第5話 Confess
『先ほど入ってきたニュースをお伝えします。今日午前11時頃、映画館の前で自爆テロがありました。犯人は若い男と見られており、現在警察が現場検証を行って……』
部屋のベッドで毛布にくるまり枕を抱えながら、飛鳥は神沢が流すラジオのニュースを聞いていた。いっそ耳を塞いでしまいたいのだが、あの目を疑うような事件がどう処理されたのか気になって聞いているのだった。
飛鳥を拉致しようとした人ならざる男を「消し」た神沢は、訳も解らず震えている飛鳥を抱えたまま、気が付けば自宅の玄関にいた。気を失っていたのか動転していて記憶が欠落しているのか、どうやってあの騒動の中を戻ってきたのか解らない。
娘が姿を消したと知ったときには慌てた両親だったが、無事に帰宅したのを見て素直に安堵──することができないほど、飛鳥は怯え震えていた。まさか事実をそのまま伝える訳にもいかず、神沢は自爆テロの現場に居合わせた、と伝えるに留めた。
「……何とか撒いたみたいですね。身を潜めていなければならない時ですから、もし報道でもされたら一大事でした」
ちらりとテレビのニュース速報も見たのだが、現場を目撃した通行人の証言にもふたりのことはでてこなかった。どこまでも冷静な神沢に、飛鳥は枕をきつく抱きしめて抗議する。
「……充分一大事じゃない」
まだ声が震えている。
「あんな化け物に連れてかれそうになったのよ!? それだけで充分一大事だわ!」
「でもまあ、無事だったからいいじゃないですか」
「よくないわよ!! だいたいッ」
このまま誤魔化されていた方が、もしかしたらいいかもしれない。けれど目を逸らし続けることは、飛鳥の性分ではできないと解っていたから。
「……アンタ、何者?」
最初から、何かおかしいとは思っていた。
昨日の変な「おまじない」といい。
化け物を目にしても絶対に崩れないその冷静さといい。
何よりも、あの化け物を倒した、まるで魔法のような。
「アンタ、何者?」
「あなたの騎士です」
繰り返し問うた飛鳥に、平然と言ってのけた。
「……それではいけませんか?」
困ったように微笑んで、神沢が小首を傾げた。その仕草が妙にハマッていて、何だかかわいいかもとか思ったのは一生の不覚だ。
「質問を変えた方がいいみたいね。あんた、何を『知って』るの?」
怯えながらも、震えながらも、毛布から顔を出して神沢を見る目は如何なる言い逃れも言い訳も許さない強いものだった。この小さな少女の何処にそんな強い力があるのかと、さすがの神沢も一瞬怯んだ。
どれだけの沈黙が続いたのだろう、延々と同じことを繰り返すラジオを切ると、神沢はベッドのすぐ横に腰を下ろした。ベッドの上で毛布にくるまる飛鳥と視線が同じになる。
「……信じてもらえないだろうと思います。信じるのも信じないのも、あなたの自由だ。けれど現に命を狙われている以上、あなたには知る権利がある。ですが何から話せばよいものか──」
「あいつは、何?」
白昼の往来で飛鳥を連れ去ろうとした男。その姿は生理的嫌悪をかきたてるものだった。化け物としか形容できないあの男は、一体何者なのか。飛鳥に殺意のこもった手紙を送ってきた相手とはまた別なのか。
「……では、まずあなたが何故狙われているか、そこから話しましょうか」
神沢が大きく息を吐いた。
「あなたは強大な『力』そのものなんです」
何がなんだか解らない飛鳥がぱちぱちと目を瞬いた。その反応を予想していたであろう神沢が、一息おいてから続ける。
「化け物に連れて行かれそうになったとき、風が吹いたのを覚えていますか? 多分ものすごい頭痛を伴ったと思うのですが」
「そういえば……」
助けを求めても誰も助けてくれなかった。どうして自分なのかと、爆発しそうな怒りを感じたとき、いつものそれとは比べ物にならないほどの激しい頭痛がした。そのとき吹いた風で男の野球帽が飛んだのだ。
「簡単に説明します。あなたは感情を爆発させたときに、それ相応の『風』を起こすんです。強い怒りを感じたときに頭痛がするのは、その副作用です」
まあ血圧が上がったというのもあるかもしれませんが、と神沢が付け加える。
「今回は小規模の竜巻でした。おかげであなたを見つけられたのですが、更に強く怒りを感じたりしたら、突風や巨大な竜巻を起こすことも可能かもしれません」
「風を起こすことができるから……だから狙われるの? 何で狙ってるヤツらは私のことを知ってるの? 私だって知らないのに、どうしてあんたは」
「その力も理由のひとつです。けれど、最大の理由はあなたが『鍵』だからです」
「……」
「さらに巨大な力が大昔に封印されました。人柱を使ってね。それが解けかけています。そしてあなたはその封印の『鍵』だ。その巨大な力を求めるものは、あなたを捕らえて封印を解こうとすることでしょう」
ちょっと待ってと飛鳥が飛び起きる。
「どうしてそうなるのよ? 人柱を使って何か封印したんだったら、『鍵』ってのはその人なんじゃないの? 何で私なのよ?」
「……永い時を経て巨大な力そのものが封印を解こうと抗ったのと、封印そのものが弱ったのと、両方ですでに封印が不安定な状態になっています。封印を解こうとする者はあなたを連れ去ろうとし、またそれを阻止するためにあなたを殺害しようとする過激派もいます。あなたはその双方から狙われているのです」
「何で私なのかって訊いてるのよ!」
説明を続けた神沢を怒鳴りつけた。あまりの強い口調に、神沢が言葉に詰まる。
「……『転生』というものを、信じますか」
飛鳥の強烈な眼差しに耐え切れずに、神沢がうつむいた。
転生──よく生まれ変わったら~なんて同級生たちが言っているが、飛鳥は輪廻転生信者ではない。疑っている訳でもないが、自分の前世が何であれ自分は自分だし、来世のことなどどうでもいいと思っている。
やがて意を決したように、神沢は振り絞るように呟いた。
「あなたは、その『鍵』の生まれ変わり、なんです」
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