばった。


「どうして……」

「あいつが不安要素になっちまったからだよ。ニールは保身のためなら何でもする男だ。団の追手や魔術師に出くわしたら、俺たちの情報を迷わず売るだろう」

「だからって、殺すことないじゃん」

「そう思わねえ奴もいるのさ、イシナミさんみたいにな。……戦争って奴は、人をそういう風に歪めちまう」


 戦争について語っていたイシナミの、乾いた声を思い出す。


 ――うんざりするほど死を見てきた……やがて傭兵団は解散されたが、その頃にはもう普通の暮らしに戻れなくなっていた。


「トヴァンは、イシナミさんのそういう所が許せなかったんだ」

「ああ。出会った頃から何度も突っかかってたよ。人を殺すような人間は一番のクズだ。絶対にそうはなりたくねえってな。だが、剣を抜くあの人を止めたりは一度もしなかった。何せあんな仕事だ、馬鹿は俺の方だった」


 ハッ、と掠れた息でトヴァンが笑った。


「簡単に同僚を捨てる奴と、人を当たり前に殺せる奴と、そいつらを腹の中で馬鹿にしてるくせに、止めもせず行動を共にしていた奴……お前が出会った連中は、揃いも揃ってろくでなしだぜ」


 首筋のあたりがすうっと冷えていく感覚がして、頭がくらくらする。それでもネノは、顔を上げてトヴァンを見つめ返した。


「でもみんな、それだけの人たちじゃなかったよ」


 焚き火のそばで勇者の物語にムキになっていたニールの無邪気な横顔や、「実り多き旅になることを祈る」と微笑んだイシナミの真摯な瞳を思い出す。


「何度も言ってるじゃん、オレは知りたがりだって。悪い所があったって、まるっきり切り捨てるのは絶対に嫌だ」

「ハッ、あの魔術師なんかでもか」

「当然。オレ、アイツにも色々質問したんだよ?」


 全然答えてくれなかったけど……と口を尖らせるネノを見ていたトヴァンが、しみじみと感じ入った声で言った。


「お前……とんっでもない馬鹿なんだな」

「はあーっ⁈」


 目を吊り上げるネノをよそに、彼は肩を震わせて笑う。やがて目尻を拭いながら、ネノに向けて言った。


「完敗だ、信じるぜ新米勇者。ついでに教えてやるよ。イシナミさんはあれでなかなか義理堅いから、途中まで背負ってもらったくらいの恩でも追跡の手を緩めるくらいはする――そして逃げ足の速さでニールの右に出る奴は、団のどこにもいなかった」

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