第15話 パムッカレ
ネヴシェヒルから長距離バスに乗り、例のトルコポップスに耐え、デニズリで降車した。
ミニバスに乗り換え、パムッカレ村に到着したときには、すでに日が暮れていた。
ネットでパムッカレの宿について調べると、過去に盗難事件や銃撃事件が起きたことがあり、宿泊をおすすめしないという記事を見つけた。
えーっ、どうしよう?
迷ったあげく、わたしは隣の温泉街カラハユットまで歩き、ペンションを見つけて泊まった。
日本の温泉宿みたいな大浴場はないが、バスタブに温泉の湯をためることができた。
ゆっくりと入浴した。ぬるくて気持ちいい。
翌日、パムッカレの石灰棚へ向かった。
がっかりスポットと言われている。期待してはいけない、と自分に言い聞かせる。
近づくと、白い丘が見えてきた。
草原に覆われた緑の丘でも、土や岩が剥き出しの茶色の丘でもないホワイトヒル。
すごく奇妙なところだ。白い丘なんて初めて見る。
石灰棚の入口で入場チケットを買った。
中に入り、裸足になる。石灰棚を傷つけないよう、裸足で歩くのがここのルールだ。
見上げると、白い石棚が段々畑のように上から下まで無数に連なっている。
これが「綿の宮殿」か。かっこいいじゃないか。
確かに石棚にお湯はたまっていなくて、観光写真のようなエメラルドグリーンの泉は見られなかったが、石灰棚は充分に見応えがあった。
いいじゃないか、パムッカレ!
期待しなければ、がっかりもない。
なかなかよいところだと思える。
あたりまえだが、石灰棚は硬い。綿ではない。裸足で歩いて、突起を踏んずけたりすると、少し痛い。
ゆっくりと歩こう。
「綿の宮殿」と呼ばれるのは、昔からこの地方が綿花の生産地であるかららしい。でも棚の連なりが綿みたいにもこもこしているから、という理由でもいいんじゃないか。そう思って見た方が、この景色に風情を感じられる。
不思議な光景を眺めながら、丘を登る。
温泉に含まれる炭酸カルシウムが丘を覆って、純白の棚をつくり出したそうだ。
パムッカレにはカッパドキアのような広大さはない。ひとつの白い丘の遊歩道を歩いておしまいだ。
丘を登り切ると、その先にヒエラポリス遺跡がある。
スニーカーを履いて、そちらも見物した。
ヒエラポリスはローマ帝国の温泉保養地であったが、1354年の大地震で廃墟となり、再建されなかった。
元の用途がなんだったかわからない半壊したり、ほぼ全壊したりした建物群が残っていて、儚い美を感じた。
わたしは人工建築物にはさほど心を動かされないが、廃墟は好きだ。
人間の営みなど所詮虚しいものだ。人工物はいつか壊れる。
人工建築物が人に捨てられ、大自然に帰っていく過程にわたしは美を見い出す。
この感覚を理解してくれる人が多いのか少ないのか、友達がいないわたしにはわからない。
かなり保存状態のよい古代の劇場が残っていた。
立派なものだ。観客席はかなり大きくて、千人以上収容できそう。
舞台にペルガモンの王、アッタロス3世が立っていた。
「女神よ、ローマは強大で、我がペルガモンは弱小です」
女神って誰よ、と思って左右を見回したが、誰もいない。アッタロス3世はわたしに目を合わせていた。
「力をお与えください。女神よ、道をお示しください」
この王は「我が王国をローマに委ねる」という遺書を残す。その遺志のとおり、彼の死後ほどなくしてペルガモン王国はローマに併呑され、パムッカレはローマ人の保養地となる。
「戦争はやめよう。長い物には巻かれよう」とわたしは言った。
「女神よ、仰せのとおりにいたします」
アッタロス3世が煙のように消えた。
わたしはヒエラポリス遺跡を後にし、カラハユットの宿に帰った。
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