第7話 優奈は司を想う-1

桐生優奈side


 彼と出会って一日が過ぎた。


 ここはタワーマンションの一室。


 厳重なセキュリティーを誇るここで優奈は朝を迎えた。


 広々としている自分の部屋のベッドから目を覚めた彼女の頬は薄いピンク色だ。

 

 昨日は普段よりシャワーをして、さっぱりした状態で横になっていたにも関わらずほとんど眠れなかった。


 身体中を駆け巡る興奮を抑えることができず、体が落ち着くまでには時間がかかってしまった。


「ああ……司」


 彼女は自分の体の匂いをたくさん含んでいる布団から抜け出すことなく、これまで起きたことを振り返ってみる。


 ずっと会いたかった。

 

 ずっと……


 自分の処女を守ってくれて、なおかつ救ってくれたのに、なんの見返りを要求せず名前すらも教えずに去ってしまった男に。

 

 あの時はひどいことをされかけたから気が動転してそのまま彼を追うことなく立ち尽くしていた。


 縁があればまた会えると思ったから。


 所詮男は自分が欲するが欲するまいが、勝手に近づく生き物だから、そのうち自分の着ていた制服を思い出して特定してやってくるとばかり思ったのだ。


 だが、彼は現れなかった。

 

 優奈は昔から現実離れした美貌を持っていることから、彼女はいつも注目されてきた。


 そんな彼女を男が放っておくわけがなく、本能に充実した男たちが近づいた。


 だが、中学1年生の時まではお母さんとお父さんが守ってくれたが、両親が事故でなくなった時からは悲劇が始まった。


 姉は自分を育てるために色んな仕事をしていたため、とても忙しかった。


 なので、中学2、3年生の時は人生において最も辛い時期だった。


 辛うじて処女は守ったものの、数えきれないほどの男性からセクハラを受けてきた。


 幼馴染である奈々が助けてくれたが、男たちのアタックを全て防ぐ事は出来ない。

  

 同級生からも大学生からも社会人からもイケメンからもキモデブからもおじさんからも……


 勝手に近づいて、勝手に欲望を自分のぶつけようとする。


 だから男はみんなクズだ。


 全員去勢して二度と自分に迷惑かけないようにしなければならない犯罪者予備軍だと思っていた。

 

 親切を装っても、その中身はいつも自分の外見にしか興味がなく獣みたいに盛りのついた犬のように自分の体を虎視眈々と狙っている。


 そんな中で出会ったのが司だった。


 あの時は、全てを諦めたかった。


 あのイかれたチャラナンパ男に犯されて、結局一生消えないようなトラウマを抱えて生きていく羽目になると思っていた。


 お母さんが生きていた頃、いつも口癖のように言うセリフがあった。


『いつか、優奈ちゃんを本当に……本当に愛してくれる男が現れるから……』


 あのナンパ男に襲われた時は、正直に言って死んだ母を恨んだ。


 全然現れてないじゃないか。


 それどころか、自分が一番嫌な部類の人から処女を奪われようとしている。


 裏切られた悲しみと、恐怖、後悔、絶望という負の感情を味わっているときに奇跡が起きた。


 チャラ男を体当たりで飛ばして、そのままスタンガンをブッ刺してチャラ男を気絶させた男子。


 見た目はどこにでもいそうな普通の男だけど、スタンガンを握っている姿はいまだに鮮やかに覚えている。


 そして……


 自分を助けた後に彼が発したセリフも。


『俺、こんなの初めてだったから、どうすればいいのか分からなくて……でも、俺がもっとしっかりしていれば、辛い思いせずに済んだかもしれないのに……だからこれは……!』


「っ!!!!!」


 今でも彼の発した言葉を思い出すだけでも、電気が走るように興奮する。


 自分を救っておきながら、むしろ謝罪をして自分のことを心配してくれた彼の優しさ。


「俺のせい……っ!」


 私のせいじゃなく、司のせい……


 あの言葉に自分は救われた。


『優奈ちゃんがかわいいのがダメだよ。俺のせいじゃない』

『はあ……はあ……優奈ちゃん綺麗すぎてもう我慢できない!ごめんね、これは優奈ちゃんが悪いよ』

『優奈って見た目がいいからって調子乗ってない?』

『本当は嬉しいくせに何生意気な態度とってるんだ?本当うっざい!』


 いつも自分のせいだった。


 男子も女子も、勝手に勘違いして勝手に興奮して勝手に悪口を言う。


 だから自分は呪われた子だと思っていたのに、


 司が

 

 自分の固定観念をぶっ壊した。


 もちろん、司は何も悪いことはしてない。

 

 むしろいいことしかしてないのだ。

 

 でも、ああ言ってくれてるだけでも、自分は心の安らぎを得ることができる。

 

 しかし、


 さっきも言ったように彼は現れなかった。


 普通、こういうのは時間が経つに連れて自然消滅するものだが、自分の司への想いは日増しにだんだん大きくなっていった。


 なので、時間さえあれば、怖いけど自分が救われた場所にいって彼が通らないか希望を抱いたりもした。


 だが、彼はいなかった。


 

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