第12話 飲み込まれないと努力するも

 目の前にはテレビで見ていたあの柊楓が俺を見て微笑んでいる。


 デニムに白いTシャツといういかにもシンプルな組み合わせだが、まるで雑誌や広告に出てくるほどのオーラを漂わせている。


 あのデニムとシャツもブランドものだったりするのだろうか。

 

「優奈から話はいっぱい聞いたのよ。2年前に私の妹を助けてくれて本当にありがとう」

「いいえ、妹さんが無事で本当によかったです」

「ふふ、だったかな?優奈」


 楓さんは意味ありげにクスッと笑って俺の隣にいる優奈をチラッと見る。


「お姉さん……」


 優奈は何かまずい事でもあるのだろうか、もじもじしながらもどかしそうに楓さんを見ている。


 楓さんは自分の妹の反応を見て目を細めたのち、俺を見て口を開く。


「司も中に入るんだよね?ちょうどご飯作ろうとしているとこだから、食べて行きなさい」

「はい。え?い、いいえ!俺は優奈を家に送るだけだから、もう帰ります」

「あら、せっかく送ってくれたのに、こっちは何も返せてないわ。どうしよう」


 楓さんは困ったように人差し指を自分の頬にあてて俺をチラッと見てくる。

 

 その仕草ひとつひとつがあまりにも現実離れしているため、俺は口を半開きにしているだけだった。


 人気のある女優だから本当に行動ひとつとっても品がありすぎる。


 いや、まて。とりあえず返事をしよう。


 楓さんが困っている。


「気にしなくていいですよ。世の中、変な人多いですし、優奈ほどの美人なら絡まれやすいですし、だからこれくらいはしますよ」

「っ!美人……」


 隣で優奈が何かを呟いたが小さくて聞こえなかった。


 俺があははと笑っていると、急に楓さんの目の色が変わり色彩をなくした。


「司」

「はい」

「司にとっては些細なことかもしれないけど、

「っ!」

 

 楓さんの声のトーンが低くなり、俺の脳をしゃぶるようにくすぐったい。


 気がつけば、楓さんは俺のす近くにまできて、俺の瞳をじっとみつめてきた。


 優奈とは似ているけど、背は俺と同じくらいだ。


 俺の身長が173センチほどあるから、彼女は相当高い方であることがわかる。


 それに


 少しでも下を向けば、シャツを押し上げる巨大なふくらみが俺を誘う。


 一瞬、目が楓さんの凶暴すぎる胸に行ってしまったが、俺は辛うじて楓さんの顔を見る。


 いや、顔も綺麗すぎて正直目のやり場に困るんですけど。


「ふふ、司」

「は、はい」

「寂しい目をしているわ」

「お、俺が……寂しい……」


 いや、俺は至って普通だ。


 いつものように振る舞っているはずなのに、彼女の声はまるで催眠でもかけるように甘くて蠱惑的だ。


 俺が当惑していると、楓さんはすすっと後ろにさがってまた口を開く。


「司にひとつお願いがしたいけど」

「お願いですか?」

「ええ。もし、時間あるとき、私の可愛い妹を今日みたいにまたここまで送ってもらえないかしら?」


 お願いか。


「俺がですか?」

「そうよ。司だけにお願いしているの」


 きっと、楓さんは俺を信頼してくれている。


 それに、また優奈に変な男がちょっかい出してくるかわかったもんじゃない。


 俺を必要としてくれている。

 

 それに、俺は優奈に対していまだに罪悪感を覚えている。


 もっと早く優奈を助けるべきだったとうちなる自分が叫んでいるのだ。


 罪滅ぼしになれば、それこそ本望だ。


「俺でよければ」


 視線を外して返事する俺に、優奈が俺の腕をガッツリホールドした。


「司くん、ほ、本当に送ってくれるの?」

「あ、ああ。今日の件もあるし、見てみぬふりをすることもできないしな」

「めっちゃいい……毎日頼んでいい?」

「ま、毎日!?」


 優奈は俺の腕を自分の爆のつくマシュマロに埋めて上目遣いしてきた。


 彼女は息を弾ませていて、彼女の肺を通って喉を通って口を通って放たれる温かくいい香りの息がそのまま俺の顔面を覆い、俺はそれを吸収する。


 理性が飛んでしまいそうだ。


「優奈、ダメよ。司が迷惑しちゃうじゃない。だからは我慢しなさい」

「……わかったわ……」

 

 優奈は名残惜しそうに俺から離れた深々とため息をついた。


 その表情があまりにも切なすぎたので、俺は口を開いた。


「まあ、俺、バイトも割と少なめだし、たまに友達と遊ぶこと以外は暇だったりするから、時間あればなるべく協力する」

「……」


 だが、俺の返事を聞いても、優奈は納得いかないように頬を若干膨らませて顔を俯かせた。


「どうかした?」

「ううん。なんでもない。ありがとう」


 低いトーンで返した優奈のことが気になるが、俺がここにいるのは場違いすぎることをよく知っているので、俺はそろそろお暇することにした。


「んじゃ、俺、そろそろ行く」


「「え?もういっちゃうの!?」」


「二人だけの時間を邪魔しちゃ悪いし。後で連絡するから」


 と言って俺が踵を返そうとした瞬間、

 

 楓さんが俺の手を強く握ってくれた。


「あ、あの……」


 その表情たるや、まるでお母さんが向けてくる暖かい視線に似ていて、名状し難い安心感と想像を絶する美貌を近くで見ることによる緊張感という二つの感情が渦巻いて俺を戸惑わせる。


 彼女は俺の手を、優奈より巨大な自分のマシュマロにそっと乗せて優しく言う。


「私は桐生楓。柊楓と言った方がいいかしら」

「……俺は霧島司です」

「楓って呼んで。これからもよろしく」

「……はい。よろしくお願いします。楓さん」

「うふふ」


 なぜだろう。


 彼女の言葉を聞いていると、心の緊張があっというまにほぐれる感じがする。


 でも、


 迷惑をかけてはならない。


 俺は彼女らに迷惑かけた男たちと同じ人間になりたくないんだ。


 なので、俺は歯を食いしばって後ろを振り向いて我が家に向かって歩き始める。





追記



更新遅れてすみません。


不定期ではありますが、コツコツ執筆しますので!






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