第6話 Confidence

 いきなり生まれ変わりだのと言われても、どうリアクションしたらいいものかと飛鳥は目を瞬いて神沢を見つめ返した。前世は戦士だったとか言い出すんじゃないかと考えたりもしたのだが、呟いた神沢は自分を奮い立たせるかのように大きく深呼吸して、きょとんとしたままの飛鳥を見つめて続けた。

「正確にはちょっと違うのですが──。

 巨大な力を封印したとき、人柱を使ってと言いましたが、正確には2本の剣と、その持ち主なんです。絶大な破壊力を誇り、持つ者を覇皇たらしめる『覇皇剣はおうけん』、持ち主を選びすべての邪悪を断ち切るという『破邪はじゃつるぎ』、その両方を操ることのできる剣士。その三つの力をもってようやく封印は成り立っています。

 この三つの力のバランスによって保たれていた封印が、巨大な力の永きに渡る抵抗によってバランスが崩れ始めました。三つの力は単体では封印をすることができませんでしたから、当然封印は弱まります。

 このままでは巨大な力が解放されてしまうと感じた剣士──封印の『鍵』は弱まった封印を改めねばと、敢えて自らの力を分断して転生させたのです」

「それが、私?」

 黙って聞いていた飛鳥が問う。

「力を分断させたりしたら、一気に封印が解けちゃうんじゃないの」

 至極当然の質問をする。

「……3割る2は、いくつですか?」

 いきなり算数? と思いつつも、素直に1.5と答える。

「そうです、1.5ですね。つまり1本の剣と『鍵』の半身になったんです。

 解りますか? あなたは『鍵』の魂の半分と、『破邪の剣』の力を持って生まれ変わったんです。あなたの持つ力とは、『破邪の剣』そのものの力であり、また封印の半分であり、それを解く『鍵』でもあること──。

 だからあなたは、『封印を解こうとする者』からも、『封印させようとする者』からも狙われるのです。現在の封印は『覇皇剣』の力と半分になってしまった『鍵』でかろうじて保たれているに過ぎませんから、どちら側もあなたを求めて必死になっていることでしょう。

 同時に『破邪の剣』の力を持ってしまったために、あなたはほんの少しの不正や悪事も見逃せないはずです。それらを目にする度に頭痛を覚えるのはそのせいです。その力と同時に、あなたは風の守護を受けています。本来ならばあなたを守ろうとする力ですが、双方の力が強すぎてあなたが制御できない、つまり感情が爆発したときに力が暴走してしまって現実に『風』となって現れたのです」

 さきほど激しい頭痛に襲われたあのとき、風が吹いた。

 何故こんな目に遭うのかと。

 以前から理不尽だと思うことにひどく苛立つようになり、同時に頭痛を伴った。それは受験を前にした不安からくる苛立ちだと思っていたのだが、道理に適わぬことを不正と認識しているのなら、それは確かに神沢の言う通りかもしれない。現実に風は吹き、命も狙われている。神沢の言うことを妄想だと言い切るには現実味を帯びすぎている。

 何よりも、あの異形──。

「……私を連れ去ろうとしたあの化け物は、一体何? 『どっち』なの?」

「『封印を解こうとする者』です。もう理解したかと思いますが、あの手紙や悪質な嫌がらせはそれを阻止するために『鍵』を消してしまおうと企てる者です」

「……ねえ、ずっと気になってたんだけど、聞いてもいい?」

 どうぞ、と頷いた神沢にそれでもしばらく迷っていた飛鳥が、意を決した。

「何が封印されてるの?」

 巨大な力としか聞かされていなかったそれ。力と言っても、それは兵器などの形のあるものなのか、それとも自然災害を引き起こすような漠然としたエネルギーそのものなのか。どういった形で何のために封印したのか。

「魔王です」

 短く、しかしハッキリと言い切った。小説でしか出てこないような単語を理性が受け付けなかったらしく、呆然としたままの飛鳥に神沢は続ける。

「封印されているのは魔王です。神話の時代、神に逆らい世界を混沌の渦に巻き込んだ魔王は一度は神の力によって封印されました。それから幾度か魔王は復活しています。その度に封印されてきました。あの化け物は同じ魔族の者、だから封印を解くためにあなたを連れ去ろうとします」

「もし封印が解けたら?」

「魔王は復活し、今でこそ姿を見せない魔族が地上に溢れるでしょうね。西洋の地獄絵図を想像していただければ解りやすいかと思いますが」

 そんなものは見たことないが、多分日本の地獄絵図とそう大して変わらないだろう。 

「私に封印をさせようとする側は、私をどうしたいの」

「その地獄絵図が現実にならないようにするため、あなたを封印の場所に連れて行くでしょうね。実際に封印が成功するかどうかは解りませんし、仮に成功したとしてもあなたがどうなるかは解りません」

「……じゃあ、あの手紙とか送ってきたヤツらが私を殺したとして、そのとき封印はどうなるの?」

「一時凌ぎにはなるでしょうが、現在の封印もあくまでかろうじて保たれているに過ぎません。それが解けるのも時間の問題です。現にもう封印は解け始めています」

「──え?」

 今、何て……?

「飛鳥さん、あなたが些細な不正や悪事を見逃せなくなったのはいつからですか?」

「……最近……だけど……」

「それは現在の封印が弱くなった分、残るあなたの封印としての『力』が目覚めてきた証拠です。以前はそんなことはなかったでしょう? あなたの力が強くなれば強くなるほど、それは封印が弱まっている、解けかけているということです。先ほどの力を見れば解ります。どちら側もさらに必死にあなたを求めてくるでしょう」

 神沢の表情は淡々としていた。彼の真意は窺えない。どうしたものかと思案しても答えが導かれるはずも、ない。

「……あんたは『どっち』? どうしてそんなことを知ってるの」

 一番知りたかったこと。

 神沢は困ったように微笑むと、

「『封印させようとする者』です。神話の時代から口伝で封印のことは伝えられていたのです。だから常に封印を見張っていたし、鍵が転生したことも知っていたし、それが誰なのかも随分前から突き止めていました。ですが力の無い状態のあなたに封印を改めさせることもできませんから、ずっと見守っていました。そこへ例の件であなたのご両親が事務所に相談に来たんです」

「あんたは、私にどうしてほしいの」

「……どう言えばいいんでしょう」

 頭をかいて、しばらく考え込んだ。何でもかんでもすらすら答える姿ばかりだったので、飛鳥にとっては少し意外な仕草だったが、なんとなくそれが生身の人間くさくて面白かった。

「どこにでもひねくれ者というか、異端者っているもので」

 端正な顔が、少年のように笑った。

「こんなまだ年端もいかない女の子に、封印だのなんだのと重荷を背負わせるのが嫌なんですよ。いい大人が揃いも揃って自分たちで何とかすることも考えないで、全部あなたに押し付けようとしている。それが気に入らないんです。最後はやはりあなたにすがらなくてはならないかもしれない。でも、その前にやれるだけの最善は尽くすべきだと思うんです」

 ぽかんとする飛鳥の前で、神沢はいたずらっ子が種明かしをするように語り続ける。

「封印は過去何度も解けました。元々解けるものなんでしょう。だったら他の手段を考えるべきなんです。あなたを保護するという形で連れて来いと命じたはずの私が動かないので、そろそろ焦ってきた頃かもしれませんね」

「あ、あんたそれで大丈夫なの!?」

「どうせいずれは離別するつもりでしたから」

 ひとしきり笑って、神沢はその場に跪いてベッドに座ったままの飛鳥の手を取った。

「私はあなたの騎士です。命に代えても守ってみせます。

 あなたが望まないのであれば、封印を強制したりはしません。あなたを狙うどちら側にもあなたを渡したりはしません。あなたはただ、あなたらしくいて下さい」

 昨夜と同じように飛鳥の手の甲に口づける。

「……信じて下さいますか?」

 最初からこんな神話の時代だのと持ち出したところで、信じてもらえるとは思っていない。神沢にとっては直面している現実だと言っても、飛鳥にとってはどう考えても夢物語でしかない。魔王だ生まれ変わりだ封印だと言われて、はいそうですかと納得する方が稀だ。話を信じてくれなくても、自分が飛鳥を守ろうとしていることだけ信じてくれれば──そう思ったのだが、意外にも飛鳥はため息をつきながらこう言ったのだった。

「はぁ……、まあ自分の現状は把握したわよ。それが精一杯で封印がどうとか細かいことまで覚えてらんない」

「……信じていただけるんですか?」

 間抜けな声だなとは思ったが、訊かずにはいられなかった。

「別に信じなくてもいいけど、どっちにしたって化け物には狙われてるし、なんか風も起こしちゃったし。封印がどうとか言われても実感ないけど、世紀末に言ってた恐怖の大王とかなんとかが今来たってカンジかなって」

 現実には向き合わないといけないんじゃないのと、飛鳥は軽く言い放った。前向きというかどこかあきらめが入っているというか、昨夜命を狙われていると聞かされたときの後ろ向きな思考は微塵も感じられない。それを訊ねると、

「理由の解らない殺意とか、相手が解らないのってすごくイヤだけど、なんか理由とか相手がハッキリ解っちゃうとね。なんでだろう。開き直り?」

 例えば、通り魔など犯人も理由も解らない殺意は警察も対応に困るが、犯人も動機も解っているのであればいくらでも対処できる。対処できるという安心感がある。飛鳥の開き直りはこれに似たものがあるのだろう。

 言いながら飛鳥は心のどこかで感じていた。神沢の言うことは真実だと。自分は鍵で、そういった力を持っているのだと、本能が告げている。

 そうして──。

「……いつまで手を握ってるの?」

「え?」

 指摘されて飛鳥の手を持ったままだった神沢が慌てて手を離した。

 昨夜まではあんなにも不快だったのに、今は神沢に触れられていても平気なのだ。それどころか、触れていることで安心さえしている。

 ひねくれ者というか、異端者っているもので。

 そう言って笑った神沢が、ものすごく身近に感じられたのだ。

 飛鳥も携帯は持っていないし、同級生がきゃあきゃあと些細なことで盛り上がっていることにもついていけない。自分でも『非一般』だと自覚している。

 多分ふたりは似た者同士なのだ。

 そしてきっと、神沢は最後まで自分を守ってくれるのだろうと、そんな気がした。

「でもさすがに頭がパンクしそう。ちょっと休んでてもいい?」

「ああ、でしたら昨夜のように──」

「いいわ、あんたが守ってくれるんでしょ?」

 神沢の返事を待たずに飛鳥はおやすみと言い残して毛布に頭から潜り込んだ。力を使ったせいか頭を使ったせいか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。

「……もちろんです」

 言ってから神沢は急に顔が熱くなるのを感じて慌てふためいた。目の前の姫君はもう眠りに落ちていることを思い出したのは、それから数分後のことである。

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