第8話 最後の元首会議
イスタンブールの歴史は重厚だ。
紀元前660年頃、ギリシアの都市国家メガラからの入植者が、ボスポラス海峡沿いに植民都市ビザンティオンを創建する。
紀元前355年には独立都市国家となったが、73年にローマ帝国に編入された。
330年にはローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世により、ビザンティオンはコンスタンティノープルと改名され、帝国の首都となった。
1453年、オスマントルコのスルタン、メフメト2世がコンスタンティノープルを陥落させ、この地をオスマン帝国の首都とした。
東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノス11世は殺された。
第一次世界大戦では、コンスタンティノープルはイギリス・フランス・イタリア軍に占領された。
1922年、メフメト6世がマルタに亡命し、オスマン帝国は滅びる。
ムスタファ・ケマル・アタテュルクがトルコ共和国の建国を宣言する。
コンスタンティノープルはイスタンブールと改名された。トルコ共和国の首都はそこではなく、アンカラとなったが、イスタンブールはいまなおトルコ最大の都市として栄えつづけている……。
イスタンブール滞在2日目、わたしはスルタンアメフト・モスクを訪れた。
アメフト1世によって7年の歳月をかけて建設され、1616年に完成した建築物。青い装飾タイルで彩られ、世界でもっとも美しいモスクと評されている。別名ブルーモスク。
外部には6本の尖塔が聳え立ち、内部から見ると、数多くあるステンドグラスがこよなく美しい。
わたしはときを忘れて、きらびやかなグラスにうっとりと見惚れた。
気がつくと、大勢いたはずの観光客が消え、正装をした人が5名、円卓を囲んでいた。なぜかわたしもその一員として座っている。わたしだけが普段着だ。
「これより王朝の最後の元首となった者たちによる会議を始める」とメフメト6世が言った。
「私の代で偉大なるオスマン帝国はついえた。実に残念なことだ」
「どうして余を殺した者の子孫と円卓を囲まなければならんのだ」とコンスタンティノス11世がなげいた。
「ここにいる東京都が、時空を超越する能力を持っているからだ」と江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が説明した。
「彼女が不思議な能力を発揮して、我々をここに集めた」
「わたしのせいなんですか?」わたしはびっくりした。
「余の安らかな眠りを邪魔しないでくれ、トキオミヤコ」とエジプト最後のファラオ、プトレマイオス15世が言った。
「なぜ私も呼ばれたのだ?」とアドルフ・ヒトラーが憂鬱そうに言った。
「確かに私は敗れたが、国を輝かせもした。ここにいる負けただけの人物と一緒にされたくない」
「私たちはトキオミヤコの脳内にのみ存在している。この円卓は長くは持たない。早速会議を始めよう。私が言いたいことはただひとつ、最後の皇帝は不運でしかないということだ。第一次世界大戦が起こらなければ、私の治世はつづいていた。ちくしょう!」とメフメト6世。
「おまえは亡命して、命を永らえただけ、まだ運がいい。私は征服者に殺されたのだぞ!」とコンスタンティノス11世。
「私は特に言いたいことはありません」と自ら大政奉還を決断した徳川慶喜は言う。
「わたしは元首じゃありませんから……」とわたし。すごい場違い感がある。
「私には実権はなかった。母クレオパトラの傀儡であった。つまらぬ」とプトレマイオス15世。
「もう少しうまくやれば、勝者となれたかもしれぬ。もう一度やり直したい」とヒトラー。
「それはだめ!」とわたしは叫んだ。敗戦の知識を持ったヒトラーがやり直しの人生を送ったら、世界はナチスドイツに支配されてしまうかもしれない。
わたしが叫んだ瞬間、円卓と5人の元首は消えた。
まぼろしは消えた。わたしはブルーモスクの中にいる大勢の観光客のひとりにすぎなかった。
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